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機械と人形、僕と君  作者: 更紗
1/3

邂逅

――君に出会った時のことを、今でも昨日のことのように覚えている。

 あの日、春を思わせる淡い色の雨が、はらはらと零れた、晴れの日。

その日、僕は君に出会い、君は僕に出会った。

 

 

 それが、僕と君の始まりであり、終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 入学式、という誰もが同じ服を着、聞きたくもない学長のありがたいらしい言葉に耳を傾け、寝息をたてる退屈な時間。周りと同じように、僕を拒むみたいに固くごわつく真っ白な制服はどこを見ていても目を刺す光を放っていた。

 退屈で、面倒で、帰宅願望を抱かせる長い話。これをありがたいと思う人はこの場に何人いるのだろう。生徒の大半は僕と同じだと信じているが、教師陣は…………。

 と、そこまで考えて僕は、何を考えているんだろうと馬鹿馬鹿しくなった。誰が何を考えていようと、僕には関係ない。

 無駄。

 そう、他人のためにわざわざ思考することは無駄でしかない。

「では、以上で入学式を閉会致します」

 マイクで鳴り響く、解放の合図。それに複数の安堵のため息が調和した。

 

 

 今日から通うことになった白明高校は、全校生徒は1000を軽く超える有名校である。一般試験はもちろんのこと、推薦試験もあるが"特別枠試験"というのがこの高校の特徴と言えるだろう。

特別枠、などと書かれた試験に受ける人は極小数。それも相当おかしな奴らである。

 会場であった体育館を出た途端、ほの温かく適度に乾いた風が、疲れきった体を通り抜けた。満開の桜並木から香る微かな芳香に春なのだと再認識する。

 ぞろぞろと雪崩のように動く人、人、人……。全校生徒が多ければ、入学生数も多くなるものかと、一人玄関前の小さな階段上から考える。

 

 

 

 ふわり。

目の前に落ちてきた桜色の雨。その奥に、僕は――

 異形を見た。

セーラー服の後ろ姿は周囲と同じ。だが、その左手は異様さを放っていた。

 着られてる感を醸し出すセーラー服の袖口。そこから覗く手は獣のそれを思わせる。

……いや、獣というよりは。

「バケモノ」

 ぽつり、と呟いた瞬間、まるですぐ隣で聞いていたかのようにぐるりと彼女が振り返る。片側にまとめられた長髪で、表情こそ見えなかったもののすっと背筋に冷たいものが落ちるのを感じた。

 声が届くか届かないかの境界で、視線を交わす。一際強く風が吹き、満開の桜が散り散りになっていく。

それは、ほんの少しの時間だったのかもしれないし、10分以上経ったのかもしれない。

 彼女がゆっくりと向き返り、随分と減った雪崩の中に吸い込まれていく様を、僕はただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 所変わって、今僕は1年5組――つまり僕が所属することになったクラスにいる。……いるのはいい。

 教室に入るのが遅かった僕は、すでに形成されていた仲良しグループに入る気もなく、黒板に示された指定の席に着こうとした。

そこではた、と気づいたのだ。

 A4の紙に書かれた座席表には、机を模した枠内にご丁寧にもフルネームで生徒の名前が書かれている。

――相川優人、相吉澤静音、井上陽向、内海由紀、緒方葵、片桐時雨。

 僕の名前は相川優人(あいかわゆうと)という。僕の名前と思しき箇所は1箇所だけ。相川、という名前も一つだけ。

「……最悪だ」

「おや〜? その冴えないどころか、『幸先悪すぎ〜、俺チョー不運じゃ〜ん!』みたいな顔は、席が初っ端から先頭ってことなのかな〜?」

 唐突に、しかも馴れ馴れしく後ろから肩を組んでくる誰か。チョークスリーパーの如く首を絞めてくる腕をやんわりと、けど抗議の意を込めて叩くと意外にもあっさりと縛めは解けた。

「あっはは〜。初めまして、俺の名前は小鳥遊聖(たかなしひじり)! 俺も先頭の席になっちゃってさ〜、どうすんのよ授業寝れないじゃん」

 寝ることを楽しみにしてたのに〜、と跳ねまくる茶髪をぐちゃぐちゃとかき混ぜる小鳥遊に、どう声をかけるべきか分からずただ苦笑いをする。というか授業中に寝ようとするな。

 詰襟どころか制服のボタンを全部開け放し、明るいオレンジのヘッドホンを首から掛けたその姿に、とんでもない違和感を抱く。それを知ってか知らずか、ケラケラと小鳥遊が笑う。

「言いたい事は分かるぞ先頭仲間よ! 大丈夫、明日からもうちょいアレンジしてくるから、違和感なくなってるはず!」

「先頭仲間って……。僕は相川、相川優人。よろしく、小鳥遊……君つけた方がいい?」

「いらないいらない! 小鳥遊でいいよ、てか、聖って呼んでよ! その代わり優人って呼ばせて、いいだろ? なっ、なっ?」

 子犬、と言えば可愛らしく聞こえるし、引きちぎれんばかりに振られる尻尾も見える。けど、正直言おう。初対面だけどウザったい。

 はいはい、と押しのけつつしょうがないと席に着く。4月に入ったとはいえ、まだ肌寒さを感じさせる冷気が廊下からとめどなく入ってくる。閉めたところで名前の知らないクラスメイトが開け放した状態で出入りを繰り返すから、閉める気にならない。

 どうせなら窓際の一番後ろから埋めていけばいいのに、と毎回思わずにはいられない。一番というのは良いことが何もない。

「席つけー、HR始めるぞ」

 どこか間延びした男性の声に、ざわついていた教室がすっと静かになる。ガタガタと音を立てて各自席に着いたのを確認してから、男性……5組担任の田井中先生が連絡事項を述べはじめた。

 生き生きと話す先生と、至極真面目に聞いている生徒たちに、それとなく混ざっている風を装いつつ、話を右から左へと聞き流す。たまに服装指導の話が出てくるが、ここはもともと私服校のため、明日から着崩してくる人が増えるだろう。かく言う僕もそのつもりだし。何故制服を真っ白くしたのか先代に問い詰めてみたい。セーラー服はまだしも、何故学ランまで白いのか……。

「よっし! 言う事は言ったし、時間もあることだから自己紹介でもしようか!」

『自己紹介』

 その一言が聞こえた瞬間、すっと血の気が引いた。僕は自己紹介が一番嫌いだ。当たり障りなくこの1年……いや、学校生活を過ごすためにも必要不可欠であり、絶対に失敗できないものでもある。失敗したことは一度だってないけれど、毎回不安で胃がキリキリする。

「それじゃあ……相川からだな。今、前開けてやるからな」

 そそくさと満面の笑みで避ける田井中に「動かなくていいです」と言えたらどんなに良かったろう。文字通りの苦笑いを顔に貼り付け、いざ、黒板前へ。

 80もの目が一斉に僕を見る、その事実にヒュッと息を飲み、思わず目を強く閉じてしまう。大丈夫、大丈夫……深呼吸をしろ、手を握れ、血を全身に回せ……。

「……相川優人です。ここから家は遠いですが、親戚を伝ってここに通っています。部活には入ろうかなと思っているので、オススメの部活があったら誘ってくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

 深く、お辞儀をする。まばらな拍手の音にほっとする自分がいた。ふと、目の前に座る聖と目が合うと、よくできましたとばかりにウインクが飛んできた。こともなげにやる聖が凄いと思うが、それに少し……ほんの少しだけ心が軽くなったから不思議だ。

 とにもかくにも、僕の役目はこれで終わった。ともなればあとはてきとうに……聖のくらいはまともに聞くが、他の『関わることがないであろう人たち』の自己紹介は聞き流していいだろう。

 なんて考えながら、てきとうさを感じさせないような拍手を送っていると、それまで賑やかだった教室から音が消えた。何かに吸われたのかと錯覚するくらい、唐突な静寂。

「初めまして、榊律(さかきりつ)です。ここに通うため、祖母の家に引っ越してきました。部活には入らないつもりですが、その分積極的に話しにいきますのでよろしくお願いします」

 それから、とゆっくり左腕を持ち上げる。ひっとどこかから息を飲む音がまばらに聞こえてきた。

低く重い風音が、榊が腕を動かす度に聞こえる。肌色の、第一関節から先が肥大し鋭くなった異形は、とてつもなく恐ろしいのに、誰一人として目を離すことができなかった。

「ご覧の通り、ヒューマノイドですが一般試験でここにいます。こんなののために特別扱いされるのは癪だから」

 ヴン……と低く鋭い音を鳴らし、彼女は満面の笑みをクラス全員に向けた。

 

 

 

 

 

 

 近年、唐突に流行り出した病がある。始まりは定かではなく、原因すらしれないもの。

 それが、造型症候群(ヒューマノイド・シンドローム)である。

特徴としては、榊のように身体の一部が異形と化すかヒューマノイドという文字通り機械になったりする。主だった略称が見つからず、一時期はその時流行っていたPCゲームから『ニューマン』、もしくは『デューマン』と呼ばれていたが、気づいたら廃れていた。脳に異常はなく、何を期に発症するかも分からない奇病。ただ、唯一の救いは抑制剤が存在することだろう。これも、"過去"の努力による産物だ。この存在でどんなに多くの人が救われ、"どんなに多くの人が絶望"しだろう。

「ゆーうと!」

 むぎゅぅ、と既に聞きなれた声の主に抱きしめられる。これが元々の性格なのか、作ってるのか分からないがある種凄い。もはや尊敬に値する。

「ぼーっとしてんなよー。お前俺の自己紹介ちゃんと聞いてなかったろ!? 超ショック〜お詫びにジュース奢れ! それか駄菓子!!」

「聞いてたよ、心は掴めたんじゃない?」

 ケラケラ笑う聖をぐいと押しやりつつ、僕は僕が予想していたより随分と賑やかな高校生活の幕を開けたのだった。

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