6話 交錯する想い
王子の誕生日パーティーの1ヶ月前の話です。
二大公爵家同士に生まれて、互いにしか理解出来ないことは多々あった。
フローチェは元々、容姿のいい男を意識する性格ではなかったため、ヴィレムとフローチェは自然に一緒にいるようになった。
話す内容は様々だが、フローチェが頬を染めてうっとりと話すことは一つしかない。
『聞いてヴィレム、昨日も叔父様とお話できましたの……!』
フローチェの悪癖、というのだろうか。
その他は完璧と言っても差し支えないというのに、ブレフトに関してはトチ狂う。
絶え間なく(不気味な)笑い声を上げながら嬉嬉として話す幼馴染みに、ヴィレムは思わず一歩身を引いた。
『それでね? ……って言ってくれましたの! だから私は……って、ヴィレム? 聞いてますの?』
むっとしたように問うフローチェに適当に返事をすれば、その紫の眦を吊り上げる。
一生懸命にブレフトの良さを説明し出すフローチェに、ヴィレムは苦笑を零した。
本気で好きなのだろうと思った。
だから、どうか結ばれて、幸せになって欲しいと思った。
でないと────。
「……い、おい、おいっ! ヴィレム!」
ぬっと目の前に現れた友人の顔に、ヴィレムは我に返った。
「……なんだ」
「なんだ、じゃねえよ! ぶつかんぞ?」
そう言われて前を見ると、すぐ目の前に木があって驚いた。
いつの間にか道を逸れていたらしい。
「珍しいな、お前がぼーっとしてるなんて」
「……ああ」
軽く首を振り、先程まで持て余していた思考を外に追い出す。
流れで、そのまま二人で並んで歩き出した。
「ヴィレムは、もうフィーレンス家の仕事を手伝ってるんだっけか?」
「ああ。もう学校の授業はほぼ終わったからな」
「へえー、すっげーな。公爵様のお仕事なんざ、男爵家のオレには想像つかねえわ」
平民のそれのように砕けた口調に眉をひそめる。
「お前はその言葉遣いをなんとかしろ」
「へへっ、騎士団にいたらこうなるって」
からからと笑う友人を一応窘めるように睨み、しかしヴィレムはすぐにつられて表情を緩ませた。
この友人とは学校に入学してからの付き合いだ。
貴族の世界は何かと気を張ることが多いが、旧い友人と話す時はヴィレムも力が抜ける。
「そういや来月だな、アダム王子の誕生日パーティー。俺は警護だけど、ヴィレムも参加するんだろ?」
「ああ、そうだな」
すると、友人は何を思ったのかにやっと笑う。
「ハーンストラ家のお嬢様と一緒か?」
「いや、フローチェのエスコートは叔父のブレフト殿のはずだ。ブレフト殿に急用でも入らない限りないな」
ヴィレムがそう答えると、意外そうな顔をした。
たしかに、社交界デビューでもあるまいし、いつまでも身内にエスコートさせている令嬢はあまり見られない。
「叔父?なんでまた……」
「フローチェはアダム王子の婚約者候補なんだ。下手に他の貴族の男とは関わらないだろう」
「あ、なるほどな。ん? でもその叔父がダメだったときはお前だって」
「俺は幼馴染みだからと言い訳ができる。そこらの男よりはマシなんだろう」
貴族って難しいな、と友人は他人事のように呟いた。
お前も貴族だろうとヴィレムは思ったが、男爵家と公爵家では同じ貴族でも世界が違うのだと言う。
「んじゃ、オレもう行くわ。お前はこれからどこ行くんだ?」
「あー……領民の暮らしを調査する、ということにしておいてくれ」
「うわっ、なんだ散歩かよー」
「調査だ」
飽くまで開き直るヴィレムに、友人は分かった分かったと笑う。
「はいはい、頑張れよお坊ちゃん! じゃあな!」
「お坊ちゃん言うな。じゃあな」
片手を上げ、駆けていく友人の背を見送る。
(じゃあ、俺は領民の調査に行くか)
ちなみに領民といっても、ここはフィーレンス領でも末端の土地。王都にギリギリまで近づいたところに屋敷がある為だ。
お隣の領にあるハーンストラ家も同様で、お互い広大な領地を有しているにも関わらず両家の屋敷は近い。
ヴィレムはフローチェと過ごす時間がとても長かった主な理由はこれであろう。好敵手でありながら親同士の仲が良いのも関係している。
(そして、両家とも陛下との仲は良好……相変わらず平和だな、ヘーレネン王国)
そこまでの発展も見せないが、乱れない。
老後に暮らしたい国番付一位は伊達ではない。特に誇りにも思わないが。
そんなことを考えながらふらりと市場に立ち寄ると、ヴィレムは見覚えのある後ろ姿を見つけた。
(あれは……フローチェの)
幼い頃からフローチェに仕えている侍女だ。名前はミリアと言ったか。
しかし、侍女自ら買出しとは。
業者に屋敷まで来させるか、下女などもっと下の位の使用人に頼めばいいものを。
疑問に思って、ヴィレムはミリアに声をかけた。
「まあ、ヴィレム様、こんにちは。今日は何故こちらに?」
「たまたまだ。お前は、フローチェの侍女だろう? どうしてお前がわざわざ……」
すると、ミリアは少し辺りを見渡し、声を低めて言った。
「お嬢様のおやつの材料を買いに」
「……おやつ」
呆れた表情でヴィレムが繰り返すと、ミリアは「お嬢様の名誉のために言っておきますが」と慌てて両手を振った。
「別にお嬢様が食い意地を張っていらっしゃるわけではありません。少し前、ご令嬢たちのお茶会のお菓子に異物が混入する騒ぎがあったのを覚えていらっしゃいますか?」
そう言われ、たしかにそんなこともあったなとヴィレムは朧気に思い出す。
混入したのは毒ではなく、ただのイタズラということで終わったと思うが、伯爵家のご令嬢たちのお茶会とかで、騒ぎにはなった。
「その事件を機に、ハーンストラ家でも食事の際のチェックが厳しくなりました」
すっかり冷めた料理が出され、フローチェは最近食欲がなくなってきているのだという。
そこで、信頼できるミリアならば毒見などしなくとも出来立てを食べさせられるということなのだそうだ。
「調理場や食料庫にも必要以上に入ることはできなくなりましたから、せっかくですし材料から私が、と思ったわけですわ」
「なるほどな」
わざわざフィーレンス領に来たのは、単にハーンストラ領の大きな市場よりこちらの方が近いからだそうだ。
合点がいったヴィレムはじゃあと別れようとしたが、意外なことに、ミリアがそれを引き止めた。
「ヴィレム様。ずっと前からお聞きしたいことがございました。少しお時間を頂いても?」
その真剣な声音に、思わず頷く。
ミリアはそれを認めると、場所を移しましょうとすぐに身を翻した。
二人がやってきたのは、市場から少し外れた空き地。
ミリアは単刀直入に言った。
「ヴィレム様は、お嬢様のことをどう思っておいでですか?」
どくん、と大きく心臓が跳ねた。
「どう、とは」
問い返しつつも、本当は意味など分かっている。
「……お嬢様のことを、異性として好いていらっしゃいますか?」
ミリアもまた、既に確信しているようだった。
ヴィレムは答えに窮したが、当たり障りのない言葉ではぐらかすには、侍女の視線が真っ直ぐすぎた。
(俺は……)
自らの中でも、答えなどとうに出ている。
けれど。
(俺は、フローチェを幸せにできるのか)
あんなにもブレフトを慕っているフローチェを。
手に入れたところで、彼女は自分の隣で笑うだろうか。
分からない。
だから、この想いは口にしてはならない。
叔父への恋心と、王子との婚約話。
その二つに苛まれる彼女に、自分の想いはさらなる負担にしかならないから。
ヴィレムは結局、ミリアの問いに答えることができなかった。