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01 その後の人々


 フローチェとヴィレムの電撃婚約に、ヘーレネン王国の貴族たちは驚愕した。

 しかし王子の女性恐怖症は諸侯の間では周知の事実であったため、納得も早かった。

 

 勿論、なんの物言いも無かった訳では無い。


 フローチェは前からアダム王子との婚約が決まっていたようなものだ。

 それを今更私情で覆すのは如何なものなのか、と。


 二大公爵家側を糾弾するため、一部の貴族たちは派手に騒ぎ立てた。

 フローチェが王子との婚約を蹴り、幼馴染みとの恋を成就させたのだと民衆の耳に入るほどに。


 しかし今回は、それが思わぬ方向に作用したようだ。




◇◆◇◆




 「いやあ、ありがとうございます!」


 ぼさぼさの頭に、薄汚れた服。

 公爵家の屋敷には到底似つかわしくない格好のその若い男は、笑窪の浮かぶ屈託のない笑みで礼を言った。

 話しているのは、ヘーレネン王国の南に接しているリュネット王国の言葉。


 「もうデビューして二年になるのに全然駄目で……田舎で羽を伸ばしつつネタを集めようと酒場にいたら、偶然隣の席の人がリュネット語を話せる人で、意気投合して!」


 この男はリュネット王国から観光に来ていた駆け出しの小説家だ。

 さらりとヘーレネン王国を“田舎”呼ばわりしつつ、興奮したように語る。


 「そこで話してくれたのがあなたがたの話です! 望まない王子との婚約! 迫る約束の期日、抑えられぬ幼馴染みへの一途な恋心……! これだ!! と思いましたよ」


 この男は、フローチェとヴィレムの馴れ初めを脚色を加えつつ恋愛小説にしたのだ。

 

 王子との婚約を反故にするなど、本来なら不敬になりそうな内容だが実話を元にしているのでどうにかなるかもしれないと踏んだらしい。

 

 そしてダメもとで出してみれば、それがとある貴族の令嬢の目に留まり、口コミであっという間に貴族の女性の間に広がった。そしてこれは元々市井の売り物だ。一般庶民に広まるのも早い。


 あれよあれよと言ううちに、すっかりその小説は大人気となってしまった。


 「読みましたけれど……王子が才気溢れる美男子になっていましたわ」


 小説を手にしたままのフローチェが至極真面目な顔で呟く。

 やはり好敵手は強敵でなくてはならないらしい。実際はヘタレ王子と馬鹿叔父だったのだが(ちなみに、ブレフトの件は外部に漏れていないので彼はこの小説に欠片も登場していない)。


 「フローチェも、恐ろしく淑やかな女性になっているな」

 

 同じくパラパラとページを捲りながら、ヴィレムはぼそりと言った。

 耳ざとく聞き咎めたフローチェは眉を寄せる。


 「あらヴィレム。それは現実の私は品性がないと仰りたいの?」

 「時折淑女として常軌を逸脱する言動をとるのは事実だろう」

 「なっ、仮にも婚約者に向かってそんな……」

 「……別に、それが好ましくないとは言っていないが」

 「ヴィレム……!」

 「お茶が入りましたー」


 とんだ茶番を見たとばかりに紅茶をテーブルに並べていくミリア。

 一方作家は何か熱心にメモをとっていたので、続編でも出す算段なのかもしれない。


 「でも、本当に運が良かったですわ」

 「まあ流石ヘーレネン王国といったところか」


 喜び半分、呆れ半分といった様子の二人。

 結局貴族連中から糾弾されることは無かった。というのも、


 「どんな傲慢な貴族でも、父とは娘に弱いものなのだな」


 フローチェたちを責め立てようとしていたある侯爵の娘も、その小説にはまったらしい。

 侯爵は今回の件で糾弾する貴族たちの筆頭のような男だったのだが、娘があまりにも二人を賞賛するものだから、何もできなくなったとのこと。


 筆頭を失って尻込みしている間に同じような理由で抜けて行く貴族が続出。結局みんな生暖かい目で「よかったね」と言ってくれるようになった。


 「まあ、それも貴方のお陰ですわ。どうかしら? 今うちの薔薇園が見頃なの。お望みなら案内させるけれど……」

 「よろしいんですか? では、是非お願いします!」

 「ミリア」

 「はい、お嬢様」


 作家の男は二人の逢瀬は……などとブツブツ言いながら退場していった。確実にまた書くつもりだ。


 「……そうだ、ヴィレム」

 「どうした?」


 二人きりになった部屋で、フローチェはヴィレムへ向き直った。


 「ブレフト叔父様のことなのだけれど」

 「ああ……」

 

 あの後、ブレフトは領地の東の山奥に引っ込んだ。

 というか反省しろと公爵が放り込んだ。


 実の弟だからこの程度で済んだものの、どこの馬の骨とも知れない男だったら確実に闇から闇へ葬られていただろう。

 ハーンストラ公爵もまた娘に弱い父親の一人なのだ。


 とはいえブレフトも一応王宮へ出入りして仕事をするような男。要するにそこそこ重職に就いているのだ。

 引継ぎも何もなくぽんと辞めるわけにはいかないので、仕事はきっちり向こうへ送って働かせているらしい。

 

 「お父様は毎回仕事に混ぜて件のポエムの添削と、無理やり新作を書かせて採点しているのだけれど」

 「実の弟だから恩赦があるのではないのか」

 「ああ、昔の叔父様の部屋を漁ってポエム的なものを掘り出して採点したものも送るつもりらしいわ」

 「もういっそ殺してやってくれ」


 傷口を抉られ続けるブレフトの心が癒える日が来るのかは不明である。だが現実逃避するかのように仕事に打ち込んでいるらしいので、それなりに役に立ってはいる。


 それすら見越しているのか……とフローチェも一時期は思ったが、あのポエムを採点する際の心の底から侮辱するような目を見る限り飽くまでただの嫌がらせだ。


 「一応今は療養中ということになっているわ」

 「……間違ってはいないな」

 「でもいつまでも今のような形を続けるわけにはいかないし、いずれどこかに落とし所をつけなくてはと思うの」

 

 辞職には更に理由が必要になる。

 だがつい最近まで健康そのものだったと知られているのだから、下手に嘘をついて探られあのハーンストラ家の黒歴史を暴かれるわけにはいかない。


 「以前のような生活に戻ると、ハーンストラ公爵とも顔を合わせなくてはならなくなるからな……」

 「そうなの。仕事に私情は挟まないと思うけれど、けっこう根に持つ人だから万が一を考えるとね」

 「なら……どうにか仕事を変えるとか」


 ヴィレムの案に、ふむとフローチェは考え込んだ。

 ブレフトの仕事は国の財政に関わるものだ。そこで培ったノウハウを生かせる仕事はいくらでもあると思うが、いかんせん転職の理由が見つからない。


 「……あ!」

 「どうした?」

 「そういえば、叔父様には伝手がありましたわ!」


 フローチェは思い出したように身を翻し、机の中から何やら書類のようなものを取り出す。


 「それは……」

 「以前先方と取引した時の書類ですわ」

 「……! ハールマン侯爵家か」


 合点がいったという風にヴィレムは頷く。

 お隣の大国フェロニアに古くから続くハールマン侯爵家は、ブレフトの母方の親戚にあたる家だ。


 南の方との貿易を生業としている。

 そして数年のうちに代替わりをするようなことを以前話していた。サポートとしてブレフトを推薦するのはどうだろうか。

 現当主はかなり優秀だが息子はそうでもないらしく、不安が残るようだった。承諾してくれる可能性は高いと見た。


 問題は国内でのことだが、ヘーレネン王国はどんな些細なことでもとりあえずフェロニア王国と繋がりを強化しておきたいという考えだ。突然の辞職でも融通が効くかもしれない。


 「向こうに送れば顔を合わせることもありませんし……お父様も了承してくださるかもしれませんわ」

 「そうだな。仕事の引継ぎ期間もあるが、どうにかあと半年くらいで話がつきそうか」

 「ええ。さっそく準備に取り掛かりましょう」

 「婚約して初めての共同作業だな」

 「そういうやる気をなくすことを言うのは止めてくださいませ!」


 フローチェは一気に脱力する。

 どうして自分たちは己ではなく叔父の将来をまず考えているのだろうと遠い目をした。


 「なら、ついでにハールマン侯爵にフェロニアでおすすめの観光地でも聞いておいてくれ」

 「え?」

 「新婚旅行。どこに行くかまだ決めていないだろう?」

 「あ……」


 なんとなくフェロニア王国だろうか、とは考えていた。

 近いし、言葉が通じるというのが良い。

 ヘーレネン王国の公用語はフェロニア語なのだ。二人とも公爵家育ちなのでほかの国の言語も話せるが、やはり母国語が楽に決まっている。

 

 「そう……ね。お楽しみもたくさんあるのだわ」


 思い出したようにフローチェは呟いた。

 もうヴィレムと結ばれることを阻むものはない。

 共に歩むことは、祝福とともに許されている。


 そう考えると途端に嬉しくなって、フローチェは頬を染めて微笑んだ。


 「これからもよろしくお願いしますわ、ヴィレム」

 「当然だ。今更嫌だと言っても聞かないからな」


 ヴィレムも優しく微笑を返し、プラチナブロンドの髪に指を絡めた。

 ミリアたちが戻ってくるのはもう少し先だ。


 


 雨の多いヘーレネン王国では珍しく、天気は快晴。

 時折ふわりと風が届ける、新緑と薔薇の香り。

 


 ハーンストラ公爵家には、穏やかな時が流れていた。



 

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