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28話 とても真面目で建設的な復讐


 ああ、今日はいい天気だ。

 七割を雲が覆うそうでもない空を見上げ、ブレフトは機嫌良く鼻歌を歌う。従者の男は迷惑そうに目を細めた。

 ブレフトの機嫌が良いと馬の機嫌が悪いというのは、ブレフト屋敷の使用人たちに伝わる有名な都市伝説である。


「ハーンストラ邸ですね?」

「ああ。完璧(パーフェクト)な運転で頼む」

「……へい」


 しらけた顔で従者は鞭を取った。

 馬車が走り出す。


(さて、今日は何にしようか。星……花……うーん。そうだな、この空にしよう!)


 こほん、と一つ咳払い。


「嗚呼、君は今日の空のように澄み渡っていて、小鳥のステップのように可愛らしいな……よし、意味はいまいち分からないがこれでいこう!」


 謎の満足感に浸りながら台詞を口にするブレフト。

 何を考えているのかというと、今日も自分を熱烈に歓迎してくれるはずのフローチェへとかける褒め言葉である。


(男たるもの、さらりと上手い言い回しで女性を褒められんといかんからな)


 その点、私は完璧だ……。

 ブレフトは得意気に、ずれてもいないタイを直した。


(もうすぐフローチェは私に溺れる……そう、もう少しで!)


 くくっ、と堪えきれない笑いが喉から漏れだした。

 あと少しで、全ては自分の意のままに。あの憎き兄から、権力も、愛しい娘も、全て奪い取ってやるのだ。


(私は賢い、私は優れている……あの兄よりも、ずっと!)


 間違っているのは世間なのだ。

 そして、長男という隠れ蓑に恥ずかしげもなくくるまっている無能な兄。

 辛酸を舐める日々の終わりは近い。


(来月だ。来月になればフローチェは王宮へ身を移す)


 これに関して、王子に一つ進言をしておいた。

 フローチェはとても優秀な女性で、なおかつ自分で出来ることは自分でやりたがる。ハーンストラ家の侍女やメイドを連れていかなくても十分にやっていけるだろう。


 それに知り合いが王宮にいては、どうしてもそちらと親しくしてしまうだろう。しかし今後のことを考えると、早くから王宮の者と慣れ親しんでいたほうがフローチェのためになる。

 だから、「フローチェがハーンストラ家から使用人を連れていくのを禁止したらどうか」というものだ。


 得意分野である「それっぽさ」を出しながら語ったブレフトに、王子はコロリと騙された。

 というか、反論するのが怖いのかそもそもできないのか、臣下の進言に基本的に従う王子である。思い通りにことをすすめるのにこれほど楽な相手はいない。


(これで、少なくとも始めのうちはフローチェは王宮で孤立する……)


 珍しいプラチナブロンドの髪色と、紫水晶(アメジスト)のつり目がちな瞳。

 フローチェの容姿は、お世辞にも親しみやすいとは言えない。本人も気にしているいじめっ子ビジュアルなのだ。

 加えて二大公爵家ハーンストラ家の娘とくれば、王宮の使用人たちはさらに話しかけ辛い。


(そんな心細い思いをするフローチェの前に現れるのが……私だ)


 きりっ、とブレフトは馬車の外に向かってキメ顔を披露する。特に意味は無い。


(彼女には私しかいない。ますます恋に燃え上がるフローチェ。盲目の愛の中に、冷静な判断を下すことはできない。私が与える甘く蕩ける言葉に、禁忌と分かっていても抗えずに溺れてしまう……私だけの、忠実な操り人形として)


 要約する。

 フローチェを王宮でぼっちにし、そこにつけこもうというシンプルな作戦だ。


「ふはははっ、楽しみだよ……なあ、フロッ、うっ……!」

「ブレフト様、馬車であまり喋らんでくだせえ」


 途中、馬車が石を踏んで跳ね、ブレフトは舌を噛んだ。



◇◆◇◆


 

 ハーンストラ邸に着くと、淡い緑に黄色の差し色のドレスを身につけたフローチェが出迎えた。

 ブレフトは破顔し、さっそく用意していた褒め言葉を贈る。


「待っていてくれたのかい、嬉しいよフローチェ。嗚呼、君は今日の空のように澄み渡っていて、小鳥のステップのように可愛らしいな。どこかへ連れ去ってしまいたいくらいさ」

「ぅおお……ありがとうございます、嬉しいですわ叔父様」

「本当のことを言ったまでさ」


 決まった! と満足げに頷くブレフト。

 都合よく出来ている彼の耳が「ぅおお……」というフローチェのドン引きしている声を拾うことは無い。


「叔父様は本当にお上手ですわね」

「そんなことはないよ。君の美しさが私から言葉を引き出すんだ。まるで枯れない泉のように……ね」

「あっ、はは……もう、叔父様ったら」


 褒められたブレフトは実に嬉しそうである。

 フローチェは引きつった笑みを浮かべてブレフトを案内する。


「私にお話があるということでしたけれど、来賓室でよろしいかしら」

「ああ。いつものところだね」

「すぐにミリアが紅茶を持ってきますわ……って、あら?」

「どうしたんだい?」


 フローチェは自分の耳に手を当て、困ったように眉を寄せる。


「ごめんなさい、私ったら、イヤリングを忘れてきたみたいですの。すぐに付けてきますわ」

「そのくらい気にすることはないよ」

「いけませんわ! 私、叔父様の前では少しでもキレイでいたいのですわ……」


 うつむきがちに、小声で訴えるフローチェ。

 すっかり気を良くしたブレフトはそれを快諾した。頬は緩みっぱなしである。


(最近少し私に対する情熱が薄れたような気がしないでもなかったが……どうやら勘違いだったようだな)




 フローチェは申し訳なさそうにブレフトに礼をし、退出する。それから廊下をしずしずとしおらしく歩いていたが、角を曲がった瞬間、


「ミリア!」


 鋭く名を呼んだ。

 紅茶を用意しているはずの侍女は、主の声に素早く傍に侍る。


「今回は『嗚呼、君は今日の空のように澄み渡っていて、小鳥のステップのように可愛らしいな』でしたわ」

「ぅおお……分かりました」


 フローチェと同じ第一声を発しながら、さらさらとペンを走らせるミリア。

 聞いていて頭痛がした。


「お嬢様。小鳥のステップのような可愛らしさとは何でしょうか」

「私に聞かないでちょうだい。下手くそなワルツを踊る令嬢がたまにそういう嫌味を言われますわ」

「ブレフト様は……」

「褒めたつもりでしょうね。驚くことに」


 前半部分も意味不明なのだが、後半の意味不明すぎるインパクトよってその意味不明さが霞んでいる……そんな意味不明の言葉だった。


「さて、これでちょうど二百種類目ですか」

「意外と同じことを何度も言われていましたのね、私」

「その全てを覚えているお嬢様にも慄きましたわ」

「そう何度も傷口を抉るのはよくないわミリア」

「失礼致しました」

 

 分厚い帳面を手に、ミリアは頭を下げる。

 フローチェは忘れてきたことになっているイヤリングを腰のリボンの裏から取り出し、耳につけた。


「でも、本当にこんなので上手くいきますの?」


 ミリアの提案したある計画に、とりあえずフローチェは乗ってみることにした。しかしまだ半信半疑なのである。


「少なくとも、精神的ダメージは絶大かと思われますわ」


 疑わしそうな声音に、ミリアは力強く頷く。


「夜中に勢いで書いたポエムや恋文は、必ず翌朝破り捨てたくなるもの。古来から存在する人の性質を利用するのです」

「人間にはそのような性質がありますの?」

「はい。特に殿方に顕著に現れます。創作時から時間が経っているほど、その破壊力は増しますわ」

「なるほど……流石ミリア。博識ですわね」

「いえいえ」


 興味深そうに聞き入るフローチェ。

 そして、思いついたように尋ねた。


「殿方、ということはヴィレムもあるのかしら?」

「……分かりかねますが、もしあった場合ヴィレム様の心に癒えない傷を刻むことになると思われますので、本人に確かめるのは御遠慮ください」

「そ、そうですの……」


 このミリアの進言が彼を救ったかどうかは、神のみぞ知るというやつなのだろう。


「そういうことなら、あの不愉快極まる言葉の雨にも耐えて見せますわ」

「はい。しかし無理はなさらずに、お嬢様」

「分かっていますわ」


 これは復讐である。

 しかし物理的に傷つけると犯罪になるのでそれは避け、あからさまに地位を奪うと事が大きくなり他の貴族にお家騒動がバレるので、それも避けた復讐なのだ。


(必ず成功させますわ……傍目からみれば平和的に!!)


 フローチェは熱く燃える瞳で拳を握り、どこまでも真剣に心中で叫んだ。


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