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27話 侍女の参戦


 フローチェは、紅茶を運んできたミリアに聞いてみた。


「ねえミリア。叔父様は、お父様と仲が悪かったりするのかしら?」

「えっ?」


 突然の問いに、ミリアは目を丸くする。

 フローチェは誤魔化すように紅茶に添えられた木苺のムースを口に運んだ。流石に不審がられたかと反省する。

 ミリアは暫く考え込んでいるようだったが、さきほどより顔を曇らせていた。

 

「それは、どなたからかお耳にしたのですか?」

「い、いえ? 少し気になったというか……なんとなく、ですわ」


 聞いたことは無かったが、今までにも実は少し気になっていたのだ。二人は表立って対立することこそないものの、仲が良い印象は無い。

 貴族の兄弟などそんなものかとも思ったが、フローチェは王子の誕生パーティーの際に聞いてしまった。


『両親はいつも兄上にかかりきりでそれは懸命にしつけられていたからな。王国もお気に召したんだろうさ。型通りのことしか出来ない人間だから御しやすいだろうしな』


 ブレフトがハーンストラ公爵をこう評しているのを。

 あのときは驚きが大きかったが、尊敬する父を貶める発言に、今では怒りの感情が込み上げる。


(なんですのそれ。ただの嫉妬ではありませんの。みっともないですわ)


 フローチェを見、ミリアはやはり何事か考えているようだったが、やがて意を決したように話し始めた。


「私も実際に見聞きしたことではないのですが……昔からハーンストラ家に仕えている庭師の方から聞いたことがあります」


 ブレフトはいつもハーンストラ公爵に及ばず、何かで負ける度に凄い形相で兄を睨んでいたと。


「そうですの……」


 フローチェは納得する。


(やはり、幼い頃からの恨みが積もり積もって……ということかしら。全くの逆恨みですけれど)


 ハーンストラ公爵には何の非も無い。ブレフトに温情をかける理由はないだろう。


(徹底的に叩き潰しますわ……!)


 あからさまに何かに燃えているフローチェに、ミリアはおもむろに言った。


「お嬢様のお好みの殿方はどのような方ですか?」

「えっ?」


 今までの流れと何の関係も無い質問だ。

 フローチェは狼狽える。


(どんな……って)


 背が高いとか優しいとか、そういう部分的な特徴ではなく、ある個人が頭に浮かんでいる。

 慌ててそれを消そうとして……止めた。


(いえ、これはもう一度認めたことですもの。往生際がわるいですわね)


 頭に浮かんでいるのは、やはりというか幼馴染みの顔である。

 どこに惹かれたのか、改めて考えると実は分からない。

 だが好きなところはいくらでも挙げられる。

 ヴィレムだと特定されないように、けれどヴィレムに当てはまることを言おうと、フローチェが口を開こうとした時。


「……遅い」


 ミリアが呟いた。


「えっ?」


 たしかに悩んだが、せいぜい十秒程度だ。

 そこまで焦れる時間ではない。

 ミリアは、カッと目を見開く。


「遅すぎますわお嬢様……私がいつもこの質問をした時は、『どのような方です()』と同時に『()レフト叔父様ですわ!』と始まっていたのに……!」

「え……」


 それは。


(そ、そうだったかしら……?)


 そういえば、そうだったような。

 だがそれは盲目だったときのことで、今はとてもそんな芸当はできない。フローチェは目を泳がせる。


「……お嬢様?」


 にっこりと、ミリアが笑った。


「え、ええっと……そのー……」


 じりじりと、距離を詰めてくる。

 フローチェは滝のように汗をかきながら後退した。笑顔で歩み寄ってくるミリアが、暗い影を背負っている。


「何故お逃げになるのです?」

「ミ、ミリアが迫ってくるから……」


 既にフローチェはソファーの端っこに追い詰められ、ミリアは背もたれに手をつき、覗き込むようにフローチェを見ている。

 怖すぎる。

 笑顔でやればいいというものではない。


「何か隠していらっしゃいますよね?」

「そんなこと……」

「ブレフト様のことで、ヴィレム様と何かやっておられますわよね?」

「そ、そんなこと……」


 ぐい、とミリアが身を乗り出している。

 もう少しで鼻の頭がくっつきそうだ。


「話して、いただけますよね? お嬢様……?」

「は、はぃぃ……」


 フローチェはこうして、払いざらいミリアに吐かされる羽目になったのだった。



◇◆◇◆



 話し終えると、ミリアはあからさまに不機嫌になった。


「そんな楽しそ……いえ、危険な話に、どうして私も混ぜて……いえ、ご相談くださらなかったのですか!」

「それは悪いと思うけれど、今のあなたを見ていると判断は正しかったと思うわ……」


 話を聞いたミリアは一瞬だけ無表情になり、地獄の底から響いてくるような恐ろしい声で三文字の言葉を呟いた。

 最初の文字は「こ」で、最後は「す」だった。真ん中に「ろ」が入っていた気がするが、気のせいだと思いたい。


「それでそのカスフト……いえ、クズフト……ん? まあその方が最近計画に乗り出してきたと言うことですね?」

「『ブレフト』よミリア……この短時間で記憶を塗り替えないで……ええ、そろそろ本格的に動き出すはずですわ」

「どうしましょう……」


 顎に手を当てたミリアに、フローチェは首をかしげる。


「どうかしましたの?」

「実は、明日の午後にブレフト様がお屋敷を訪れられるそうです」

「うわ……っ」


 また会わなくてはならないのか。

 前は毎日でも会いたかったから気が付かなかったが、ブレフトがここを訪れるのは結構な頻度だ。


「暇なんですの? もっと色々すべきことが……」

「ブレフト様は友人もおらず、また社交界の類にあまりお呼ばれしませんから、その分の余裕があるのでしょう。孤独(ぼっち)ならではの身軽さですわ」


 ミリアは完全にブレフトを敵対視しており、言葉に容赦がなくなっている。驚きの変わり身の速さである。


「またあの男の上手くも何ともない美辞麗句を聞かなくてはなりませんのね……」

「以前のお嬢様はうっとりしておりましたが」

「昔の話ですわ! 確かにあの頃は……」


 「嗚呼、君はまるで光の妖精だね。その輝きで僕の目は潰れそうさ」とか「嗚呼、あの星の煌めきも君の前では劣るね。ポラリスも君には嫉妬してしまうよ……」と言われてときめいている時期があった。

 しかし今では鳥肌モノである。


「確かに私が十歳のときに新しいドレスを買ってもらってブレフト様に見せたとき『嗚呼、君はまるで花の化身だよ。薔薇のように美しいね』とか言われてはしゃぎましたけど!」


 今考えると明らかにおかしい。


「あのドレス黄緑でしたのよ!? それを薔薇って」


 色盲かと突っ込みたい。

 多分ドレスを見る前から何と言うか決めていたのだろう。 恐らく「花の化身」という言葉を使いたかったのではないか。


「あとは十三の社交界デビューのときにも『嗚呼、僕のお姫様。君は社交界という蝶たちの宴の中でも一際美しく乱舞して舞っているよ』とか……!」


 これは単純に国語力の問題だ。

 「乱舞して舞う」とは一体。馬から落馬して頭痛が痛い状態である。


「お、お嬢様……よく覚えていらっしゃいますわね」


 遠慮がちにミリアに言われ、鼻息を荒くしていたフローチェはぴしりと固まった。

 確かに。

 何年も前に言われた世辞をすらすらと言うことが出来るのは、おかしい。


「流石お嬢様……ブレフト様に言われたことは決して忘れないように体が構築されておられるのですね……」

「いやあああああ」


 フローチェは悲鳴を上げた。

 だが否定しようのない事実である。

 つい最近までフローチェはブレフト狂だったのだ。自室にいてブレフトが屋敷のドアを開ける音を関知するレベルの。

 今考えるとただの化け物である。

 第六感をフル活用しすぎだ。


「最悪ですわ……今すぐに記憶から抹消したい……」

「いえ、お待ちくださいお嬢様」

「え?」


 首をかしげるフローチェに、ミリアは真剣な目で言った。


「それは、使えます」


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