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23話 恋をしているのは


 フローチェはブレフトとのことを全てヴィレムに話した。

 ただし、来月に王宮へと移ることは除いて。

 その件に関する書類は実はもう手元にあるのだが。机の上に裏返して置いてあるそれにちらりと視線をやった。


「そうか……で、その後お前はブレフト殿にどう返したんだ?」

「冗談だってことにして流しましたわ。でも、また仕掛けてくるでしょうね」


 望むところである。

 あの時はついついブレフトの雰囲気に呑まれてしまった。


(もしかしたら……それがあの男の才能なのかも知れませんわね)


 なんとなくそれっぽい雰囲気を作って相手を流す能力。

 なるほど……そんなものでそこそこ出世できるこの国に頭痛がした。


「それで、貴方に相談がしたいの」

「ああ。まずは少し泳がせるんだったか? そして証拠を掴んで一気に形勢逆転……と」


  大きく頷き、フローチェは拳を握る。


「そうですわ。自分が圧倒的に優位だと思いじわじわと追い詰めていたら突然足元が崩れ、地の底に落とされ、己が道化だったと知る……ああ、素敵ですわ!」

「フローチェ、目がやばいことになってる。抑えろ」

「あ、あら。私としたことが」


 こほん、と咳払いをして気を取り直す。

 この計画は成功すればそれは愉快だろうが、失敗すればかなり痛い目をみる諸刃の剣だ。

 決して、ブレフトに決定的なカードを与えてはならない。従っているフリをしつつ、フローチェが悪事をした証拠になるようなものを残してはならないのだ。


「これがなかなか難しいですわ」

「ああ。最初は後手に回らざるを得ないしな」


 ブレフトがどう出てくるか。

 この前はほんの小手調べだ。心揺さぶられる演技をしつつ、ブレフトを調子に乗らせなくては。


「今のところこちらから打てる手は無さそうか?」

「そうですわね……今のところは」

「そうか。何かあったら必ず俺に言え。一人でどうにかしようとするなよ」

「ええ、分かっているわ。頼りにしていますわ、ヴィレム」


 会話が一段落したここで、沈黙が落ちた。

 そういえば、いつまで経ってもミリアが戻ってこないことにヴィレムは気がつく。


「お前の侍女はどうしたんだ?」

「え? ミリアにはまだこの計画を話していませんもの。席を外して貰っていますわ」

「……戻ってこないのか?」

「戻ってきたら席を外して貰った意味がありませんわ」


 フローチェは怪訝な顔をする。

 それはそうだ。そうなのだが。

 フローチェは現在十七歳。ヴィレムは十九歳。

 二歳差の年頃の男女で、仲は良好。


「私たちの二人きりですわよ?」


 それは、不味くはなかろうか。

 そう伝えるとフローチェは首を傾げる。


「どうしてですの?」

「どうしてって、それは……何か間違いが起こったら事だろう」

「間違い?」


 皆まで言わせる気かとヴィレムはこめかみを引き攣らせる。

 が、どうやらフローチェも意味がわからない訳では無いらしかった。


「ヴィレムが? 有り得ませんことよ。そこまで疑っていないから貴方も気になさらないで」

「それは……信頼してくれていると思っていいのか」

「ええ」


 にっこりと、フローチェは微笑む。

 ヴィレムが返すことができたのは、喜んでいいのか悲しんでいいのか測りかねた微妙な笑みだった。


「それで、貴方も話があるのでしょう?お話してくださいませ……覚悟は出来ていますわ」

「ん? すまない。後半が聞こえなかった」

「いえ? 別に」


 フローチェは何でもないと首を振る。

 ヴィレムは静かに息を吸い、覚悟を決めた。


「実は、アッペル伯爵令嬢と見合いをすることになったんだが」

「存じていますわ」

「そ、そうか」


 さらりと言ったフローチェの言葉に、なんだか出鼻をくじかれる。しかしこういうのはもう勢いだ。

 ヴィレムは一息に言った。


「それは事実だ。今までは見合いなどすべて蹴っていたが、今回は受けることになった。ただしそれだけだ。彼女と婚約する気は毛頭ない」

「……っえ?」


 この宣言は予想外だったらしい。フローチェの喉から妙な声が漏れでる。


「え、だって……アッペル伯爵令嬢と結婚するんじゃ……」

「どこの情報だそれは」

「え、ど、どこだったかしら……」


 真剣に悩んでいるが、フローチェが脳内で勝手に自家栽培した情報なのでどこからのものでも無い。


「でも、ど、どうしてですの? かなりいいお相手だと思うのだけれど」

「……何がだ?」


 ヴィレムの声が低くなった。

 珍しくそれに気付かず、フローチェは言い募る。


「アッペル伯爵家は由緒正しい家柄で、彼女の歳も十六歳で貴方と釣り合っていますし、お可愛らしくて性格もご趣味もいい……」

「家柄と歳はそうだろうが、何もアッペル伯爵家に限ったことじゃない。そして、彼女の性格と趣味は知らん。顔は少なくとも俺の好みではない」


 あまり多くを語る方ではないヴィレムが早口にまくし立てたことに、フローチェは目を丸くする。


「でも……」

「フローチェ」


 遮るように、ヴィレムは名を呼んだ。

 二人の視線が交錯する。


「……俺にはもう、心に決めた人がいる」


 沈黙の中に落ちたのは、はっきりとした響きを持ったヴィレムの声。フローチェは、ゆっくりと瞬きをした。


「え……?」

「まだ想いは告げていない。ただ、俺はこの想いに決着をつけるまでは、他の女性と婚約をすることはない」


 紫の瞳が固まっている。

 ヴィレムの言葉をどう処理していいか分からないようだ。

 フローチェはぐるぐるぐるぐると考える。今、ヴィレムは何と言った? 


『俺にはもう、心に決めた人がいる』?


 そんな情熱的な言葉を吐くのか、あのヴィレムが。

 どんなに令嬢たちに言い寄られても冷たくあしらっているヴィレムが。

 いや寧ろ、その人の存在があるからあのような態度を一貫してとっていたのか。


(ど、どんだけベタ惚れですの!)


 フローチェは心の中で叫ぶ。

 心の中はまだぐちゃぐちゃと台風が通り過ぎた後のように整理がつかない状態だ。


「ヴィ、ヴィレムはその方のことを……愛していますのね?」

「あっ……ああ」


 ヴィレムの頬がぼんやりと赤くなり、フローチェはさらに驚愕する。こんな表情を見るのは初めてであった。


「こっ、こここ告白は、なされません……の?」

「それとなく伝え続けてはいるんだがな。気づく気配がない」

「そ、そうなんですの」


 ヴィレムはものすごく居心地が悪そうだ。

 やはり幼い頃から一緒の幼馴染みにこの手の話をするのは気まずいのか。


「でも、貴方がきちんと想いを伝えれば、まず受け入れて貰えると思うのだけれど」


 容姿端麗、文武両道。家は王族に次ぐ権力を持つフィーレンス公爵家。その嫡男であるのがヴィレムである。

 引くほど優良物件である彼を断る女性などいるのか。


「そいつは……もともと別の男に恋をしていたんだ。俺が入り込む隙なんてないくらいに。そんな風に真っ直ぐに人を好きになれる女性だったから、俺はその人を好きになった」

「な、難儀ですのね、貴方の恋って」


 恋をしている人を見て、その人を好きになる。

 それはとても辛い恋だ。


「そして彼女には、恋をしている男とは別に婚約者になるだろう男がいた。俺より身分が上のな。だからせめて、彼女のその男の元へ行くときまでは彼女の恋を応援しようと思ったんだ」

「えっ……? 二大公爵家次期当主である貴方より身分が上……?」


 そんなの、もう王族しかいない。

 フローチェは混乱する。


「えっ? ええとその方はその、アッペル伯爵家の者ではありませんの?」

「そうだ」

「えっっ?」


 ここで、誤解が生まれた。

 ヴィレムは「アッペル伯爵家の者では『ありませんよね』?」という問われたのだと思って、「そうだ、違う」と答えた。

 が、フローチェは「アッペル伯爵家の者『だったりします』?」と聞いたつもりで、「ああ、そうだ」とヴィレムが肯定を返したのだと受け取った。


「えっ? ええ?」

「ん?」


 混乱する両者。

 フローチェは軽くパニックになっているし、ヴィレムはヴィレムで本人を前にして告白したので心臓バックバクで頭が上手く働いていない。


(ど、どういうことですの? 結局アッペル伯爵令嬢ですの!? ヴィレムは何を言っていますの!?)


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