22話 変化
これは、先日ブレフトが訪れたとき。
辺りも暗くなり、そろそろ晩餐の時間になる頃のことだ。ふと、フローチェは来客に気がついた。
(誰かしら?)
疑問に思い、適当な使用人を捕まえて聞いてみる。
「貴女、どなたがいらっしゃったか分かるかしら?」
「はい。ブレフト様がご来訪されたようです」
「え?叔父様が?」
何故一日に二度も来る。
フローチェは思わず顔を顰めた。
なにか忘れ物でもしたのだろうか。さっさと取って帰って欲しいところだ。
使用人は先ほどブレフトを見たようで、その様子も報告してくれる。
「なんだか、とてもご機嫌がよろしいようでしたよ」
「まあ……」
王宮で良いことでもあったのか。
もしそれだけなら、やはりさっさと帰れと言いたい。
(本当に何しに来たのかしら? ミリアに聞いてみよう)
使用人にお礼を言うと、フローチェはミリアを探しに踵を返した。
幸い、彼女の姿はすぐに見つけることが出来た。洗い物のテーブルクロスを抱えるミリアに声をかける。
「ねえ、ミリア」
「お嬢様! 丁度いいところにいらっしゃいました」
「え?」
ミリアもこちらに用があったらしい。
フローチェの用事は急ぎでもなく単純な疑問なので、そちらの用件を先に聞くことにする。
「私に何か要ですの?」
「はい。実は先ほど、ブレフト様がお嬢様をお呼びだと耳にしまして。お部屋にいらっしゃらなかったから探すのを手伝うように申し使ったばかりです」
ミリアの用というか、当のブレフトの用件だったらしい。
フローチェは一気に渋面になる。
(王宮帰りに、私にお話ということは……)
確実に婚約関係の話だ。またあの温室で生き地獄を味わえとでも言われるのだろうか。
話を聞く前からフローチェは悲壮感に項垂れる。
「分かりましたわ……それで、叔父様はどちらに?」
「応接室でお待ちです。お急ぎを」
しぶしぶ、フローチェは応接室へと向かう。
部屋に入る前に少し足を止め、とびきりの笑顔を作るのも忘れない。
バンっ、と軽やかに扉を開け放った。
「ごきげんようございますわ! 叔父様、何かありましたの?」
無邪気に問えば、ブレフトが得意げに鼻を鳴らしていた。
「やあフローチェ。春を告げる女神のような君に、良い報せがあるんだ」
(あなたが訪れた時点で悲報ですわよ)
とはもちろん言わず、大袈裟に驚いておく。
ブレフトは「聞きたいかい?」と焦らしてきた。
「き、聞きたいですわ」
「どうしても?」
「は、はい。どうしてもですわ」
引きつった笑顔でねだるフローチェ。
「本当に?」
まだ焦らすブレフトに、青筋が浮きかけた。
言いたいのならさっさと言え。
それにそこまで気になることでもない。どうせ内容の予想はついているのだ。
「叔父様、意地悪はやめてくださいませ。聞きたいですわ」
「おっと、これはすまなかったね。じゃあ話そうかな……実はね……」
またたっぷりと間を取り、ブレフトは言った。
「アダム王子のことなんだ」
知ってるわ。
(王子が何なのかってことですわよ! それもだいたい予想はつくけれども!)
恐らくフローチェを褒めるなりなんなりしたのだろう。
そしてそれを「あの王子が婚約に前向きだ」と。十中八九そういうことだろう。
(仮に本当だとしても、王子のお世辞でしょうね。みんなが褒めたから自分も褒めといた、みたいな)
前回のお茶会では地獄を見たが、それは王子も同様だろう。終始ぷるぷるしていて少し可哀想だった。
明らかにフローチェと波長は合っていないのに、それをこんなに大騒ぎするとは暇なのだろうか。半眼になろうとする瞳を必死に制御して尋ねる。
「ア、アダム王子のこと? 意外ですわ、で、王子が何と?」
「そう、王子が君のことを『素晴らしい女性だ』と仰ったんだ!」
どうだ!
という感じで言い切るブレフト。フローチェの中で、驚いてあげるほどの優しさは枯渇しかけていた。
(……言うでしょうよ。とりあえずは)
それが礼儀というものである。
この男の教育係は誰だ。現ハーンストラ公爵に比重を傾けすぎてこの有様である。
「それで、婚約の時期を早めたらどうかという話になってね」
「……えっ」
「本当は来年に正式発表の後フローチェは王宮に住まいを移して、あとは折を見て結婚……という話だったんだが」
まあ、妥当だと思う。
正式に言われたわけではなかったが、フローチェが想像したものと大体同じだ。
しかし、問題はブレフトの次の言葉だった。
「来月に、フローチェの身を王宮に移してはどうかという話になった」
フローチェは瞠目する。
耐えきれずに、声を上げた。
「来月……って、そんな、急過ぎますわ!」
小国とはいえ仮にも王位継承権第一位の王子の婚姻だというのに。
(いえ……寧ろ、だからこそ?)
いずれ王となるかもしれない王子なのだ。
さっさと今のダメ王子から抜け出してもらわなくてはならない。だが、それにはきっかけが必要だ。
起爆剤としてフローチェは利用されるのか。
(発表は手続きがあるからそうはいかないけれど、王宮に移るだけなら比較的早いのかも知れませんわね……)
この国を導く賢妃としての教育は早いほうがいい。
そして、フローチェが拒絶する前に拒絶できないところまで進めてしまったほうがいい。
「……王宮に移ってから、正式発表ですの?」
「ああ、そうなるね」
しかし発表も何も王宮に移れば、どんなバカでもその意味は分かるだろう。事実上の発表である。
(理屈は、分かったわ)
しかし来月など、あまりにも時間が無い。
明日から大急ぎで準備だろうか。
心の準備は何も出来ないまま。
(ヴィレムにも……言わなくちゃ)
そう思いかけたが、すぐに首を振った。
(いえ……ヴィレムには駄目ね、少なくとも私からは。準備を終えてからにしましょう)
幼い頃からずっと一緒だった幼なじみだ。
会えばどうしても、素が出てしまうだろう。今、彼にこの話をしたら感情を抑え切る自信が無い。
目の前で泣き崩れる無様を、最後に晒したくはない。
「じゃあ、私は仕事があるので戻るよ。時間を割いてもらって悪かったね、フローチェ」
「そんな……叔父様こそ。二度も足を運んでいただきありがとうございました……」
「ああ……ところでフローチェ」
帰るかと思われたブレフトだが、何やら改まった様子でフローチェに向き直った。
「あまり嬉しそうではないね?」
突然の言葉に、否定も、表情を作るのも間に合わない。
波立つフローチェの心をブレフトの問いかけはさらに逆なでした。当たり前でしょう、と怒鳴り散らしたら少しは楽なのだろうか。
「王子との婚約が嫌かい?」
「まさか……お戯れでもそんなことは言ってはなりませんわ、叔父様」
フローチェは冗談として流そうとしたが、ブレフトの目は笑っていなかった。
それにわずかに気圧される。
一歩、距離を詰められた。
「可哀想に、私のフローチェ。急に婚約者の役を押し付けられて。逃げられないように来月からは王宮に閉じ込められる。本当は、嫌なんだろう?」
だったら────。
「私が、君を籠から逃がしてあげようか」




