21話 誤解の予感
ひとしきりはしゃいだフィーレンス公爵だったが、ふと申し訳なさそうに眉を下げた。
「しかしなあ、実は、受けちゃったんだよねー……」
「何をですか?」
うじうじと人差し指をこね回す父に、不快感を顕にしながらヴィレムは聞き返す。
「そのー、アッペル伯爵の娘さんとの……お見合い」
「……は」
「いやほんとすまない! ちょっと酔っ払っててさ……」
ボリボリと頭を掻きながら公爵は言い訳する。
「うちの娘とどうしても! 見合いだけでもいいから、思い出作りに協力すると思って頼む! ってけっこう本気な感じで言われてさー……」
ヴィレムの顔がみるみる強ばり、ぐぐっと眉間にいつになく深い皺が刻まれる。
「それは……」
面倒なことになった。
ヴィレムのもとには毎月毎月かなりの量の見合い話が舞い込んできている。しかしそれらを受けることは決してなかったし、父も強用はしなかった。
そこら辺は放任主義なのかと思ってきたが、恐らくヴィレムの想いが本当はどこにあるか見抜いてのことだったのだろう。
しかし、次々見合い話を断っていたヴィレム・フィーレンスが、年齢的に急かされるわけでもなく、当主の座に就く準備でもなく、見合いを急に受けると言い出したら。
その相手が本命だったのかと思う輩は少なくないだろう。
そして相手のアッペル伯爵令嬢は、自分自身の願いも織り交ぜて物事を考えるだろうから、十中八九誤解される。今頃、自分はヴィレムと結ばれるのだと舞い上がっているかもしれない。
(最悪だ……)
ヴィレムはげんなりと肩を落とした。
普段は余計な期待を持たせないように女性に対してはばっさりと切っているのだが、それは時としてあだとなっていた。
少しでも優しくすれば、自分は「ヴィレムにとって特別」なのではないか、もしかして好かれているのではないかという方に思考が向かう。
「……肝心の、そう思ってくれていい奴は何も気が付かないしな」
思わずぼそりと呟く。
今頃プラチナブロンドをしたどこかの誰かさんがくしゃみをしているかもしれない。
と、思考が逸れかけたが、ヴィレムは軽く頭を振り目の前の事態に向き直った。
「……で、父上。その見合いはいつですか。ひと月後くらいですか?」
「いやあ……それが」
へらりと、公爵が笑う。
「それ、三日後なんだ」
「…………は!?」
言葉を失うヴィレム。
その日程は、常識的に考えて有り得ない。
「相手がそう言ってきたんですか」
ならばそれが常識外れで失礼だと言って断ることが出来る。淡い期待を抱きかけたヴィレムだったが。
「えっと……その、酔ってて……早いうちがいいなって言っちゃって……」
「……つまり、父上から言い出したと」
アッペル伯爵とて、こちらの気が変わらないうちにやってしまいたかったのだろう。
娘の思い出作りなどと言ってはいるが、二大公爵家たるフィーレンス家との繋がりが作れるこの好機をむざむざ逃がす手はない。
さっさと見合いに持ち込む口実を与えてしまったということだ。この酒飲みが。
「…………」
「ひっ!? ごめんなさいその目やめて! 痛い! なんか物理的に!」
修羅の如き面相でヴィレムがにじり寄る。
体を小さく丸めながら、公爵はそっと紙を差し出してきた。
「これ、日程。えーっと、今のうちに彼女に説明してきたほうがいいんじゃないか? 人伝てで耳に入って誤解を生む前に」
「あんたが言うな……」
ヴィレムはジト目で父親を見る。
だがしかし、それもその通りである。
こういうのは早めに会って事情を説明しておかなければ、拗れに拗れてうまくいくものもうまくいかなくなる。
「ほらっ、お詫びっていうか、明日は休んでいいからさ! 私がいない間忙しかっただろう? 行ってくるといい」
馬車の手配もしてくれるという。
なんだか全力で誤魔化された気もするが、ここは目をつぶろう。
翌日、ヴィレムはハーンストラ邸へ馬車で向かった。
ガタゴトと揺られながら、ぼんやり考える。
(この前行ったときは、会わなかったからな……)
というより、会えなかったのか。
本当はフローチェにいの一番に伝えるべきことなのだれど、フローチェは妙なところで酷く律儀になる。
頑固とも言えるそれはなかなか揺らぐことがなく、それならばと外堀から埋めることにした。
(……いや、それは言い訳だな)
ヴィレムは苦笑する。
それも確かにあるが。結局は後付けの、それらしい理由だ。
はっきり言えば怖かったのだろう。
拒絶されることが怖かった。なんとも格好の悪い話である。
それが分かっていたから、反動だったのかもしれない。
(あの、ブレフト様に言ったことは……)
ヴィレムは大きなため息と共に顔を覆った。
今すぐに記憶から抹消したい。
『フローチェが美しいのは、別に今に始まったことではないだろう』
人生最大の黒歴史である。
一体何を口走っているんだ。
ヴィレムは僅かに熱を持った頬を隠すかのように頭を抱えた。あの後の長年フィーレンス家に仕えている従者の含み笑いも相まって、いたたまれない。
(あれだけ言えばバレただろうな)
それに、思い切り敵対心を剥き出しにしてしまった。
ブレフトの計画がこちらに伝わっているということまでは、見破られていないといいが。
(ただ、俺が「フローチェが惚れているブレフト殿」に嫉妬したとでも思われれば……)
よくはないが。
心底気分は悪いがそこに落ち着けばまあいいだろう。
(それにしても、ブレフト様はよくもまああれだけ大袈裟にフローチェを褒め称えることが出来るな)
会う度に「お姫様」だの「妖精」だのと言っている。聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
しかも下手だ。
驚くほど、いや、慄く程に。
(でも、言わないよりはいいのか?)
少なくとも、大事なことを何一つ伝えられないままでいるヴィレムよりは良い。
そう考えて自分で若干落ち込む。
自分はあの男以下なのか。
(まだ、全ては話せない……が、少しならいいか)
今日伝えてみようか。
自分の目が、常に誰を見ているのかくらいは。
ハーンストラ邸に行くと、フローチェが出迎えてくれた。
今日はドレスではなく、普段着のワンピースだった。最近流行りだという型で、肩の辺りがふわりと膨らみ、袖口は一度くびれてから広がっている。
色は落ち着きのある緑で、首元には水宝石が光っていた。
「いらっしゃい、ヴィレム」
フローチェはふわりと微笑む。
それが社交界で見せるお手本通りのものではないことに、ヴィレムは微かな優越感を感じた。
ミリアに通されたのは、フローチェの自室だ。驚いてヴィレムは部屋の前で立ち止まる。
「今日は突然お父様に他の来賓がありましたの。それで応接室が使えなくて……こちらで我慢してくださる?」
「あ、ああ。お前がいいなら、構わないが……」
仕方ないとはいえ、こんな風に妙齢の男を部屋に招き入れるのは嫁入り前の娘としてどうなのだろう。
ヴィレムは複雑な心境になる。
ソファーに座って向かい合うと、ミリアが音を立てずにカップをそれぞれの前に置いた。
それから何かほかの準備があるのか、一度退室する。
その扉が完全に閉まるのを見て、フローチェは口を開いた。
「それで、今日はどのようなご用事?」
「ああ、それは……」
ごく自然に言いかけて、ヴィレムは固まった。
(……待て、どう言えばいいんだ?)
完全に直球で伝えるとするならば『もう耳にしているかもしれないが、実はアッペル伯爵令嬢と見合いをすることになったんだ。だがそれは父上の不手際で仕方なくで、俺にその気は全くないから誤解しないでくれ』となる。
(いやいやいやいやいや)
何故、そんなことをわざわざ直接言いに来る?
明らかにおかしい。誤解されたくないから言いに来るなんてそんな。そして、その理由をヴィレムはまだ説明することは出来ない。
(というか、説明出来ずともバレるだろうこれは)
それは避けたい。
告白をする前にこんな形でバレるなんて、最悪のパターンではないか。
黙りこくったヴィレムに、何を思ったのかフローチェはやけに深刻な顔で頷いた。
「……分かりましたわ」
(何がだ!?)
そう叫ぶことも出来ずヴィレムは狼狽えるが、フローチェは至って冷静だ。
「貴方の人生に関わるような、大事なお話ですのね」
「あ、ああ……?」
確かにそれはそうなのだが。
(なんだこれは? フローチェがどう理解したのか全く読めない。勘違いされていることだけは嫌というほど分かるが)
たらりと、嫌な汗が背中を伝う。
続くフローチェの言葉を待つヴィレムだったが、飛び出してきたのは意外な言葉だった。
「貴方の話が話し辛いのでしたら、私が先に話してもいいかしら? 少し話したいことがありますの」
「話したいこと?」
フローチェは、ぱっと顔を上げる。
「実は、貴方とも会ったようだけれど、先日ブレフトが屋敷に来たの。そしてそのすぐ後……」
ハーンストラ邸に来てから王宮に上がって、恐らくその帰りだ。屋敷を王宮帰りのブレフトが再び訪れた。
そして。
「ついに────仕掛けてきましたわ」




