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18話 恋敵(?)たちの対峙


 ハーンストラ邸に着くと、屋敷の前にもう一台馬車が止まっていた。

 ブレフトの乗っているものよりも余程豪奢で立派な造りである。そのことに何故かムッとし降りて近づいてみれば、馬車にはある家紋が付いていた。

 それを見て、ブレフトは納得する。


(フィーレンスのお坊ちゃんが来ているのか)


 ぺっ、と思わず馬車に唾を吐きかけたくなった。

 馬車で待機している御者の体格がそこそこ良くてちょっと怖いからしないが。


(はぁ、あの小僧とはあまり顔を合わせたくないな……)


 ブレフトは個人的にヴィレムが好きではなかった。

 あまり話をしたことはないし、何か被害を被ったわけでもないのだが。

 だがしかし。


(なんなんだあの若造は)


 二大公爵家に生まれ? 容姿に恵まれ? 文武両道?


(どうせあれだろう! 女なんて選り取りみどりのウッハウハな生活を送っているんだろう!)


 詰まるところ、ヴィレムを見ているとブレフトの劣等感が執拗に刺激されるのである。

 ブレフトはなんと、恋人が居たことが無い。

 決して不細工というわけではないし、金だってあるのにだ。

 いいところまでいった人は過去に何人かいたが、今ではそれすらできなくなった。

 何故か。ブレフトは考えた。


(それは……あの小僧がいるからじゃないか!?)


 ぱたりと女性の反応が悪くなった時期くらいから、ヴィレムがモテだした気がする。


(いや、きっとそうだ。絶対そうだ)


 ブレフトはガクンガクンと頷く。それを見ていた御者は眉を八の形に歪め、口元に握った手をあてた。

 なにあれ気持ち悪ぅい、のポーズである。

 それに気付かないままブレフトは怒りに拳を握りしめる。


(私に女ができないのは全てヴィレム・フィーレンスのせいだ!!)


────もしかしたらお気づきかも知れないが、結論を言ってしまうとブレフトの主張は間違っている。


 ブレフトに恋人ができないのは、付き合う前に女性の方が総じてブレフトの性格を「ちょっと生理的に受け付けないな」と思ったからだ。

 そして、そのうちいいところまですらいかなくなったのは、女性特有の恐ろしく広い情報網により、ブレフトの名前が悪い意味で売れたからである。

 最近ではずっと「ブレフト(笑)様」と呼ばれていたことを本人は知らない。


 ちなみに、その頃のヴィレムは九歳の男の子。

 これで仮にヴィレムに女を取られていたというのならば、それはそれでブレフト(笑)は女性関係をもう何もかも諦めた方がいい。


(よし……私がハーンストラ公爵になったら、あの小僧にも何かしらの制裁をするぞ……)


 よく分からない復讐をふわっと誓うブレフト。

 すると、向こうからヴィレムが歩いてくるのが見えた。


(き、来たな!)


 会うのは久しぶりだったりする。

 少し背が伸びただろうか。

 細身の体はしなやかに筋肉がついており、前よりもさらに精悍な顔つきになっているような。


 美男子(イケメン)は滅べと念を送っていたブレフトだが、やはり何か変わったと首をかしげた。

 それに、妙に清々しい表情をしている。

 ヴィレムといえば、いつもむっつりと無表情でいる印象があったのだが。


「……ブレフト殿?」


 向こうもこちらに気がついたようだ。

 伸びの良い低音がすっと通ってくる。


(くそっ、声だけでも残念な感じに生まれてくればよかったのに……)


 どこまでも僻みつつも、表面上はにっこりと笑っておく。


「やあ、ヴィレム君か、奇遇だな! この間は私の代わりにフローチェのエスコートを任せてしまって済まなかったね」


 ヴィレムは、硬い顔で一礼した。


「いえ、特に問題はありません」

「ははっ、女性のエスコートなどヴィレム君には朝飯前だったかな? あー……クソが」

「はい?」

「んんん!? なんでもないなんでもない、こっちの話さ!」


 つい本心が漏れ出てしまった。

 ブレフトはばたばたと見苦しく両手を振って誤魔化す。


「ヴィレム君は、今日はどうしてハーンストラ邸に?」

「……少し、ハーンストラ公爵に話がありまして」


 それだけ言うと、ヴィレムはふっと視線を外す。

 纏う空気が冷たいのは、きっと気のせいではない。まるで地を這う虫けらを見るような目、でこちらを見据えている気がしてならない。


(な、なんだ……? 急に不機嫌になってないか……!?)


 屋敷を出てきたときとは大分印象が違う。あのすっきりとした顔はどちらかという機嫌が良いに分類されるはずだ。

 もしそのヴィレムが不機嫌になっているとしたら、理由はどう考えても自分にしかない。

 屋敷を出た彼に訪れた変化は、ブレフトに会った、ただそれだけなのだから。


(な、何故だ! まさか嫌われている? 嫌われているのか!? 全然話したことないだろ! かなり久々のこんにちはだろう! どこで嫌われた!?)


 好かれる要素はないが嫌われる要素もない。二人はそういう関係だったはずだ。


(共通の知り合いを通してとか……ん? フローチェか?)


 ブレフトの対して鋭くもない勘が反応する。

 フローチェはブレフトに対して非常に好意的だ。悪い評判を流すとは思えない。


(フローチェはきっとこの小僧にも私の素晴らしさを布教しているはずだし……っはっ! まさか!)


 カッ! と目を見開く。


「!?」


 当然、ヴィレムはぎょっとして一歩下がった。


(嫉妬か! この小僧、私に嫉妬していると言うのかああ!?)


 中途半端に当たっている答えを出すブレフト。

 鼻息荒くヴィレムを見上げる。ヴィレムはそれを受け二歩下がる。

 もし今騎士団員が通りかかったとしたら、思わず「騎士さんこいつです」と声をかけることくらいしただろう。


(いや待てよ……このヴィレム・フィーレンスが私に嫉妬、だと……!?)


 それは……。


(きっ……気分がいい!!)


 「ムッハー」という奇声を上げたブレフトに、ヴィレムは正常に反応した本能により剣に手をかけた。

 一方、ブレフトは優越感によりかつてないほどの余裕を持った態度でヴィレムに向き直っていた。


「ん? どうした? ヴィレム君。ん? ん?」


 肘でつんつんとしてきそうな雰囲気である。

 実に面倒臭く、そして腹立たしい。


「い、いえ……」


 ヴィレムはものすごく帰りたそうに、馬車とブレフトを不自然な速さで交互に見やっている。


「兄上に用か……ということは、フローチェにはあったのかな?」

「…………」


 ぴくりとヴィレムが反応した。

 もはや不機嫌を隠す気が無いのか、やや目つきが険しくなっている。

 それを見てブレフトは確信した。


(やはりこの男……フローチェにほの字か!)


 ほの字と言って伝わるだろうか。惚れているということである。田舎のヘーレネン王国でも今日日使われない死語だ。ブレフトはやはりおっさんなのである。


(ヴィレム・フィーレンスの恋敵は私!? ヴィレム・フィーレンスの恋敵は私!!)


 年甲斐もなくはしゃぎながらちらちらとヴィレムを見る。


「そういえば、最近フローチェは随分綺麗になったなあ!」

「……そうですか?」

「ああ! あれは同年代の男が放っておかないだろう!」


 調子に乗ったブレフトはカマをかけてみることにする。

 ヴィレムは無表情だが、こちらからやや顔を逸らした。これは効果がありそうだとさらに攻める。


「あれなら私が嫁に貰いたいくらいだよ! ははっ、なーんてね、こんなこと王子に聞かれたら大変なことに……」


 不意にヴィレムが一歩踏み出した。


「な、んっ……」


 ブレフトは、続けるはずだった言葉を喉に詰まらせる。

 喉笛にヴィレムの手が添えられていた。

 強く圧迫されている訳では無い。けれど、それよりも彼の怒気に圧されて声が出せなかった。


「……不快だ」


 恐ろしく低い声が落ちてくる。

 蔑むように細められた目が、汚物を見る目でブレフトを射抜く。

 いつも怒ったような顔をしているヴィレムだが、実際に怒りを向けられたのは初めてのことだった。


「それ以上戯言を吐き散らすというのなら、二度と言葉を紡げない体にする」


 ブレフトには殺気を感じ取れるほどの力量はない。

 しかし、間近でぶつけられた明確な殺意は彼をすくみ上がらせるのに十分だった。

 やがてヴィレムが手を離す。ブレフトはヘビに睨まれたカエル状態で固まっていた。

 最早一瞥もせずに歩き出したヴィレムだったが、馬車の前で一度だけ振り返った。


「最近フローチェが随分と綺麗になったと言っていたが」


 恭しく、御者の男が扉を開ける。


「フローチェが美しいのは、別に今に始まったことではないだろう」


 扉が閉まる。

 パシン、と鞭を打つ音が響き、土煙を上げて馬車は走り去って行った。

 馬も訓練されたいい馬なのだろう。振動を少なく、より速く走っていく。もう道の向こうに小さく見える。

 残されたブレフトはその姿を見つめ、呆然と呟く。


「や、やっぱ好きなんじゃん……」


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