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17話 野望の火


 身だしなみを整え、姿見の前で軽くポージング。

 今日は登城をする日なのである。

 少しでも自身をよく見せるために、男────ブレフトは朝の支度に余念がない。

 ちょっとお高いシルクのタイをきゅっと結び直し、角度を変えて眺める。

 灰色の髪を執拗に撫で付けて(傍目には先程と何も変わっていないように見えるが)、本人は満足げに頷いた。


 納得のいく自身の仕上がりに機嫌をよくしていたブレフトだったが、大方支度を終えたところで、昨晩届いた手紙のことを思い出し顰めっ面になった。

 芝居かがった風にため息をつく。


(全く、あいつは使えない……だからいつまでも出世しないんだ)


 王子の誕生日パーティーで例の計画。

「フローチェを裏で操り王子を誑かし、言われるがままフローチェが王国に危害を加えかけたところで、ブレフトが何も知らない体を装って断罪する」。

 それを打ち明けた男から昨日連絡が来たのだ。


《やっぱり、お前の計画には乗れない。どう考えても上手くいくとは思えない。お前もいい加減、自身の立場に満足したらどうだ。安易な私欲で国を乱すなんて、必ずお前の身に火の粉が降りかかるぞ》


「くそっ」


 読んですぐに几帳面な字で書かれた手紙を握りつぶし、乱雑に机の中に突っ込んだ。


(全く分かっていないな。あれほど、私が説明したというのに)


 たしかにフローチェが国絡みの不祥事を起こせば、ハーンストラ公爵家に大打撃を与えることは間違いない。

 しかし、そこまで酷い待遇にはならないだろうとブレフトは考えていた。

 絶対的な権力をもつ貴族は、王族の他に最低二家必要だ。これより少なくなってはならないのだ。

 何故なら、もしもハーンストラ公爵が力を失えば、フィーレンス公爵家が一大公爵家になり、王家と対立することになる。


 今の三柱の状態がよくバランスが取れている。

 現ハーンストラ公爵家と王家との良好な仲を鑑みても、失脚させるのは惜しいはずだ。

 だからきっと王家がハーンストラ公爵家を庇い、大事にはならない。フローチェの件の責任をとるのは現ハーンストラ公爵だけに抑えられる。


 その後を継ぐ者は年齢を考えるとフローチェかブレフトしかいないが、諸悪の根源 (役) のフローチェは除外されるので、自動的にブレフトがハーンストラ公爵家を取り仕切ることになる……という計画だ。


(これでようやく、私の力を……皆が認める。ようやくだ。いつもいつも兄というだけで家督も名誉も奪っていった能無しの兄上より、私の方が優れていると知らしめてやる!!)


 昔から、何だって兄の方が持て囃された。

 どれだけ努力しても認めてもらえない。

 いつだって兄のようになれと言われ続きてきた。


(私が劣っていたからか? いや、違う!!)


 ただ、タイミングや運の問題だったのだ。

 家督だって、自分が遅く生まれてきたばかりに兄に譲らなくてはならなかった。

 ブレフトはブレフトで役人として出世し、大きな事業を任されるようになり、こうして城へ上がることが許されるようになっても、二大公爵家ハーンストラ家当主たる兄には遠く及ばないのだ。


(だが……辛酸を舐める日々も終わりだ)


 悔しがる兄の顔を想像し、くふふと笑う。

 もうすぐ、ハーンストラ公爵を名乗るのは自分になるのだ。


(フローチェには悪いが、しっかり“悪役”になってもらわないとな……)


 この計画を思いついたのも、フローチェがブレフトに想像以上に懐いたことがきっかけだった。

 懐いたこと自体は計算のうちなのだが。

 幼い女の子が好みそうで、かつ堅物の兄が照れて言えなさそうなあまーい台詞をかけてお姫様扱いすればいい。


 ハーンストラ公爵よりも自身に子供を懐かせて優越感に浸ろうと思ったのだ。

 この男、兄に勝てるなら最早なんでもいいのである。


(実際、フローチェは「ブレフト叔父様と結婚する」と言って聞かなかったからな……初めてそれを聞いた時の兄上の顔は傑作だった)


 そして今も。


(フローチェはまだ私のことを想っているはずだ……いや、王子との婚約を告げた時は意外と淡泊でちょっと焦ったけれども、きっと大丈夫なはずだ)


 なにせあれだけ慕っていたのだ。あの時のはそう、痩せ我慢だ。もしくは気を遣ったか。本当はブレフトと結婚したくて堪らないのだ。

 本心は、それはそれは傷ついているに違いない。


好機(チャンス)は今だ!)


 傷心のフローチェ。

 そこにそっと近づき、砂糖より甘やかな言葉をかける。ブレフトは目を閉じてその場面を想像した。


「可哀想に、私の(・・)フローチェ……実はね、私も君を想っているんだ。だが、王子との婚姻の話もあり、今まで言い出せなかった……」


 せっかくなので姿見に向かって語ってみる。


「君を突き放すことも抱きしめることもできなかった僕を許しておくれ。そして君と王子との婚約の決まった今、僕は愚かにも君を諦めきれないでいる」


 今年で十七歳になったフローチェが目の前にいると想像し、切なげに目を細めるブレフト(三十七歳)。


「ああ! 君をこの腕に閉じ込めてしまえたら! 王子のもとになど行かせたくない! 君を僕だけのものにしてしまいたい!」


 がばり、と目の前にいると仮定している十七歳の無垢な少女のフローチェを抱きしめる動作をするブレフト(三十七歳独身)。


「だが、王家にはやはり逆らえない……君は王子と婚姻を結ばなくてはならないんだ……」


 一度咳払いし、


「そんな……嫌ですわ叔父様! 私はブレフト叔父様と結婚するのです! アナタ以外なんて、考えられないの!」


 ついには裏声で一人で二役こなし始めた。


「いい考えがある。フローチェ、君は離縁すればいいんだ。一度王子と結婚して、うんと嫌われておいで。大丈夫、あとから全て王子のせいにしてしまえばいい。私が指示をしよう、私の言う通りにすれば全て上手くいくよ……。よし、完璧だ!!」


 ふふんと鼻を鳴らし、ずれてもいないタイを直す。

 ブレフトは自身の計画の成功を確信しながら、使用人を呼んで出立の用意を整えた。


(王宮へ行く前に一度ハーンストラ邸に顔を出すか……フローチェともしばらく会っていないからな。サービスだ、サービス)


 きっと顔を赤くし大喜びで迎えてくれるだろう。

 それとも、これからブレフトと諦めなくてはいけないことを考え暗い顔をするだろうか。


(折角だ、先程シミュレーションしたことを早速実践してみようじゃないか)


 にやりと口元を歪める。

 泣いて喜ぶフローチェの姿が見えるようだった。


(計画が上手くいった暁には、フローチェは保護してやってもいいな)


 初めて見た時から人形のような容姿の少女だと思ったが、フローチェは美しく成長した。

 本人はややキツめの見た目を気にしているが、ブレフトは童顔よりも色気のある女性が好みである。


(肉付きも良くなってきたし、今後に期待だな)


 あと二年もすればさらに化けるかも知れない。


「ふっ、ふふ……」


 ブレフトは下卑た笑みを浮かべ、散財して買ったジャケットを大事そうに羽織った。


(全ては……きっと上手くいく!!)


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