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13話 王子とお茶会


 身に纏うのは青いドレス。しかし原色のようにはっきりとした色ではなく、灰がかった少し柔らかな青灰。

 装飾品の類いはターコイズで統一してある。髪はミリアに編んでもらい、焦げ茶のリボンを可愛らしく結んだ。


「さて……これでいいかしら」

「ええ。お美しゅうございます、お嬢様」


 知性を感じさせつつも、きつくなりすぎず穏やかに。

 そんなフローチェの希望通りに仕上げたミリアは、満足そうに微笑んだ。


「あとは話題ね。アダム王子は植物がお好きでいらっしゃるのよね。私もそこまで詳しくなかったから、付け焼刃になってしまったけれど……」

「十分です。少なくとも普通のご令嬢よりも詳しければ、王子も嬉しく思われるはずです」

「そうよね。よし、いけるような気がしてきましたわ!」


 拳を握りしめるフローチェに、ミリアが怪訝そうな顔をした。

 しかし、お嬢様。


「なあに?」

「どうして急に王子との婚約に前向きになられたのですか?」

「えっ」


 ブレフトの一件を知っているのはヴィレムだけ。ミリアからしたら、フローチェが王子との婚約を成功させようとしているのは、非常に不可解なことであった。


「……たしかに、私はブレフト叔父様と結婚するのだと言い続けてきたけれど……潮時かなと思いましたの」


 嘘は言っていない。

 事実、フローチェはブレフトを想う気持ちからきっちりと決別した今、王子との婚約を受け入れていた。


「婚約を破談にして、ハーンストラ家の名を私が貶めるのは耐えられないわ。それに、王子は女癖が激しいわけでもないし、極悪非道の悪人という訳では無いもの」


 ただ、度を越した「ヘタレ」なだけで。

 気は進まないが、自身の役割を投げ出したいとは思わないのだと、フローチェは微笑んだ。


「ブレフト叔父様に未練はないわ。だから心配しないで?」

「ですが、お嬢様……」


 いつも従順なミリアが、珍しく食い下がった。しかしそれ以上の言葉を継ぐことなく、下唇を噛んで俯く。


「……私は、お嬢様には笑って結ばれて欲しいと思います」


 やがて、ぽつりと吐き出された言葉は、普段のはっきり物を言う彼女らしくない弱々しいものだった。


「ありがとう、ミリア。その気持ちだけで私は充分幸せよ」


 対するフローチェの返答はハーンストラ家の令嬢として、主として満点のもの。

 ただ、どちらもお互いの顔を見ようとはしなかった。



◇◆◇◆



 温室に設えた椅子に座り、フローチェは王子、アダムと対面している。

 ヘーゼルブラウンの短髪に、同色の瞳。

 くりっとした丸い目は、不安そうにきょときょとと彷徨っている。

 背丈はあまり大きくない。筋肉もそれほどついていないようで、体が細くて薄い。


(私が以前着た桃色のワンピース、私よりも似合いそうね)


 そんなことをフローチェが考えてしまうくらい、アダムは女顔をしているのだ。

 そのせいか、アダムは妙齢の若い女性にはあまり人気はないが、二十代後半から四十代くらいの、お姉様・おば様方には一部根強いファンがいるらしい。

 王子としての評価が低いことに変わりはないが。


「アダム王子、ご機嫌麗しゅうございますわ」

「え、ええええええ。ごっ、きげんよう、ハッ、ハハハハーンストラ令嬢……っ!」


 この程度はもう慣れた。

 いや、緊張で「ハーンストラという名前がぶっ飛ばなかっただけマシであろう。


「今回はお招き頂き光栄ですわ。ここは本当に素敵な温室ですわね。殿下は植物にお詳しくていらっしゃるのですか?」

「いいいいえっ! そんなことはっ! くっ詳しくなんて……! 興味も……ない! です」


 ちょっと待て。

 謙遜するのは良いが興味があることすら否定するとは、どういうことだ。

 会話が広げ辛いことこの上ない。


「そ、そうなんですのー……あ、そうだ、あそこに咲いているお花はなんて言ったかしらー?」


 それでもフローチェはなんとか間を持たせるために手近にあった花を手で示す。興味が無い云々は、どうせ嘘なのだからガン無視である。


(あれは……たしかベゴニアね! 花言葉は『愛の告白』……とかそんな感じだったはず。うん、話題としては悪くありませんわね)


 アダム王子の返答を予測し、どう返すかと頭を使っていたフローチェだったのだが。


「あれは……えっと……う、ぅぅ……わ、忘れました」


(忘れたんかい!)


 泣きそうな声で王子は答える。

 どうやら、緊張で頭が働いていないらしい。仕方なくフローチェはヒントを出すことにした。


「な、なんだったかしら、『ベ』から始まったような……? べ……? ベゴ……?」


 さあ思い出せとぶつぶつ呟いてみる。


「ベ……ベゴ……ベゴニ……?」


 なかなか思い出さないので、フローチェがもうほとんど正解を言ったところで、王子がはっと目を見開いた。


「カッ、カルミアっ!?」

「……………………」


(ヒントを活用しろぉぉぉ!!)


 ベゴベゴ言うフローチェをなんだと思っていたのか。

 もしかしてガチガチで全く耳に入っていなかったのかもしれない。


「そっ、それですわ王子! カルミア! カルミアです! 流石ですわ!」


 だが間違いを指摘などすればこの王子のプディングよりも柔らかい精神力(メンタル)は粉々になってしまう。フローチェはあの花はもうカルミアだということにした。


「見ただけですぐに分かるなんて、凄いですわ、王子」

「いえっ、そんな、僕は……」


 顔を真っ赤にして王子は首を振る。

 フローチェは手段を選ばず出世しようとする下請け会社の平社員もかくやといった様子で、全力で王子をヨイショした。


「植物に造詣が深いなんて素敵ですわ。きっと王子は心優しい方なのですね~」

「そそそそんなっ、僕は少し、嗜んでいる程度で……」


 慌てたせいかうっかり本音が出たのか。

 十分もしないうちに先ほどの「興味もない」という発言と矛盾しだした。

 この王子に外交でも任せようものなら、いつの間にかこの国はフェロニア王国あたりにパン一切れくらいの値段で買い叩かれているのではないだろうか。


(先行き不安この上ないですわ……)


 やはり頼りない王を支えるためには、賢い王妃が必要だ。

 現国王も、きっとフローチェにそれを望んでいるのだろう。


(私にこの方がどうにかできるなんて、ちっとも思えないのだけれど……)


 このきつめの容姿もあって、王子は自分のことをかなり恐れているようだ。他のご令嬢と話す時は、今より幾分かはマシに見える。

 ああ、どこかの国から賢く心優しい女神のようなお姫様でもヘーレネン王国に来て欲しい、切実に。


(田舎だけどいい所。ケーキもパンも美味しいですわよー……)


 現実逃避しかけたフローチェだが、すぐに我に帰る。

 というのも、フローチェが何か話題を振り続けなければすぐに痛いほどの沈黙が流れるからだ。


「アダム王子はどうして植物がお好きなのですか?」

「あっ、えっ、と……綺麗なので」

「ええ、たしかにお花などは見てるだけで癒されますわよね。夏の青々とした木々などもいいですわ」

「は、はい。僕も好きです……! 森とか」


 ようやく食いついた。

 フローチェの目がきらんと光り、王子を捉える。これは話を盛り上げるチャンスだ。


「まあ、森がお好きなのですか? どうして?」

「あ、えっと……静かで、神聖な、感じがして……。いつまでもそこにいたくなるっていうか……」

「成程……」


 ふんふん、とフローチェは懸命に相槌をうつ。


「ここになら、僕でも居ていいんだっていうか……」

「え、ええ……?」


 ようやく楽しい会話が開始されるかと思ったが、次第に雲行きが怪しくなってきた。


「もういっそこのまま、この森の肥やしになろうか、みたいな……」

「王子ぃぃ!?」


 まさかのカウンターだ。

 相当に重いのが来た。フローチェの細腕では到底支えきれないほど重いのが来た。

 せっかく会話が続いたのにどうして自害エンドなのだ。


「あっ、すみません、僕……つい」

「いいいいえ? お気になさらないで?」


 この返しは果たしてあっていたのか。

 へらりと笑う王子の笑みが怖い。笑っているけれど目が本気なところが怖い。

 ヘタレなだけだと思っていたが、案外闇深くていらっしゃるようだ。ますます女神でないと彼を救えないのではないだろうか。


「……ああっ!」


 ここで、突然王子が声を上げた。

 物語に出てくる可憐でか弱い乙女が、ショックでよろめいたときのような悲鳴だ。


「ど、どうなさいましたの!?」

「あの花……」


 王子が指したのは、先ほどのベゴニア……ではなく、カルミアだ。もうあれはカルミアなのだ。

 フローチェはそう己に言い聞かせる。


「あら『カルミア』ですか? 殿下、あの『カルミア』がどうか致しましたの? 特に何の変哲もないお手本のような『カルミア』ですけれど」


 不自然な程に「カルミア」にアクセントを置いてフローチェが尋ねると、王子は項垂れた。

 そして、悲痛な面持ちで頭を抱える。


「あれは、カルミアじゃなくて、ベゴニアです……」

「…………」


(何故今更気がつく)


 今までの全力フォローは何だったというのか。

 それでもすかさずどんよりと暗い空気を纏う王子を慰めたが、彼は「ああ……やっぱり僕は……」「帰ったら小麦畑に行こう……そこで穴を掘って埋まろう……」と死んだ目で言っている。

 こちらの声は届いていないようだ。フローチェは口をぱくぱくさせたが、もう何かしら声をかけるのを諦め、遠い目をした。


(やっぱり、無理かもしれませんわ……)


 緑に囲まれた温室の中、フローチェが白旗を上げるのに時間はかからなかった。

 

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