12話 鞭の前の飴
全く気の進まない予定と、楽しみな予定が一つずつある。
気の進まない予定は明後日。
アダム王子との面会だ。こちらから話題をふらなけば沈黙が落ちることは必至なので、今から何を話すか決めておかなければならない。
あまり気合を入れた服では王子の腰が引けてしまうが、中途半端な格好で臨むものならハーンストラ家の威厳に関わる。匙加減が難しいところである。
一方、楽しみな予定は今日。
久しぶりに親しい友人たちとお茶会をするのだ。
場所はハーンストラ家の薔薇園を提供させてもらった。
使うカップや茶葉、お菓子もフローチェが決め、理想通りの優雅なお茶会に頬が緩む。
「よし、私の方の準備も完璧ですわ。あとは二人が来るのを待つだけね」
空は快晴、とまではいかないがヘーレネン王国にしては良い天気だ。風も穏やか。
明日の憂鬱な予定のことは忘れて、今日は思い切り楽しむ予定である。
「……お嬢様。お二人がご到着なさったようです」
「まあ! ありがとう、ミリア。さっそく出迎えに行くわ」
今日招いた友人は、侯爵家のご令嬢たちだ。
二人とも学校で優秀な成績を収めた才女で、性格もすっきりとしている。
フローチェの話題についていけなかったり陰湿だったりしないので、話していてストレスがないのだ。
二人を出迎えると共に、直接薔薇園へ向かう。
「お久しぶり、フローチェ。元気そうね」
「久しぶり。変わらないわね、フローチェ」
「ええ。貴女たちも」
座るように促し、自身もゆったりと腰掛けた。
身分はフローチェの方が上だが、公の場以外では対等の立場で接してくれるように頼んでいる。
「今日は素敵なお茶会にお招きありがとう~。カップの意匠も素敵だわぁ」
のんびりとした話し方が特長の少女の名は、クラウディア。
フローチェと同じ十七歳で、容貌も口調と同じく穏やかな美人だ。
「こうして集まるのもなんだか懐かしいわね! 学生時代はよく恋話コイバナしたものね」
はきはきとした話し方をするのがエルマ。フローチェたちの一つ下の十六歳である。
勝気そうな目つきだが、くるくると変わる表情や明るい笑顔は愛嬌がある。
「あらぁ、恋話だなんて。エルマが素敵な殿方の話を延々としていただけでしょう? 私とフローチェは聞いていただけよぅ」
「そうですわね。主に見目麗しい男性の噂話をエルマがしていただけでしたわ」
フローチェがクラウディアに同調すれば、当の本人は悪びれもせずつんと顎を反らした。
「いいでしょう? 貴女たちって本っ当にそういうの興味ないんだから! 普通はもっときゃーきゃー言うものなの!」
「そうなのかしらぁ?」
「私もよく分からなくってよ」
「そりゃあんたたちは身内にとびっきりの美男子イケメンがいるからいいでしょうよ!」
エルマは唇を尖らせた。
「身内って、ヴィレムのことですの?」
確かにフローチェは幼い頃からヴィレムを見てきたせいで、そこらの美男子を見てもまあまあにしか見えない。
「いいわよね、ヴィレム様! やっぱり私の中ではナンバーワンだわ! 目の保養よ、目の保養」
「そ、そうですの……」
「じゃあ、私の身内って誰かしらぁ?」
「婚約者様に決まってるでしょ!」
クラウディアには、四歳年上の婚約者がいて、来年結婚する予定だ。お相手は異国の公爵様である。クラウディアの家と関わり深いところで、彼女が生まれる前から決まっていた婚約だ。
「確かに美男子だとは聞くけれど~。まだ私は一度しか会ったことがないからよく分からないわぁ。ずっと昔のことですし」
「えっ、そうだったの?」
エルマは目を丸くしたが、他国に嫁ぐ場合は珍しいことではない。結婚式で初対面よりはマシだろう。クラウディアは既に割り切っているのか、この婚約に関して愚痴を聞いたことは無い。
「でも、肖像画を見る限りとびっきりの美男子イケメンじゃない」
「あらぁ、実物そのままに描いて職を失うくらいだったら、どの似顔絵師も写実的に描く矜持プライドを捨てるくらいするわよぅ」
あんまりな言い方にエルマとフローチェは頬を引き攣らせたが、クラウディアはころころと笑っている。
「私の話は置いておいて~。エルマには、いいお話はないの?」
「あったらこんなとこで愚痴ってないわ」
フローチェはふむと考え込む。
確か、前に一度三十代の公爵との縁談が持ち上がりかけていたが。
「いや、だって、美形だったら! 美しいおじさんだったら許せるけど! 老け顔で汗がすごい感じの三十代だったのよ! 一目見てギブアップだったわ!」
持ち上がりかけた、という段階で破談になったからまだ良かった。向こうもそれほど乗り気でなかったらしい。
男色家という話をちらりと耳にしたような気がするが、楽しいお茶会でそのようなおぞましい話はやめておこう。
「エルマは美しい殿方が好きだものねぇ」
「まあ面食いっていう自覚はあるけど! でも、夢見たっていいじゃない? 見るだけならタダなんだから」
「そうねぇ~。そういえば、フローチェ」
こてん、とクラウディアは首を傾げた。
「ブレフト様とは、どうなったの~?」
「あっ!それ私も聞きたい!」
「え……っ」
フローチェは思わず固まった。二人には、まだ何も話していない。
(どう、しよう……どこまで、話していいの?)
全ては駄目だ。
叔父がハーンストラ家を貶めようとしているなんて醜聞、たとえ親友二人にでも話してはならない。
「……フローチェ?」
もう一度、クラウディアが名を呼んだ。
不思議と色々と見透かされた気分になる。
「……諦めることに、したの?」
「「ええっ!?」」
声を上げたのは、フローチェとエルマ。
なんで分かったの、というのがフローチェ。なんでそうなったの、というのがエルマである。
「だって~、いつもなら叔父様自慢が始まるのに、黙ったままだったからぁ」
だからといって、それだけで分かるものなのだろうか。
クラウディアは普段はおっとりとしているが、時折恐ろしい程に鋭い。
「ええ……詳しいことは、言えないけれど。でも、心配しないで欲しいですわ。私はこの通り平気ですもの」
とん、と胸を叩いてみせると、親友二人は顔を見合わせた。
「……そう。なら良かったわぁ」
「うんうん! フローチェのしたいようにするのが一番よね!」
聞きたいことは山ほどあるのだろうが、ほとんど見せていないフローチェの気持ちを、それでも汲み取ってくれたらしい。
「じゃあ~エルマ。あの話はフローチェにしないの?」
「ぅえっ!? ああああの話って!?」
「何ですの? 何かありますの?」
「エルマったら、何も出会いがないなんて言っておきながら、ある男性と詩のやりと……むぐぅ」
のんびりと話すクラウディアの口を、エルマが慌てて塞ぐ。
「えー、私だけ除け者は嫌ですわ、エルマ」
「いやっ、だって、そんな大したものじゃ……!」
「ええとね、ある日お屋敷の窓辺に、街で落としたハンカチが届いていて~それにお花と詩が添えてあって~エルマはそれにんむぅ」
「駄目だってば!?」
先程までの威勢はどこへやら。
慌てだしたエルマに、フローチェはにっこりと笑う。
「やだ……嫌がるエルマ、素敵ですわ」
「何の扉開いたの!? 閉じて! 今すぐに閉じて!!」
悲鳴のようなエルマの声が薔薇園に響く。
嫌ですわと言い切ったフローチェの追撃が止んだのは、出された紅茶が冷め切る頃。
三人のお喋りが終わったときには、高く登っていた日がすっかり傾いていた。




