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11話 迷惑じゃない


 迎えの馬車に乗り込んでからも、無言の時間が長く続いた。ハーンストラ邸が近づいている。


「お気になさらないで? 知っているでしょう。私はもう叔父に恋心は抱いていませんもの。寧ろいい機会だと思っているわ」

「いい機会?」

「私は今までお父様やミリア、屋敷のみんなに迷惑をかけっぱなしだったもの。でも、いつか私が立派な王妃になれば、恩を返せるわよね」


 ヴィレムの顔が険しいものになった。

 それに気づかず、フローチェは話し続ける。


「ヴィレム、貴方にも謝らなくてはいけないわ。私が叔父に恋なんかして、ずっと迷惑を……」

「止めろ」


 強い口調で遮られて、言葉を止めた。

 ヴィレム? と問い返せば無口な幼馴染みは静かにこちらを見下ろす。

 寄せられた眉に、引き結ばれた口。

 一見すれば怒っているのかと思う。

 勿論怒りもあるのだろう。しかしフローチェには、もっと複雑なものに見て取れた。


「迷惑だなんて思っていない」


 ヴィレムは、一瞬だけ顔を歪める。


「俺は好きでやってるんだ。それを……お前が否定しないでくれ」

「っ……!」


 唐突に悟る。

 怒りのように見える感情の中に混じったもの。

 それはきっと、寂しさだった。


「ごめんなさい、私……っ」


 皆から貰った厚意を、嫌々やっていることだと、自分自身で踏みにじった。

 フローチェは軽率な己の言動を恥じる。


「……分かってくれたなら、いい」


 慰めるように、大きな手が頭の上に置かれる。

 するとフローチェは、ふとヴィレムの視線が注がれていることに気がついた。


「ヴィレム?」

「いや……その、今日会ったときから思っていたんだが……」


 先程とは打って変わった様子で、ヴィレムが言い淀む。

 落ち着かなさげに泳いだ瞳は意図的にフローチェから外されていた。


「その、お前の格好は……どうしたんだ?」

「えっ」


 どうしたんだ、とは。

 フローチェはショックを受けた。

 自分自身でも似合わない似合わないと連呼していたが、面と向かって他者から言われるのはこたえる。


「そうですわよね……貴方は余計に滑稽ですわよね……」

「は?」

「いつもなら着ない桃色……それも明らかに似合わない可憐な意匠……失恋した直後なのに、こんな夢みる乙女な格好なんて……」

「ち、違う、そういう意味で言ったんじゃない!」


 どんよりと湿った空気を出し始めたフローチェに、ヴィレムは慌てて首を振る。


「髪も結い上げているし、大分印象が違うと思っただけだ」

「そうですの?」

「ああ。これも、侍女の仕業か?」

「し、仕業……? ええ、まあ、ミリアがやったことですけれど……」


 ヴィレムは一体何を気にしているのだろう。


「似合っていないのは分かってますわ。笑い飛ばしてくださっても結構ですの」

「いや、だから、そうじゃない。ただ……」

「ただ?」


 じと目で見上げると、う、とヴィレムがまたもや言葉に詰まった。


「……今日のお前は、隙があると思っただけだ」

「隙?」


 言っている意味がよく分からず首を傾げる。


「お前、あまり男に声を掛けられたことは無いだろう」

「そ、その言い方は引っかかりますわ! 王子の婚約者候補筆頭にほいほい手を出す馬鹿はそうそういなくってよ!」


 女としての矜持(プライド)の問題でそれは言わせてもらう。

 ヴィレムにどうどうと宥められた。誰が暴れ馬か。


「男が声をかけるのは単に見目麗しい女性じゃない」

「え、そうですの?」


 フローチェは目を丸くする。


「いくら見た目が良くても、ガードが固そうな令嬢には近づかない。付け入る隙がありそうな女性(ひと)を選ぶ」

「付け入る隙……」


 つまり、普段のフローチェは前者で、今のフローチェは後者ということか。


「確かに……今の私、世間知らずのお嬢さん、って感じね」


 惜しげもなく晒された白い首筋。桃色の生地に淡いレースを重ねたふわりとしたワンピース。それに合わせた薄い色の口紅。


「はっ、今日の私は公爵令嬢らしからぬ格好で見るに耐えないと言いたいのですね……!?」

「いつも鬱陶しいくらい前向きなくせに、どうしてこういう時だけ後ろ向きなんだ!?」


 こほん、とヴィレムは咳払いをする。


「軽そうだとまでは思わないが……声は、かけられやすいだろうと思った」

「そうでしたの……」


 今日フローチェに声をかけてきたのは常軌を逸した阿呆だったので、どんな格好でも関係はなかったと思うが。

 それは置いておいて、美人かどうかだけではなくナンパにそのような基準があったとは、今まで考えたことがなかった。


(しかも、ヴィレムがそういうことを知っているのが驚きですわ)


 まさか経験があるのだろうか。

 じっと見つめるフローチェの疑問を正しく読み取ったヴィレムは心外だと言う風に腕を組んだ。


「言っておくが、俺は断じてしたことはないし、これからするつもりもないからな」

「はいはい、分かってますわよ。貴方の場合わざわざ声をかける必要ありませんものね」


 女なんて勝手に寄ってくるもの、という認識をしている可能性もある。フローチェは嫌味を込めて言った。


「……そうでもないけどな」


 ぽつりと漏らしたヴィレムの声は真剣味を孕んでいるように聞こえて、フローチェは首を傾げる。


(まっ、まさか……あれで足りないと言いますの……!?)


 先日の王子の誕生日パーティーでは、ぱっと見ただけで七人は周りに集まっていた。

 個人の周りに群がるのをはしたないと考え、遠くから見るのに留めている令嬢を含めたら余裕で二十人を超えるのではないか。


(なのにまだ欲しいと言うの……!? ヴィレム……恐ろしい子!)


「フローチェ。お前いま絶対何か勘違いしているだろう」


 ヴィレムはげんなりと肩を落とした。

 この珍妙な幼馴染みが思考を暴走されるのには、もう慣れきっていた。


「とにかく、これからはそういう格好の時は特に気をつけた方がいい」

「忠告感謝しますわ」


 そもそもこのような格好はもう二度と遠慮したい……などとフローチェが考えていると、屋敷が見えてきた。


「そろそろ着きますわね……」

「そうだな」


 ちくり、と胸が痛む。


(……あら?)


 何故だろうか。

 不意に、ハーンストラ邸がもっと遠くにあればいいのに、と思った。

 理由は、すぐに見つかる。


(……ああ……)


 こんな風にヴィレムと二人で過ごすことは、これが最後かも知れないのだ。


 フローチェは王子と婚約をして、やがて結婚する。

 婚約が本当に決定すれば、すぐにでも王宮へ住まいを移して、王子妃、そして次期王妃としての教育を叩き込まれることになるだろう。


(それでなくても……幼馴染みとはいえ、未婚で妙齢の男性と二人で会うなんて二心があると思ってくださいと言うようなものね)


 立場も対等ではなくなる。

 十七年、生まれてからずっと傍にいたのに。

 あと一年もすれば、ヴィレムは自分に敬語を使わなくてはならない関係になるのかも知れないのだ。


(……ずっと変わらないものなんて、無いわ。分かっているけれど……でも)


 ああ、ままならない。


「寂しい、わ……」


 はたと、フローチェは口を押さえた。

 声に出すつもりはなかったのに。

 ごく小さな呟きだったとはいえ、隣にいたヴィレムに聞こえないはずがない。


(い、いや、でも!)


 それ以前の「もう二人で会うことは無いかも知れない云々」は考えていただけで彼に伝わっていないのだから、『こっちの話』と誤魔化すことも考えたが……。

 少し、思い出して見て欲しい。

 直前までしていた会話を見ると、


『そろそろ着きますわね……』

『そうだな』

『寂しい、わ……』←今ここ


(繋がってるーー!! しかも結局意味も殆どあってるし!)


 耳まで赤くしたフローチェがヴィレムを盗み見ると、やはりというかヴィレムもこちらを見ていた。

 しかし、予想していた怪訝そうな色はその瞳にない。からかってくることもなかった。


「……フローチェ」

「な、何……?」

「フローチェ」

「はい?」

「フローチェ」

「ヴィ、ヴィレム?」


 ヴィレムは、ふっと瞳を和ませると、指の先でフローチェの鼻の頭をつついた。

 呆気に取られるフローチェに、涼しげに笑う。


「何でもない。行くぞ」

「なっ、何ですの!? 何なんですの!?」


 慌てて後を追いながら尋ねても、結局教えてはくれなかった。

 残されたのは疑問と、やたらと激しくなった鼓動である。

 どちらも持て余したフローチェは、真っ赤な顔で胸を抑えながら、せめてもの抵抗としてヴィレムを睨むのだった。


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