10話 幼馴染みが故に
相変わらず空は青く、風は心地よい。
一人でもっきゅもっきゅとサンドイッチを食べていたフローチェだが、さきほどミリアが『私の帰りが遅くなって、一緒に食べる方が来られたらその方と召し上がってください』と言っていたことを思い出した。
(一緒に食べられる方が来たら、なんてことあるわけがないと思っていたけど……)
ちらりとヴィレムを見、フローチェはずいとバスケットを差し出した。
「……良かったら、貴方も食べませんこと?」
「いいのか?」
「ええ。助けてもらったお礼ということで……」
「俺がこれを食べてしまったら、腹が空くんじゃないか」
「そんなわけないでしょう!? これ何人分だと思ってますの!?」
まだからかってくる幼馴染みをきつく睨みつけ、フローチェは憤慨する。
ヴィレムは悪いと笑いながら、バスケットに手を伸ばした。
「そういえば昼がまだだったから、お言葉に甘えることにしよう」
フローチェはぶすくれながらもおすすめの具を教える。
こうして二人で外で食事をするなんて何年ぶりだろうか。
自然と会話も、家のことや領地の統治とは関係の無い、本当に他愛もないものになっていた。
くだらない話をして、くだらないと笑う。
いつの間にか失っていた時間を取り戻し、フローチェとヴィレムは時間を忘れて話をした。
先に我に返ったのはヴィレムだった。
「……遅いな」
「えっ?」
「お前の侍女だ。途中で何かあったのか……?」
そう言われれば、随分と時間がかかっている。
ここにつくまでには、馬車を降りて少し散歩がてら歩いた。しかし、既にその道のりを三往復はできるくらいの時間が経っていた。
「ほ、本当だわ、どうしましょう、もしかして途中でよからぬ輩に……ま、前にもありましたの!」
「そうなのか……!?」
「ええ。馴れ馴れしく触られてミリアが怒って、相手の男が意識を失ってもなお蹴り続けていたものだから、騎士団の方が止めに入って、もう大騒ぎに……!」
顔を青くしたフローチェに、ヴィレムは別の意味で顔を青くした。あの侍女、なんでも出来るなとは思っていたが、戦闘能力までも高いとはどういうことだ。
「探しに行ってみるか……?」
そう言ってヴィレムが腰を浮かせたとき、ぱたぱたと駆けてくる音が聞こえてきた。
「も、申し訳ございませんお嬢様!」
「ミリア!?」
今まさに話していた侍女の登場に、フローチェは目を見開く。
「心配しましたわ!」
「ええ、本当に申し訳ございません! 少し不測の事態が起こりまして……! 実はまだ解決していないのですが、お嬢様をこれ以上お一人にするわけにはと、諸々撒いてきましたわ」
ミリアは微かに肩で息をしている。
彼女の「不測の事態」や撒いてきたという「諸々」は非常に気になったが、聞くのが怖い気がしたのでフローチェは追求もできずに固まった。
「あら……? ヴィレム様?」
ここで初めて、ミリアはヴィレムに気がついたようだ。
「どうしてこちらに?」
「……たまたま通りかかった。そうしたら、フローチェが馬鹿な輩に絡まれていた」
「なっ……!」
ミリアは口元に手を当て、色を失う。
「お前は侍女兼護衛だったのか? ならば尚更どうしてフローチェをこんな場所に一人にしたんだ」
厳しい言葉と視線で詰問するヴィレムに、ミリアは項垂れる。
「ほ、本当に申し訳ございませんでした……侍女失格ですね……ヴィレム様、お嬢様をお救いくださりありがとうございます」
今にも平伏しだしそうなミリアをそれ以上責める気にもなれなかったのか、ヴィレムは未だ納得のいかない様子だったが、ひとまずこの話は終わりにするようだった。
「そ、それと……重ね重ね申し訳ないのですが……」
「どうしたの? ミリア」
戻ってきてからというもののミリアは謝りどおしだ。気の毒になったフローチェはできる限り優しい声で尋ねる。
「先程も申し上げたとおり、まだ未解決の問題がありまして……私は戻らなくてはなりません。そこで、ヴィレム様。お忙しいとは存じますが、お嬢様をお屋敷までどうか送ってくださいませんか?」
「それは、構わないが……」
「ありがとうございます! それから……」
ミリアは足早にヴィレムへと近づき、何事かを囁く。
「……っ!?」
「それでは、後はよろしくお願い致します。お嬢様、またお屋敷で!」
「え、ええ?」
先程までの気落ちした様子はどこへやら。寧ろ朗らかな声で告げ、ぴしりと礼をする己の侍女にフローチェは目を白黒させた。
「な、何だったのかしら……ねえ、ヴィレム。……ヴィレム?」
返事がないのを不審に思って見上げると、ヴィレムは微かに頬を赤くし、絶句している。
────何故か、心臓が跳ねた。
(め、珍しい、わね? ヴィレムがそんな顔をするなんて。つい、驚いてしまいましたわ……)
驚いて鼓動が早くなったのだ。
フローチェは一人納得する。
「ヴィレム? どうしましたの?」
つんつんと裾を引っ張ると、ようやく我に帰ったようだ。
「い、いや……! 何でもない」
「……そう?」
明らかに何でもない様子ではないが、無理に聞き出すのも悪い。
(ミリアったら、何を言ったのかしら?)
ヴィレムに耳打ちする時のミリアの顔は、反省の面持ちなどどこかへ吹き飛び、心なしか生き生きしていたような。
(って、そんな訳ありませんわ! あんなにしゅんとしていたのですもの! こんなこと思ったら失礼だわ)
ふるふると首を振り、フローチェは気を取り直して片付けを始めた。
もともとイヤリングを探しに出ていたはずの彼女がそれについて何も語らなかったことには、最後まで気が付かないままだった。
「……では、帰るか」
「そうですわね」
ここで少し、フローチェは違和感を覚えた。
(なんだかヴィレムの様子が変わったような……?)
なんとなく、気まずさのようなものを感じる。
暫く考え込んで、一つのことに思い当たる。バツが悪く眉を下げた。
「……ごめんなさい、ヴィレム」
「何がだ?」
「用事をキャンセルさせた挙句に、こんな時間まで付き合わせてしまって……」
「別にいい。というか、俺は元々ハーンストラ邸を訪れるつもりだったしな。そろそろフィーレンスとハーンストラが合同で開いている祭りの時期だろう?」
その打ち合わせだという。
ヴィレムは本当に気にしていないようだった。
「じゃあ……ミリアが何か気になることを言いまして?」
「ど、うしてだ?」
「なんとなく……」
それ以外に答えようがなく、フローチェは目を逸らす。
(でも、多分気のせいじゃありませんわ。幼馴染みですもの)
フローチェのことを一番よく知っているのはヴィレムで、ヴィレムの感情の機微に一番敏いのはフローチェ。そう、自負している。
(……あ)
心当たりが一つあった。
今日、フローチェがあえて触れなかったもの。そしてヴィレムも、確実に知っているはずだが口に出さなかったもの。
そしてヴィレムなら、気を遣って今のフローチェには言わないだろうこと。
「……私とアダム王子の、婚約のことですの?」
ほら、やっぱり。
(貴方の目って、意外に嘘をつかないもの)
揺らいだ青に、フローチェは微笑みを返した。




