表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

2



 次の日、僕は地元の新聞を買った。

 そこには大きくあの電車の事件のことが書かれていた。ほとんどは、昨日電車で聞いた通りのことで、人が首を切られて殺された。そして、あまり血が出ていなかった。ということだけだった。そして恐ろしいのは、犯人がわからないということだ。そしてそれが1日を挟んで2回も起こったので、大きく取り上げられていた。

 こんな田舎の電車で、2回も殺人事件が起これば、そりゃ新聞も書き立てるさ。

 さて、どうしたものか。

 大学に行くには、あの電車に乗らなければならないが、流石にそんな事件のあった電車に一人で乗りたくはない。犯人が捕まっていないのだ。安心してうたた寝もできないじゃないか。

 途中まで自転車で行って、途中から電車に乗るか。

 うーん、どうしよう。


 一応駅の前まで行って、ウロウロしていた。

 昨日の今日で殺人事件がまた起こるとは限らないが、2回も事件のあった路線だ。ためらう気持ちは大きい。同じように考えている人が、駅前で同じようにウロウロしている姿が目立った。

 朝から事件は起こらないと踏んで、電車で行くか。

 それとも自転車で行くか。タクシーにするか。散々迷った挙句、僕は電車に乗ることにした。何の根拠もないが、僕は事件に巻き込まれないような気がしたからだ。

 大丈夫。怪しい人物がいたら冷静に対処すればいい。走って逃げるとか、大声を出すとか、それだけでもきっと大丈夫だろう。

 よく考えてみろ。

 僕が乗っていた車両と違うとはいえ、人が死んでいるとか殺されたとか、気づかれるまでに少し時間がかかっているらしい。ということは、乱暴な殺し方じゃないはずだ。包丁を持って振り回して暴れまわるとかじゃない。きっとターゲットが寝ているスキを見て犯行に及ぶはずだ。周囲の人が気づかないほど静かに。

 だったら、まずは眠らないことだ。それだけで殺人事件を防げるんじゃないか。

 そう思って定期入れを出して改札の方へ歩き出したとき、声をかけられた。

「あのっ」

 振り向くと、あの女の子だった。

 同じ駅だったのか。こんな時だけど、急にウキウキする気がした。

「どうも、おはようございます」

 僕はなるべく紳士的な受け答えをしようと心がけた。気取ったって仕方がないが、こんな可愛い子に声をかけられて浮かれないはずがない。

「この電車、乗りますか? あの・・・」

「ああ、良かったら一緒に行きますか? 朝は大丈夫だと思うけれど、二人一緒の方が心強いですから」

「はい、すみません。お願いします!」

 女の子はパッと礼をした。

 やっぱり、この電車に乗るのをためらっていたらしい。


 二人で改札を通った。

ホームには、朝の通勤時間だというのに、人がまばらだった。ただでさえ田舎の路線で、乗る人間が少ないというのに、こんな事件があっては、自家用車に切り替える人も多いだろう。

 とはいえ、僕らのような学生は車なんて持っていないし、どうしたって電車に乗らなければならないんだ。

「どこまで乗るの?」

「あの、終点まで行くんです」

 僕はその2つ手前で降りるんだけど、この際終点まで送っていくとするか。

 電車が来て、僕たちが乗り込んでも、まだ座席に余裕があった。同じ路線に住む人たちも、事件のことを知って、電車に乗るのはやめたのだろう。

 とはいえ、僕の思惑通り、朝っぱらから事件はなかった。

「帰りも待ち合わせして、一緒に乗りますか?」

 せっかくなので、女の子に聞いてみた。なんだかナンパしてるみたいだ。だけど、彼女は嫌な顔をしないで、逆にホッとしたような顔をしてくれた。

「良いんですか! あの、ありがとうございます。5時過ぎには駅に来られますので、あの、時間が合えば・・・」

「5時? 大丈夫、ちょうどいいよ。じゃあ、5時過ぎにこの改札で」

 僕らは、そうして帰りも一緒に帰る約束をした。こんな事件がなければ知り合うこともなかっただろうし、話すことなんて絶対になかっただろうに、帰りに待ち合わせの約束ができるなんて!

 ウキウキした足取りで、僕は2駅前の学校まで走って行った。



 その日から僕たちは一緒に通学するようになった。

彼女は非常に大人しくて、緊張しているのか、ほとんど口を利かなかった。

 とはいえ、名前は教えてもらった。戸川さんという人で、OLだということだ。若い顔をしているから、てっきり学生かと思ったら違った。

 まだあまり親しいわけじゃないから、根掘り葉掘り個人情報を聞きはしなかったけれど、いずれ少しずつ打ち解けていって、お互いのことを教え合えると良いなあ、なんて妄想したりした。

 一週間ほど一緒に電車に乗っていて、その次の週の火曜日だった。

 帰り道、待ち合わせの時間に彼女が来なかった。僕たちは携帯の番号などはまだ教え合っていなかったので連絡がとれず、30分ほど待ったが、仕事なのだろうと思い仕方なく先に帰ることにした。

 この時間に僕がいなかったら、先に帰ったと思うだろう。そうしたら、タクシーかなんかで自分で帰るんじゃないかと思った。社会人なんだし、そのくらいのことはするだろう。


 電車に乗ると、今日も人はまばらだった。

 トトン、トトン、と電車は走る。

 心地いい揺れの中で、僕は気が付くと目をつぶっていた。

 トトン、トトン、と電車は走る。

 いや、眠っちゃいけない。この電車で眠っちゃいけないはずだ。なぜだったか。そうだ、事件があったからじゃないか。だけど、ここ一週間ほど事件はない。きっともう、犯人は事件を起こすのをやめたに違いない。

 だけど、眠らない方が良い。

 僕は何とかして目を開けた。瞼が重い。薄目をうっすらと開けるのが精いっぱいだ。

 僕は一番前の車両に乗っていた。その車両の一番後ろの席に座っていて、なんとなく一つ後ろの車両に目をやった。

 うっすらとしか開かない目で、ぼんやりと後ろの車両を見る。

 この車両もそうだけど、隣の車両も静かだった。みんな眠っているみたいだ。

 そう、この時間とても眠いんだ。春の陽気になってきたところで、夕暮れで少し薄暗い。電車はゆっくりとトトンと音を立てて揺れている。

 2枚のガラスを隔てた後ろの車両は、ぼんやりとしか見えない。

 それなのに、乗客がみんな眠っているのが分かった。

 その中で、一人だけ立っている人物がいるのが異様に目についた。


 あの立ち上がっている人は、見おぼえがある。子どものようなあどけない顔をしている社会人の彼女。戸川さんだ。

 それは変だ。

 彼女は僕との待ち合わせに来なかったじゃないか。この電車に乗っているはずがない。いや、それとも急いで飛び乗ったのだろうか。

 違うか。逆光のせいでそう見えるだけで、あれは別人か?

 瞼が重い。

 眠りに引きずり込まれそうなところの思考を、無理やり彼女のことを考えることで覚醒させる。

 だいたい、なぜ彼女だけが立ち上がって歩いているんだ。

 眠くて仕方がないのに、彼女から目が離せなくなった。その時だった。

 彼女は、首を垂らして眠っている男性の前に立つと、その人の頭にかがみ込むようなしぐさをした。

 知り合いがいるのか?

 顔を寄せて、何を話しているんだ。随分と親密な様子だ。

 彼女は向こうを向いているし、ここからだと逆光で寝ぼけた僕の目にははっきりとは見えないけれど、あんなに顔を寄せるなんて。

 30秒ほど経っただろうか。それとも3分か。

彼女は何事もなかったかのようにこちらを向くと、右手であごを擦るようなしぐさをしながら、こちらの車両へ向かって歩いてきた。

 あと数歩で、扉に手がかかるところだ。


 あの男性は知り合いだったのだろうか。ほかの乗客が眠っている車両で、あんなふうに顔を近づけているなんて。

 そう思い、その男性を見ると、何かが変だった。

 目を凝らしてみても、その男性の頭部が無いように見える。いや、そんなはずはない。うなだれ過ぎているんだろう。それにしたって、ここからじゃちゃんと見えないが、

 頭、頭、頭が、

 見当たらない。

 急に血の気が引いた。

 どうしてこの電車で眠ってはいけないんだ?

 事件があったからじゃないか。

 どんな事件があったって?

 首が切られて殺されたという事件だ。首が切られたのに、血があまり出ないから、誰も気づかなかったという、恐ろしい事件が・・・

 胃のあたりから、何かがこみ上げてくる。

「うっ」

 口を押えて酸っぱい唾液を飲み込む。あぶら汗がジットリと首にまとわりつく。

 あれは違う。首が切られたんじゃない。首が、取られたんだ。いや違う。いや違う!血が流れていないじゃないか。いや違う。いや違う!

 何が違うのかわからないが、僕の頭の中でひっきりなしに「違う」と否定している。


 スッと、風が吹いた。

 いや、扉があいた。普通「ガタン」と大きな音をたてる扉が、スッと開いて、少しの風を連れて人が入ってきた。

 僕は咄嗟に寝たふりをした。もともと眠っていたんだ。目もほとんど開いていなくて、隣の車両なんてぼんやりとしか見えていないんだ。僕は寝ていた。何も見ていない。

 下を向いて、寝たふりをした。

 扉は音もなく閉まり、そして誰かが僕の隣に座った。音もなく、静かに。

 トトン、トトン、と電車は走る。

 居心地の悪い揺れの中で、僕は耳だけが起きた状態で、寝たふりをし続けた。

 トトン、トトン、と電車は走る。

 やがて僕の降りる駅の一つ前の駅で、電車は止まった。案の定、その駅で長く停車をしていた。電車の外のホームを、何人もの人が走ったり、何かを呼んだりする声がする。

 思わず目を開けてしまった。車内にいる数人の人たちがみんな、窓にへばりついて外を見ている。

 隣を見ると、いつの間にか戸川さんが座っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ