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森の中に入ったソラ達は前が見辛いのか目を凝らしながら注意深く歩んでいた。ウミは奥に進む度に頭が痛くなるのかこめかみを押さえている。
「視界が悪いですね」
「まぁ、だからこそ常時展開出来るようにしとかないと危ないんだけどね」
「展開しっぱなしはやっぱり厳しいぞ。どんどん情報が増えて頭痛くなってきた」
「あー、そういえば海は魔力の違いがわかるのか。それなら厳しいか……。今覚えてる情報を必要なものと必要じゃないもので分けれるように出来ればいいんだけど」
「どうやって区別するんだ?」
「一先ずは自分たちに害があるかないかでいいんじゃないかな? なれてきたら自分達に益になるものも覚えていけば」
「なるほど、それならこれはいらないか……、これはいるかな。……お、結構頭がすっきりしてきた」
ウミはダイチに言われたことを頭の中で実践しているのか少しうわのそら気味になる。しばらくして成功したのかすっきりした顔になる。
「海の場合その工程が挟まるから結構めんどくさいかも」
「できるかぎり楽がしたいぜ」
「まぁ、今のうちに覚えてた方が楽だから」
「そうなんだろうけどさ……」
ウミが嫌そうな顔でダイチに言葉を返しているとソラが深刻そうな顔でダイチに声をかける。
「あの、ダイチさん」
「ん? どうしたの、空」
「今風の魔術で飛ばしてみたんですけど、しばらく進んだところに大きな魔力が感じられるんです」
「え? ちょっと待ってて、……うん。確かに感じるね。というかこれは竜かも。しかも上位竜かもしれない」
「え、まずくないか? それなら、一回戻って誰か連れてきた方が」
「うーん、まぁこのくらいなら僕一人でも大丈夫だし、なんなら二人でも倒せると思うよ?」
「え? いやいやいや無理だって」
「そうですよ、さすがに勝てる気が」
軽く言ってくるダイチに首をぶんぶん回しながら答えるソラ達だったが、ダイチはその様子を見て首をかしげ、しばらくしてから納得が出来たのか手をポンとたたいた。
「ん? あー、そっか。空の場合は魔力の強さが分かるけど、今の状態は分からないのか」
「えっと、どういうことですか?」
「この魔力少し弱々しいんだよ。だから多分弱ってるんだと思う。このぐらい弱ってると下位竜より少し強いって位だから二人でも倒せると思うんだ」
「そうなんですか? いや、でも」
「まぁ、どちらにせよ僕の場合報告しないといけないから、見に行かないといけないんだけどね」
「どうする? ソラが行くなら俺もいきたい」
「ウミが行くなら僕もいくよ」
「よし、それじゃあ竜の討伐に行くとしようか」
こうして三人は竜であろう魔力の場所に向かっていった。
「さて、もうそろそろだと思うけど……」
「そうですね、どんどん近づいてきてます……。……体が震えてきたんですが」
「俺でも体が震えてきたから結構ヤバイやつなんじゃ……」
ウミとソラは震える体を抑えながら前に進んでいく。ダイチは二人とは違って圧力を感じていないのか二人の前を悠然と進んでいく。
「僕はそこまで感じないけど。まぁ、僕がいないときはこんなことせずに逃げてね」
「もちろん逃げます。とはいえ本当に弱ってるんですかね? さっきから動きはないみたいですが」
「確かに場所は動いてないよな、身動きが取れないほど弱ってるってことか?」
「僕は少しずつ衰弱していってるのを感じるから、そういうことだと思うよ。放っておいてもいつかは死ぬと思うけど……。でも、そういうやつほど人間を襲いに行くんだよね。体の回復を狙って」
「人間を食べると体が回復するんですか?」
「うん。何故かは分からないけどね、昔はそういう話を聞かなかったから、突然変異だと思うけど」
「え、じゃあ昔の龍は何を食べていたんですか?」
「まぁ、普通にそこら辺の獣だと思うけど、人間よりははるかに美味しいだろうし、栄養価値もあるだろうから。むしろ人間を食べないといけない理由の方が見あたらないからね」
「なんで急にそんな風に変わったんですかね?」
「うーん、神がしたんじゃないかとか、人食い龍が人を食べ続けた結果進化したとか、まぁいろいろ言われてたけど本当のところは分からないんだよね」
「そうなんですか」
「あ、もうそろそろ見えてくるはずだよ。気を引きしめてね」
「そんなこといってもなにも見えないぜ?」
「えっと、ダイチさん。僕にも魔力は感じれますけど見えないです。あれ? あそこにいるのって……」
ソラは魔力を感じる場所を目を凝らして見てみると、幼い子供が木にもたれ掛かって眠ってるのが見えた。見間違いかとダイチを呼びながら指を指す。
「うん? 奥を指差してどうしたの……って、あれは人かな?」
「こんなところまで人が来るのか? しかも結構小さいぜ? 六歳位じゃねぇの?」
「うーん、龍だったら大変だけど、龍が人に変化することって今まで聞いたことないんだよね」
「えっ、それじゃあ普通の人なんじゃ!?」
「うーん、とりあえず起きてもらおうか」
「そ、そうですね。おーい、大丈夫?」
「むぅ、なんじゃ? 気持ちよく寝ておったのに……」
「あ、起きた」
「……」
「……?」
幼女は自分を起こしたソラの顔を不機嫌そうに見て固まると、少しずつ顔を青くしながら後ずさる。
「……に、人間!? どうして、ここにおるのじゃ?! 結界を張っておったはずなんじゃが!」
「あれ、やっぱりこの子人間じゃないっぽいよ? 俺らの顔見て後ずさりしてるし」
「は! な、何をいっておるのじゃははは、ワシは人間じゃよ?」
「うーん、やっばり龍だったかな」
「な、なんでワシのことが龍だと分かったのじゃ!?」
「うん、だって今自白したもんね。それなら心置きなく……」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ? なんで、魔力を貯めておるのじゃ?」
幼女は魔力を高めていくダイチを見て、元々青ざめていた顔をもはや血が通ってないのではないかと言うくらいに白く染め上げる。声も震えていた。それを見たダイチはいじめてる気分になったのか困ったような顔をして固まる。
「う、うーん。殺しづらいんだけど、君は龍で間違いないよね?」
「う、うぐ。た、確かにワシは龍で間違いないのじゃが。一応いっておくがそこら辺にいる龍とは違うのじゃからな! 人間を食べないと生きていけないような欠陥品とは違うのじゃ」
幼女は自分が龍だということが誤魔化せないと悟ったのか認めるが、それでも他の龍と一緒にされるのは嫌なのか大きな声で否定する。その言葉が意外だったのかダイチは困惑した表情で眉を顰める。
「うん。ちょっと待って。龍が人を襲うのは人間を食べないと生きていけないからなのかい?」
「うむ? 知らんのか? ワシらのような昔からいる龍は違うが、最近新しく産まれた龍は、……神の介入のせいで人間を食べないと生きていけなくなったのじゃ。なぜ、そのような介入を行ったのかはわからんのじゃがな。もう一度言うがワシらのような昔からいる龍は違うからな!」
「……君は違うというが、それを証明できるかい?」
「うぐ、それは難しいが……、そうじゃな、会話が出来るというのは敵対しておらんという証明にならんのじゃ?」
大事なことだったからか二回伝えたが、そもそもその事を証明することが出来ないからか泣きそうな顔で見上げる。
「うーん、それを言ったら今君が弱ってるからとしか」
「うむぅ、それを言われたらなんとも言えんが……、でも、頑張ればお主らをころころするくらい簡単じゃぞ?」
「え? そんなことするならすぐに……」
「うむ、すまんかった。じゃから殺さんでくれ」
幼女はダイチが本気だというのが分かったのか、すぐに前言を撤回して謝り倒す。必死な表情にますますダイチの顔は困惑を極める。
「うーん、どうしようか。とりあえず手を出して」
「うむ? こうか?」
「よし、じゃあこれをつけてと」
「うむ!? なんじゃ!? 力がぬけるのじゃ……」
「これは《吸魔手錠》っていって、つけると魔力を死なない程度に吸収する優れものなんだよ。この前こういうのを作るのが好きなやつからもらってて良かったよ」
「う、うむ。わし、これからどうなるのじゃ? やはり殺されるのかの?」
「うーん、まぁとりあえずちょっと知り合いのところに連れていくことにしようかな」
「こ、殺しちゃうんですか?」
「うーん、なんというか、勘だけど悪いやつじゃなさそうだし知り合いのところに預けることになりそうかな」
「預ける……、は! もしやそこで体を解剖とかされるのじゃ? 嫌じゃよ!? さすがにそれは嫌なのじゃ!」
「多分大丈夫だよ、うん」
「あ、あー兄ちゃん。とりあえず帰るってことでいいのか?」
「うん。今日はここまでだね。気配察知の練習は各自で続けるということで」
解剖されるかもしれないと考えて、ひとり幼女は嫌じゃと連呼し続けていたが途中から逃れられないのが分かったのか、諦めたような顔で雲の流れる空を見上げていた。
「あ、そういえば名前とかはあるの?」
「うむ、ワシの名前は《ミラ》じゃよ……、今日からはもしかしたら名前が変わって《実験体一号》とかになるかもしれんがの……ふふふ」
「だ、大丈夫だよ。うん、頑張って」
「ふふ、根拠のない大丈夫がこんなにも恐怖へ変わるとは思わなかったぞ」
ミラはソラの質問に壊れた笑みを浮かべながら答えると、悟ったような顔で微笑みを浮かべる。さすがにその顔の移り変わりを見たソラは慰めようとするが、慰めは無駄に終わったようだった。