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運命の前に1

 音が聞こえる。

 透き通るような美しい響きだ。

 クリスタルの打ちあう音に似ている。

 ——ん?

 ユセルは朦朧とした意識の中で目を開けた。

 自分はどこか冷たい床の上に寝ているらしい。

(ここは? 確か俺は河原に落ちたはずで……)

 ユセルはハッとすると、起き上がり、辺りを見回す。

 すると、周囲には眩しいほどの輝きを見せる白く平らな地面と、金箔を貼ったように光輝く空。空には同じく黄金色に輝く雲も浮かんでいる。ここには人の姿も、建物も木々も見当たらなかった。何もないと言って良い空間だった。

 ユセルがその後もしばらく辺りを見ていると、少しして、そこに何かがあることに気づいた。それは、見上げるほどに高く、船の操舵輪のような形をしていた。そして、宙に浮きながらゆっくりと回転している。加えて、その軸に当たる部分からは、どこへ繋がっているのか分からないが、透明な鎖が下へと伸び、その回転にあわせて、あの美しい音を響かせていた。

 だが、それについて特筆すべきはその透明さだろう。それは、一見しただけでは、そこにあることが分からないほど透き通っている。それに、その存在に気づいた今でも、目を凝らさなければ見えないほどだった。

(ここはいったい……)

 ユセルは、立ち上がって呆然とその物体を見つめる。

(でも、とにかくこれは美しい……)

 そう思ったときだった。

「——やっと起きたんだね」

 後ろからの突然の声。

 ユセルが驚いて振り返ると、そこには、一人の少年が立っていた。歳は自分より二、三歳若いくらいだろうか。顔立ちは端整で可愛いらしい。髪は白色で、瞳は紅く、それらは彼の白く滑らかな肌の顔の上に載り、その美しさを引き立たせていた。

 だが、ユセルには、その少年が人間ではないことははっきりと分かった。

「お、お前は?」

 ユセルがそう聞くと、少年は背中から生えた純白の羽を、見せつけるようにヒラヒラと揺らす。

「見たら分からない? 僕が天使だって」

 少年は微笑みながら言った。

「じゃあここは……」

 ユセルが呟いた。

 ここが現実の世界ではないのならば、考えられるのはただひとつだった。きっと自分は、あのまま河原へ叩きつけられて……。

「俺はもう、終わったんだな……」

 ユセルは目線を下に向ける。

 あの願いは結局は叶わなかったのだ。

「君、なにを言ってるの? もしかして、ここを天国とでも勘違いしてる?」

 少年はからかうように小さく笑って言った。ユセルは驚いて顔を上げる。

「えっ、だってお前、今さっき天使だって……」

「君、しっかり神話読んでた? そこにはたぶん僕たちは死者の国の使徒なんて書いてなかったと思うけど?」

 少年は少し頬を膨らませて言った。

「……ってことは、俺はまだ死んでないのか!?」

「そう。君は塔から落下している時に光を見たよね。あれで君を僕がここへ転送したのさ」

「転送?」

「うん。君は、宝石を渡されなかったかい? あれは神話に書かれているペルミットさ。あれを通して僕が君をここへ送ったんだ。まあ、あれは本来はフォルトゥナの側へ行って運命を聞くための許可証なんだけど」

「宝石……ってあれか! アルテアが俺に渡したやつ」

 ユセルはそう言ってハッとすると、顔を真剣な面持ちに変えて続けた。

「アルテアがどうなったか分からないか。今、運命を知れるって言ったけど……」

「随分と唐突に質問するね。それにアルテアって? ああ、もしかして戦ってたあの子のこと? それなら分からなくもないけど、あの子なら——」

 少年は言いかけるが、顎に指を当てて、考えるような素振りをみせる。

ユセルは彼の口から出てくる言葉を息を飲んで待った。

 そして、少年は無邪気な微笑をユセルに向けて言った。

「そんなこと、どうだって良いじゃない。それよりも、僕は君のことが知りたい」

 予想外の答えにユセルは驚いた。そして思わず少年の肩を掴む。

「知ってるんじゃないのか。なら、そんなことを言わずに早く教えてくれ!」

「君が教えてくれたら僕も教えてあげる」

 少年は不敵に笑ってそう言った。いや、本当は勿体ぶっているだけだったのかもしれない。だがユセルにはそう見えた。

 ユセルは少年の肩から思わず手を離した。本能的だった。そして、しばらく呆然としていたが、ハッと我に帰ると、それが単に揶揄われただけのような気がして、悔しく思った。だがもう一度聞き返すのはさらに悔しい。

「俺は、ユセル=イスト、第十八代イスト王国、国王の息子だ」

 ユセルは不機嫌そうに答えを返した。

「そんなことは、もう知ってる。君がここに来た時に調べておいたし」

「なら、何を教えて欲しいんだ」

 ユセルのイライラが募る。この少年は何を考えているのだろうか。

「それはね——」

 そう言うとその少年は、おもむろに、その可憐な右手を差し出した。ユセルが不思議に思っていると、彼はユセルの顔に手を当て、自分の方に引き寄せた。そして、紅く、飲み込まれそうなほど透き通った瞳でユセルの目を覗き込む。ユセルはそれに思わず見惚れた。

 そして少年は水琴のような美しい声で言った。

「君が僕の目的に相応しい人間かどうかだよ」

 一瞬、ユセルの頭の中に困惑が走る。そして同時に

それは肌寒さみ変わり背中を巡った。

 さっきの無邪気な少年からは出てくるとは思えないような言葉。そして自分の目を通して、すべてを見られているようなえもいわれぬ不快感。

 ユセルの両腕は、勝手に少年の方へ伸び、彼の肩へ触れる。そして腕は、本能的にユセルから彼を離そうとした。

 少年の体がふわっと宙を舞い、白い床の上に倒れる。少年は驚いたような表情でユセルを見ていたが、少しすると、落ち込んだ様子で言った。

「ごめん。ちょっと君を怖がらせてしまったね。ふざけが過ぎた。さすがにいきなり目を覗き込まれたら嫌だよね」

 そう言ってフィスキュルはユセルから視線を逸らす。

 ユセルはその様子を見ると、身体が温まっていくのを感じた。そしてその少年に手を差しのばす。

「こっちも、ごめんな。ほら、立てるか?」

 ユセルがそう言うと、少年は、彼の手を取り、それに引っ張り上げられるようにして立ち上がった。そして、背中やお尻、羽のあたりを——この床に埃があるようにも思えないが——汚れを払うように手ではたいた。

 そして、ユセルの顔を見直すと、表情を真剣にして言った。

「あの子のことだったね。——聞いても後悔しない?」

 少年は心配そうに少し顔を歪める。

 その様子を見て、ユセルは、この少年が言おうとしていることなんとなく悟った。

「大丈夫、後悔しないよ」

 そして少年はひとつ深呼吸をすると、春のそよ風のように柔らかく言った。

「あの子は、君のために尽くしたよ。最期まで」

そして、少年はユセルに微笑みかける。ユセルはそれは、慰めの笑みなのだろうと思った。

 ユセル自身も、もう駄目だろうという気はしていた。だが、まだ諦めきれないでいたのだ。

 しかし、今となっては——。

「分かった」

 答えは決まった。くよくよする必要もない。

 ユセルは涙が目に上ってくるのを感じた。だが、それを必死に我慢して、取り乱さないように繕う。

「ああ、でもね」

 すると、少年は続けて言った。

「僕ならあの子を生き返らせることもできるよ」

「えっ⁉︎」

 ユセルは思わず声を出す。

「僕をなんだと思ってるんだい? 神話に出てくる天使様だよ。それくらいできるさ」

「ほ、本当なのか?」

「うん。まあ、実際は生き返らせるというよりは、運命を改変して、死ななかったことにするんだけど。生き返るで、良いよね。それに本当は、掟ではやってはいけないことになっているんだ。けれど君を見ているとなんだかいたたまれなくてね」

「本当に、良いのか?」

「ああ、大丈夫」

 ユセルは心から湧き上がる思いが溢れ出すのを感じた。

 救われた。ただこの一言が心を占めていた。これでアルテアへの罪を少しでも贖える気がした。

 だが、ひとつユセルには気になったことがあった。

「それで俺は、何か代償を払うとかはないのか」

「例えば魂とか、心臓とか眼球とか? そんなもの僕が欲しがると思う? 闇でもあるまいし」

「そ、それもそうか」

「でも、僕が君に求めるものはあるよ」

さっきの言葉に安心していたユセルは、ビクッとして固まった。

「僕が求めるのは、君との契約さ」

「契約?」

 ユセルは疑うような目で少年を見た。だが、少年はそのようなことは全く気にしないような様子で話を続ける。

「そう。でも、契約と言っても、中身は至極簡単だけどね。それは、君がペルミットを肌身離さず持って置くこと。そして、僕の願いを叶えることだけさ」

「願い?」

 ユセルの目は疑いから、奇異へと変わった。

「ペルミットを持っておくことくらいは、できなくはないんだが、その……願いってなんだ?」

 ユセルがそう聞くと、少年は申し訳なさそうな顔をして答えた。

「ごめん、願いについては、今は言えなんだ。だけど、いずれ時が来れば分かるよ。君はその時まで、僕が言ったことに従ってくれれば良い」

 そう言う彼の目に、ユセルは再びあの恐怖が宿っている気がした。

 だが、多分それは気のせいだろうと思い直す。

「ああ、分かった」

 そして、ユセルは首を縦に振った。

 すると、その少年は満足したように春のような笑みを作り、ユセルに向かって嬉しそうに言った。

「これで契約成立だね。

 ところで、あの子の生き返らせ方だけど——まあ、実際は運命を変えて、死ななくさせるんだけど——それで、まずは僕がフォルトゥナを——」

 そう言って少年は辺りを見渡すと、少年はユセルの後ろを指差した。

「あれだよこれ、あれがフォルトゥナ」

 ユセルは、少年が指差す先に、視線を向ける。そこには、あの透明な構造物がゆっくりと回っていた。

「これは、フォルトゥナだったのか……」

 ユセルは思わず声を漏らした。

「そう。これがフォルトゥナ。君はこれが世界を制御していることは知っているよね」

 ユセルはその言葉に頷いて答える。

「それで、そこから鎖伸びているのがわかるだろう? 鎖はいわば操り人形の糸みたいなもので、それが世界中のものに繋がってそれを支配しているんだ。支配しているって言っても、フォルトゥナに意思があって、操っているわけではなくて、簡単に言えば、精密な機械時計みたいに世界がどう動くかを決定しているんだ。僕はこれから、これに少し働きかけて、あの子の運命をあの子が死なないように創り変える。いわば、時計の時刻を合わせるのと同じかな」

 その少年は、でも、と言葉を続けた。

「運命ってものは、そうなった方が自然な方向に進むようになっているんだ。もしそこに、無理矢理手を加えると、歪みが生まれてしまう。そして、その歪みが大きくなると、フォルトゥナはそれを危険なものとして破壊してしまうんだ。特に、死んだ人間を生き返らせる時には、歪みは相当大きなものになる。だから僕はあの子の中に入って、あの子がフォルトゥナに破壊されないように——」

「もしお前が中に入ると、アルテアはどうなるんだ?」

 ユセルはとっさに少年の方へ顔を戻すと、その言葉を遮るように言った。一抹の不安が心を過っていた。人の体の中に、何かを入れるということへの、抵抗感からだろうか。

「あの子は何にも感じないよ。それに、僕が中に入っていることも分からない」

「すると、アルテアには何の変化もないのか?」

「変化がない、と言うと嘘になるかな。あの子には、運命を改変したとしても一度体験したことの記憶の断片が魂に残っているんだ。だから、もしかしたらその記憶が作用を及ぼすかもしれない。でも、その記憶は本人は夢に見たもののように感じているから、そんなに心配するようなことじゃないけど」

ユセルは人知れず胸を撫で下ろす。すると、新たな心配事が湧いた。

「そういえば、お前は良いのか? 体の中に入るってことは、あいつの体の中に縛られることだろ」

「まあ、そうなるとは思うけど、僕は契約を果たさなきゃならないしね。それに、僕の願いのためにはこっちの方が都合が良いから」

「そうか……」

 ユセルは、少し困惑しながらそう言って、承知の意を示した。

 するとその少年は何かを思い出したようにポンと手を一回叩くと、ユセルに告げた。

「そういえば一つ、言いたいことがあった。君は、どうやらフォトゥルーナの鎖が外れてるらしいよ」

「鎖が外れている? ど、どういうことだ?」

「うーん。まあ、言っちゃえば、君は今、運命の支配を受けていないってこと」

すみません! ミスりました(>_<) 時間指定予約をし忘れました……


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