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革命3

 アルテアはユセルと別れ、反乱軍の方へと駆けていく。

 夜の帳の降りた静かな庭園。

 彼の前方には反乱軍の歩兵が五人と、そこから数メートルさがったところに弓兵が一人。皆敵意を剥き出しにした目で彼を睨みつけていた。

 だがアルテアは全くそんなことは気にもせず、彼らの構える剣先や矢先に獲物を狙う鷹のように進んで行く。

 さっき矢を放ったのは、たぶんあの弓兵だろう。しかし手腕を見た限り、訓練はしているようには思えない。剣士のほうも、一応構え方は知っているのだろうが、それは剣を習い始めた子供がするようなもので、全く話にならない。

 とはいえそれは予想どおりのことだった。

 そもそもこの反乱は、どこかの諸侯が起こしたようなクーデターの類ではない。貴族が混じっているとは言え、所詮は農民反乱に過ぎないのだ。

 そのためここにいるのはろくに訓練も受けていない田舎者達ばかり。強いというほうがおかしい。数が多くても宮殿の衛士と国軍が動けば大抵は難なく鎮圧出来てしまうのだ。

 だが今回、それができなかった。なぜか。

 その原因は兵力不足と農民の装備だったと思われる。

 反乱が起きた日は、王軍が大規模な軍事遠征を行なっていた。首都に兵士はいなかった。衛兵で十分だと考えられたためである。

 首都の警備は必然的に緩くなった。だから予想以上に陥落が早まった。

 だがそれだけではない。農民達は全員が、剣や弓のような普通では手に入らない武器を持っていた。そのために集団で襲いかかれば、ある程度衛士にも対抗できていた。

 いくら貴族が同調したとは言え、数万人分もの武器を二日で準備できるはずがない。誰か、それもかなりの有力者が、以前から緻密に準備していない限り不可能だ。もしその人物が居るとすれば、こんな大規模な反乱を首都の近くで、それも国王側に全く知られずに、成し遂げることができるのだから、かなりの切れ者のはずだ。

(そんな人が居るのか居ないのか。まあそれは、この兵士達に聞けば良い話ですね)

 アルテアはそう思いながら、敵兵達と彼の間を詰めていった。農民達は弓矢のように無鉄砲に突っ込んでくるアルテアに、恐れをなしてしまったらしく、剣を構えたまま動く気配がない。

(これなら楽に倒せそうですね)

 アルテアは少しほっとすると、手始めに真ん中にいた兵士に向かった。そして彼に左下から右上に剣を切り上げて、血吹雪を飛ばさせる。その兵士はうわぁと凡庸な叫び声をあげ、土の上に倒れると傷口を抑え悶えた。

 アルテアは次に、その隣にいた剣士に上から飛びかかり、頭を割って土に倒す。そして、花の周り飛び回る蝶のような動きで次々と残りの兵を倒していった。 いつの間にか彼の足下には、死んだ人間や瀕死の人間が散らばっていた。

 そこから少し離れたところにいた弓兵は、茫然自失として、その光景を眺めている。

「さて、あとはあなただけですよ、弓兵さん。攻撃してこないんですか?」

 アルテアは、弓兵に向かって剣先を突き出し、不敵に微笑んで言った。

 弓兵の手は震え、目は泳いでいる。

 弓兵は矢を構え弦を引いてみるが力が入らず、奥まで引けない。

「どうしたんです? 弓兵さん。全く力が入らないみたいじゃないですか。それなら僕と取引きしませんか? この反乱の首謀者を教えてください。そうすれば命はお助けしますよ」

 アルテアはまるで商売人のように微笑む。

 だがこの言葉は弓兵の癇に障ったのか、彼は顔を赤くした。

「おっ、おまえのような、国王の肩を持つようなやつに、あ、あ、あの方のことを教えてやるか! あの方は崇高な理想をお、お持ちなんだ! この国に幸福をもたらすことができるんだ!」

 アルテアは口角を上げる。

「やはりこの反乱には、首謀者がいるんですねぇ。教えていただいてありがとうございます。では約束通り命はお助けしましょう。ただし、ここでちょっと眠っていてもらいますけどね!」

 アルテアは弓兵との距離を詰めていく。弓兵はしまったというような顔をして、捨て台詞のように吐く。

「お、おまえは俺を殺したとしても、もうおしまいだ。もうじきここには反乱軍の本隊が来る。その時点でもうおまえに逃げ場はない!」

「脅しですか……そんなことどうってことありません。僕は主人さえ守れればそれで良いですから。そんなことより、僕があなたを衝動で殺さないことを心配してくださいよ」

 彼が言葉を吐くのとほぼ同時、アルテアは弓兵の懐にコンマ数秒のうちに入り込んだ。

 弓兵は何が起こったかわからないまま、アルテアの肘打ちを腹に喰らう。そして崩れるように倒れた。

 アルテアは、ちらりと横目で宮殿の方を見てから、土の上で、白目をむいている兵士を見下ろす。

「軍人ほどのタフさを持っていなくて良かったです。軍人だと怪我をさせてもなかなか倒れてくれませんからね」

 そう言うと、顔に付いた血を服で拭い、剣を構え直した。

「さて、僕はもう一度、気合を入れ直さないと」

 そう言ってアルテアが視線を向けた先、五十メートル程離れたところに鎧をつけた剣士が九人、こちらへ向かって走っていた。彼らの陣形はほぼ正方形。規模から考えると、この弓兵が言っていた反乱軍の本隊ではないが貴族所有の傭兵と見える。他の場所にいた反乱軍の兵士が、偶然宮殿の裏に来て、戦闘シーンを見て駆けつけたというところだろうか。

 だが本隊ではないと言っても、さっきとはかなり勝手が違っていた。傭兵は倒すにはかなり手間がかかる。そして隙を見せれば確実に殺される。

(でもやるしかないですね。王子との約束がありますし)

 アルテアは行くぞ、と自分に言い聞かせると、農民のときと同じように矢のごとく突っ込んでいった。

「あいつも国王側の人間だ。捕まえて王子の居場所を聞け!」

 そう言いながら兵士達はアルテアの方へ迫る。アルテアは王子の居場所がばれていないことに安心し、無言で彼らに向かう。

「王子の居場所を教えるか、投降すれば命は助けよう。反抗するようなら、新政府の反乱因子として、ここで処罰する」

 先頭真ん中を走る、兵士のリーダーらしき男が低く張りのある声をあげて言った。

「あいにく僕にはそのつもりはからっきしです!」

「なら仕方がない。複数で一人と戦うのは気が引けるが、国王派はすべて殺せというのが上からの命令だ」

 その会話が交わされると同時に、彼らの剣が、キンという音を立て、ぶつかり合った。男の周りにいた兵士達は、アルテアの脇や背中を狙おうと彼の背後に出て取り囲もうとする。しかしアルテアは囲まれる前に後ろへと跳び退く。

 再びアルテアは彼らに飛びかかった。斬り、受け、血が舞い、剣のぶつかる音が絶えず響きわたる。彼らの周りだけは何者も近づけぬ張り詰めた空気が覆っている。

 アルテアは何度か体に剣戟を受けたが、一人、二人と兵士達は倒していった。だが同時に、王子の部屋に行く前に受けた傷が痛み出す。閉じかけていた傷が再び開いたのだろう。体の側面を液体が下っているのがわかった。白いワイシャツはいつの間にか赤い染みが出来ていた。足元は不確かになり、体は怠くなっていく。息も荒い。

(このままだと、かなりまずいっ……! 体がいつまで持つか。でもあと三人、なんとかもってくれ!)

 そう思いながら、アルテアは左横から兵士が振りかざした剣を躱す。いや、躱そうとした。

 ——うぐっ!!

 左腕に激痛が走った。見るとアルテアの左腕は見事に半分になっていた。切り落とされることは免れたが、骨の色がはっきりとわかる。

 アルテアは、叫びたくなるような痛みに思わず左腕を抑え、顔を顰めて地面に崩れる。

 すかさず、一人の兵士がアルテアの首を刎ねようと剣を振りかざした。

 アルテアは目を瞑り、意識が消えるのを待った。だがそのとき。

「待て、まだ刎ねるな」

 低く張りのある声がした。

 アルテアは、驚いて目を開ける。

 すると、あのリーダーらしき男が剣を振りかざした兵士の前に立ち、アルテアを見下ろしている。

「その状態では戦うのは無理だ。本来はここで殺すべきだがお前の剣筋は良い。だから、ここで殺してしまうのは惜しい。俺の部下にならないか。腕もしっかり治療してやる」

 男は真剣な顔で言った。

「でも、僕は、王子を、裏切るわけには、行きませんっ!」

 アルテアは切れ切れに言う。

 そしてどうせ王子を裏切るならと、最後の力を振り絞り、再び立って剣を構える。

 男は恍惚としたものを見るような、だが一方で哀れむような目でアルテアを見つめる。

「まだ戦う気か……王子は素晴らしい臣下をお持ちのようだな」

 男の声には少しため息が混じっていた。


 剣の打ちあう音が再び鳴り始めた。

 しかし、勝敗は明らかだった。アルテアの体には、剣戟の跡が見るも無残に刻み込まれていく。

 一人の兵士がアルテアの剣を打ち払う。アルテアは、剣の勢いで横に飛ばされ、土の上に仰向けに倒れる。

 立ち上がろうとしても立ち上がれない。意識もおぼろげで、目の前の景色も定かでなくなっていた。

「安心しろ、痛めつけたりはしない。すぐに楽にしてやる」

 リーダーらしき男の声が体の上から聞こえた。自分が殺すとでも言ったのだろうか。

「ぼ、僕はまだっ……」

 弱々しい声が口から出た。目には勝手に溢れる涙。

 男はアルテアの胸元に向かって土に剣を突き刺そうとするように構えた。

「望みは叶えられんが、許せよ」

 男はあの低い声を発した。

 同時に、肉を切り裂く鈍い音がした。アルテアは自分の胸の中を金属が走るのを感じる。

 意識がだんだんうすらいでいった。一瞬、誰かの顔をが目の前に浮かぶ。それは悲しそうに見えた。

(王子、約束を守れず、すみません……)

 やがて意識は沼のような深淵な闇の中へと沈んだ。


 兵士たちはいつの間にか庭園から去り、そこにはひとつの小さな魂の抜け殻が遺されていた。全身に痛ましいほどの傷。だが、不思議と顔にはそれは無かった。

 突然、激しい破裂音が聞こえる。見ると、監視塔の一部が崩れていた。反乱軍の撃った大砲の弾が目測ミスでここまで飛んできてしまったのだろう。単なる偶然の一コマである。

次回は4月12日の21:00頃更新予定です。

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