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わたしはしばらく、待合室を見つめていた。
覗き穴の壁からは強硬に目を逸らして。
考えると、嫌な汗がまとわりつく。
覗き穴。
そこから、今も覗かれているような気がする。
視線を感じる。
だが、そうして強硬に目を逸らしていたものの、やがて再び、覗き穴が気になってきた。
だって、
覗き穴はそこにあるのだし。
やはり、
その向こうを気にせずにはいられない。
覗いてみないことには、今もまだ覗かれているのかどうかも分からない。
わたしはおそるおそる、覗き穴へと目を向けた。
黒い額縁のような覗き穴の向こう側には、
無彩色の、診療室の風景。
間近にあった黒目はそこにはなく、猫背の濁った男の姿も無く。ただ、寒そうにしているシキ先生だけがぽつりと座っていた。どうやら、次の患者が来るのを待っているような様子。
しばらく見ていると、シキ先生はこちらに目を向け、わたしが覗いているのに気づいた。
いや、もしかしたら、最初から気づいていたのかもしれない。驚いた様子は無かった。
「君は、今年も来たんだな。
いや、当然か。
……」
「……。
あの、わたし、今日が終わるよりも前、日付が変わるよりも前に、なんとかしてもらわないと……」
と、わたしは口にしたが、シキ先生は、まるで何度も聞いたことのある台詞を聞いたように反応薄く、首を振ってさえぎった。
寒そうに紫色になった唇からは、白い吐息が洩れる。
「分かってる。俺だって、君を診てあげたいと思ってるんだ。
だが、まず君がこの診療室に入ってこれるようにならなければ、どうしようもない。
君はいつも、覗き見ているだけ。
手を差し伸べる時間も無い。
君は覗き穴を覗くばかりで、その先に進まない。
……君が、自分のことに気づいてくれればと、そう思うよ」
よく分からないことを言われている。
わたしに分かったのは、そういうことだけ。
シキ先生は、一度視線を外し、別方向を見た。誰かに目を向けたようだ。猫背の男に向けていたのとは違う、気遣うような視線。
そういえば、診療室には最初から、シキ先生と猫背の男の他に誰かがいるような気がしていた。とすると、そこにはやはり誰かがいるのだろう。
だがシキ先生はその誰かとは長くは目を合わさず、またわたしを見た。
「話をしよう。
いつ君の番が来るか分からない。それまでの合間にも、こうした少しぐらいの雑談ぐらいなら積み重ねられるだろう。
少しでも、君たちのために。
話をしよう」
こうして、わたしは。
覗き穴越しに、自分に話しかけてくれるシキ先生を見つめ、あるいは、やってくる患者たちの話を聞くシキ先生を見つめながら、今夜の自分の順番を待つ。




