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むらさき鏡の診療室  作者: yamainu
第二話 『覗き穴の向こうの好奇心』
8/20

・・・●

   ・・・●


 わたしはしばらく、待合室を見つめていた。

 覗き穴の壁からは強硬に目を逸らして。

 考えると、嫌な汗がまとわりつく。

 覗き穴。

 そこから、今も覗かれているような気がする。

 視線を感じる。

 だが、そうして強硬に目を逸らしていたものの、やがて再び、覗き穴が気になってきた。

 だって、

 覗き穴はそこにあるのだし。

 やはり、

 その向こうを気にせずにはいられない。

 覗いてみないことには、今もまだ覗かれているのかどうかも分からない。

 わたしはおそるおそる、覗き穴へと目を向けた。


 黒い額縁のような覗き穴の向こう側には、

 無彩色の、診療室の風景。

 間近にあった黒目はそこにはなく、猫背の濁った男の姿も無く。ただ、寒そうにしているシキ先生だけがぽつりと座っていた。どうやら、次の患者が来るのを待っているような様子。

 しばらく見ていると、シキ先生はこちらに目を向け、わたしが覗いているのに気づいた。

 いや、もしかしたら、最初から気づいていたのかもしれない。驚いた様子は無かった。

「君は、今年も来たんだな。

 いや、当然か。

 ……」

「……。

 あの、わたし、今日が終わるよりも前、日付が変わるよりも前に、なんとかしてもらわないと……」

 と、わたしは口にしたが、シキ先生は、まるで何度も聞いたことのある台詞を聞いたように反応薄く、首を振ってさえぎった。

 寒そうに紫色になった唇からは、白い吐息が洩れる。

「分かってる。俺だって、君を診てあげたいと思ってるんだ。

 だが、まず君がこの診療室に入ってこれるようにならなければ、どうしようもない。

 君はいつも、覗き見ているだけ。

 手を差し伸べる時間も無い。

 君は覗き穴を覗くばかりで、その先に進まない。

 ……君が、自分のことに気づいてくれればと、そう思うよ」

 よく分からないことを言われている。

 わたしに分かったのは、そういうことだけ。

 シキ先生は、一度視線を外し、別方向を見た。誰かに目を向けたようだ。猫背の男に向けていたのとは違う、気遣うような視線。

 そういえば、診療室には最初から、シキ先生と猫背の男の他に誰かがいるような気がしていた。とすると、そこにはやはり誰かがいるのだろう。

 だがシキ先生はその誰かとは長くは目を合わさず、またわたしを見た。

「話をしよう。

 いつ君の番が来るか分からない。それまでの合間にも、こうした少しぐらいの雑談ぐらいなら積み重ねられるだろう。

 少しでも、君たちのために。

 話をしよう」

 

 こうして、わたしは。

 覗き穴越しに、自分に話しかけてくれるシキ先生を見つめ、あるいは、やってくる患者たちの話を聞くシキ先生を見つめながら、今夜の自分の順番を待つ。


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