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黒い夜をどのくらい歩いたのか。わたしは病院にたどり着き、待合室に立っていた。
友達の友達から教えてもらった、わたしのような人間のことを助けてくれる病院。
二十歳になるその前日。
十九歳の最後の日。
そんな一生に一度しかない一日の夜。消えそうな希望を願いながら、わたしはここに来る。
誰もいない受付に話しかけてから、無音でごった返す待合室に目を向けた。どうやら、待たなければいけないようだ。
順番待ち表示の掲示板があって、現在診療を受けている人間の整理番号が表示されていた。わたしが受付で受け取った番号は四十九。掲示板に表示されている数は七。わたしの番が回ってくるにはまだ遠い。
待合室の長椅子を眺めたが、座れそうな長椅子は一箇所しか残っていなかったので、そちらへ向かった。壁際の一席。
長椅子は長らく使われていなかったらしく、触った手に真っ黒い煤の汚れがついた。座ったら、スカートのお尻にも真っ黒い汚れがついてしまうだろう。嫌だが、仕方がない。なるべく浅く、腰掛けることにする。
座って、待合室の風景を眺める。
薄暗い。
暗いと言ってもいいぐらい。
そもそも、この待合室にはまともな明かりがない。天井を見上げてみると、蛍光灯は割れていた。受付の傍にあるテレビの画面光と、折れた廊下の先から洩れてくる明かりだけが、待合室をぼんやりと照らしていた。
どんな古い電灯なのだろうか。廊下の先から洩れてくる光は、人工灯とは思えないほど、ぼんやりとした灯りだ。
壁の色は、深く暗い一面の茶色に、ところどころ炭の黒。病院というと白のイメージが強いのだが、古い建物らしく、古い木材の色そのものを残していて、黒く重々しかった。
余計なお世話だが、ちゃんと営業しているのだろうかと、わたしは思った。
ふと。
気づくと。
壁の黒く変色した箇所の真ん中に、裂け目のように穴が開いていた。そこから、向こう側が覗けそうだ。
しばらく穴の外縁を眺めていた。黒く、もろくなっている外縁。触ってみると、手に黒い煤の汚れ。
少し考えてみる。
この向こうには何が見えるだろう。
薄暗い待合室のその壁面を、穴から目を外して辿ってみると、焦げた黒色のドアが見えた。
『診療室』
と、判別しにくくなった文字で書かれている。
ということは。
多分。
診療室へのドアと同じ壁面にあるこの穴の向こうは、診療室であるだろう。
しばらくして、好奇心が湧き上がってきた。
覗いてみようか。
わたしの前に診療を受けている人は、どんな話をしているんだろう。お医者さんはどんな人だろうか。わたしの話を聞き、わたしを二十歳の先まで生き永らえさせてくれるお医者さんは。
覗き穴は既に目の前に開いているのだし、わたしはそれを覗くだけ。何も、悪いことがあるわけでもない。
さしたる罪悪感があるはずも無く、わたしは覗いてみることにした。




