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むらさき鏡の診療室  作者: yamainu
第二話 『覗き穴の向こうの好奇心』
5/20

●・・・

   ●・・・


 黒い夜をどのくらい歩いたのか。わたしは病院にたどり着き、待合室に立っていた。

 友達の友達から教えてもらった、わたしのような人間のことを助けてくれる病院。

 二十歳になるその前日。

 十九歳の最後の日。

 そんな一生に一度しかない一日の夜。消えそうな希望を願いながら、わたしはここに来る。

 誰もいない受付に話しかけてから、無音でごった返す待合室に目を向けた。どうやら、待たなければいけないようだ。

 順番待ち表示の掲示板があって、現在診療を受けている人間の整理番号が表示されていた。わたしが受付で受け取った番号は四十九。掲示板に表示されている数は七。わたしの番が回ってくるにはまだ遠い。

 待合室の長椅子を眺めたが、座れそうな長椅子は一箇所しか残っていなかったので、そちらへ向かった。壁際の一席。

 長椅子は長らく使われていなかったらしく、触った手に真っ黒い煤の汚れがついた。座ったら、スカートのお尻にも真っ黒い汚れがついてしまうだろう。嫌だが、仕方がない。なるべく浅く、腰掛けることにする。

 座って、待合室の風景を眺める。

 薄暗い。

 暗いと言ってもいいぐらい。

 そもそも、この待合室にはまともな明かりがない。天井を見上げてみると、蛍光灯は割れていた。受付の傍にあるテレビの画面光と、折れた廊下の先から洩れてくる明かりだけが、待合室をぼんやりと照らしていた。

 どんな古い電灯なのだろうか。廊下の先から洩れてくる光は、人工灯とは思えないほど、ぼんやりとした灯りだ。

 壁の色は、深く暗い一面の茶色に、ところどころ炭の黒。病院というと白のイメージが強いのだが、古い建物らしく、古い木材の色そのものを残していて、黒く重々しかった。

 余計なお世話だが、ちゃんと営業しているのだろうかと、わたしは思った。

 ふと。

 気づくと。

 壁の黒く変色した箇所の真ん中に、裂け目のように穴が開いていた。そこから、向こう側が覗けそうだ。

 しばらく穴の外縁を眺めていた。黒く、もろくなっている外縁。触ってみると、手に黒い煤の汚れ。

 少し考えてみる。

 この向こうには何が見えるだろう。

 薄暗い待合室のその壁面を、穴から目を外して辿ってみると、焦げた黒色のドアが見えた。

『診療室』

 と、判別しにくくなった文字で書かれている。

 ということは。

 多分。

 診療室へのドアと同じ壁面にあるこの穴の向こうは、診療室であるだろう。

 しばらくして、好奇心が湧き上がってきた。

 覗いてみようか。

 わたしの前に診療を受けている人は、どんな話をしているんだろう。お医者さんはどんな人だろうか。わたしの話を聞き、わたしを二十歳の先まで生き永らえさせてくれるお医者さんは。

 覗き穴は既に目の前に開いているのだし、わたしはそれを覗くだけ。何も、悪いことがあるわけでもない。

 さしたる罪悪感があるはずも無く、わたしは覗いてみることにした。

 

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