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……
……
……
音が鳴り止み、遮断機が上がった。
「違うよ」
と、わたしは友達の友達に言った。しかし、何が違うというのだろう。どういう話の流れだったのか。
「あの時は、何かを探しに線路に入ったの。
小学生の頃だったと思う。よく覚えてないけど、猫だったか、丸い房飾りだったか、とにかく、落としたそれを拾いに。
遮断機が下りてて怖かったけど。でも、すぐにそれを拾って、線路の外に出た。
電車が来たのはわたしが遮断機の外に出た後。怖かったけど、ただそれだけの思い出。その後に何かの映画で鉄橋の線路の上を歩いているシーンがあって、そこに電車がやってくるシーンを見て怖かったりしたけど、それだけの思い出」
「ふーん」
と、友達の友達が言った。
今、わたしはなぜか地面のほうを向いていて、彼女の膝の辺りを見ていた。まるで、そのくらいの高さに彼女の頭があって、それと話していたみたいに。変な話だ。
友達の友達の背は、わたしと同じくらい。だから、こんな風にわたしが地面に近い低い位置を向いて話しているのは変。
だから、顔を上げた。
友達の友達の、その口元には、なぜか白い吐息は一つも無く、唇の動きがはっきりと見えた。
「やっぱりアナタの本当の死因じゃなきゃダメか。じゃないと、アナタは受け入れない。
意識できない」
友達の友達は、わたしに何か言ったようだ。
でも、わたしは聞き取らなかった。
……。
聞き取れなかった。
遮断機はもう上がっていたので、血も凍るような寒さの黒い空の下、白い息を吐きながら、わたしは線路を横切って歩き始めた。
友達の友達は、ついて来ずに、言った。
「アタシはまた後で。アナタは先に行ってて。
場所は分かるよね。お医者さんのとこ。
先に行って、話を聞いてなさい。
じゃ、また」
無意識そのもののような親しげな笑み。
その笑みを見ながら、わたしはまた考えていた。本当に、どこで知り合ったんだっけ。友達の友達だったには違いないと思うんだけど、誰の友達だったか。
……。
線路を横切り終えて、わたしはまた、黒い夜の下を歩いた。
今のわたしには、忘れなければいけないことがある。
死にたくないから。
むらさき鏡という単語を忘れるために、忘れさせてくれるというお医者さんのところに行こう。
……。
少し。
本当に少しばかり、記憶が混濁している。
「病院があってね。
そこに行けばいいよ。
彼に話してしまえば、それで終わる」
……。
わたしが病院に向かう、より所となっているその言葉。
それも、友達の友達から聞いたのだった。
いつ聞いたのだったか。
学校の制服を着ていた頃?
彼女は、赤いストライプの入ったセーラー服を着ていたような気がする。あるいは、白と濃いオレンジ色の体操服。
それとも、高校を卒業したよりも後?
橙色のカーディガン。あるいは、スカーレット色のリボンをつけたスーツ姿。
……昨日? それとも、今日のどこか?
ついさっき?
オレンジ色に赤い刺繍の入ったマフラーを首に巻いて。
携帯電話を持った、執拗に面白がる彼女の黒い目が、目の前で微笑んでいた。
遠い彼女の声は、面白がるような。
わたしが耳に当てた受話口の向こうで、友達の友達は言ったのだった。
「忘れたいことを、忘れたいのでしょう?
意識したくないことを、意識したくないのでしょう?
なら、教えてあげる。
そこから出ておいで。
教えてあげるから」
アナタが何を忘れたいのか、思い出させてあげるから。
何を意識したくないのか、意識させてあげるから。
だから、出ておいで。
そこから。
友達の友達はそう言ったので、わたしは、外へ出たのだった。




