・●・・
・●・・
外は寒く、雲のかかった空には光の一かけらも無くて、熱一つ感じられない場所のようだった。街の明かりは黒い空に押しつぶされるかのよう。人の姿は一人もない。
吐く息は、吐き出すそばから凍るように白く。
血も凍るような冷たさ。
記憶通りの道順を辿ると、どんどん建物は低くなり、一軒一軒の間の隙間がどんどん大きくなっていった。合間には、夜の闇を濃くするばかりのススキの空き地や小さな林。わたしは一人で、足音さえも押しつぶされるような黒い空の下、寒い夜を、歩いていく。
やがて、目の前に赤い電灯の光が見えた。
道はそちらに進んでいく。
わたしもそちらに進んでいく。
すると、
……カン・カン・カン・カーン・カン・カン・カン・カーン……
その音は、踏切の音だと分かった。黄色と黒の遮断機が、闇の中で下りてきたところ。赤い信号灯の光だけが、遮断機に閉ざされた線路を照らしていた。
わたしは遮断機の前に立ち止まる。
……カン・カン・カン・カーン・カン・カン・カン・カーン……
……
……ゴォーーーーーーー……
視界の端からやってきた電車が、目の前を、ゴォンゴォンという音を立てて通り過ぎる。その時だけ、車両の車内灯の光が強く照らし、世界は明るくなる。
その光は、車両ごと、窓ごとに区切られ、闇と人工灯との明滅をばらまく。
わたしは、通り過ぎる電車の車内をぼんやりと見ていた。そういう時間帯なのか、それとも地面に立っているわたしの位置からでは角度のせいもあるのか、車内には一人の姿も見えなかった。
……ゴォーーーーーーー…………
……
……カン・カン・カン・カーン・カン・カン・カン・カーン……
車両ごとに区切られた車内灯の断続的な光が過ぎ去った後も、遮断機は下りたままで、信号の音は鳴り響いていた。まだ電車が来るらしい。
ああ、そうそう。
この踏切のことも、聞いた。
……。
「この踏切は、開かずの踏切なんだよ」
と、声がした。
隣を見ると、年の近い少女が立っていた。
セーラー服の上にオレンジ色の厚手のカーディガンを羽織り、オレンジ色に赤い刺繍の入ったマフラーを首に巻き、空の黒と吐く息の白、信号灯の赤の世界の中で、知人を見つけたという顔をしてこちらを見ている。
その顔には見覚えがある。
……。
……カン・カン・カン・カーン・カン・カン・カン・カーン……
……
……ゴォーーーーーーー……
闇と人工灯の明滅に彩られた顔は、まるで見るたびに表情が違うように見えた。ただ、その目だけが、わたしのことを知っていると告げている。
彼女とは、
どこで会ったのだったか。
友達の友達。
名前も知らない。
「アタシのこと、分かってるよね。
会ったことあるような気、するでしょ?」
うん。
と、わたしは頷いた。
知っているような気がする。それは確かに、間違いない。
友達の友達。
「よかったー。忘れられてたらどうしようかと思ったよ。
この踏切、閉まっちゃうと長いからさ、話をしようよ」
うん。
と、わたしは頷いた。
「病院へ行くんだよね。むらさき鏡を忘れるために」
と、彼女。
光の明滅に彩られた、定まらない表情。
その中で、ただ一つ変わらない、執拗に面白がるような黒い目。
「忘れられるといいね、むらさき鏡」
うん。
と、わたしは頷いた。
「むらさき鏡。
ふふ……むらさき鏡。むらさき鏡」
楽しそうに、わたしに何度も聞かせるように、友達の友達は何度もそう呟いていた。
……ゴォーーーーーーー…………
……
……カン・カン・カン・カーン・カン・カン・カン・カーン……
……
……ゴォーーーーーーー…………
少しの間、会話が途切れた。
その間に電車が一本やってきて、闇と人工灯の明滅とともに通り過ぎた。また信号灯の赤い光と音の時間が過ぎた後、次の電車がやってきた。
すると、その音と一緒に、隙間を埋めるように、友達の友達が言った。
「こんな話、知ってる?
こんな寒い夜に、電車に轢かれた女の子の話。
その子もね、こんな風に遮断機が開くのを待っていたんだけど……、
待ってられなかったんだろうね。渡ろうとして、轢かれちゃった。
電車に轢かれた死体って見たことある? すごいんだって。轢かれると、人間の身体なんてあっという間に千切れちゃうんだって。
その子もね、千切れて、上半身と下半身がばらばらになっちゃったの。
でもね、その日はこんな風に寒い夜だったから……。
身体がね、
千切れて断絶した傷口が、血がすぐに凍っちゃって、ちょうど、冷凍保存された形になっちゃったんだって。だから、その子、上半身だけになっちゃったのに、しばらく生きてたの。
警察の人が駆けつけて、死体だと思って近づいた時の彼女はそんな状態だったの。
生きてて。
自分の身体が上半身と下半身とに真っ二つに千切れちゃってるのが致命傷だって理解できなくて。
それで、言ったの。
言ったんだよ。
上半身だけになった状態で。
『助けて』って。
もう助かりようもない状態なのに。
死んでると言ってもいい状態だったのに」




