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だが。
「!! ぃ痛ッ!!」
そんな、短く、現実的な悲鳴がして、わたしは白黒ノイズだらけの映像から目を離した。
友達の友達が、顔をしかめて手を押さえていた。その手からは、血が流れていた。真っ赤な血。赤い色彩。白黒の回想場面のような黒い血ではなく、今そのものの赤い血。
友達の友達は、悔しそうに口を歪めていた。それから、手を傷つけた物にその悔しげな目を向ける。
それは、覗き穴から突き出された、医学用のメス。
友達の友達は、さっきまでは診療室への覗き穴をふさぐ位置に立っていたのだが、今は突き出されたメスに傷つけられ、場所を譲っていた。
「……どうして邪魔するわけ?
アタシとアナタは、結局は同じことを望んでると思うんだけど?」
覗き穴から、シキ先生の声。
「やり方が違う。
俺はそんなやり方は望んでいない」
「手っ取り早いほうがいいと思うけどねえ。何年同じことをすれば気が済むの?」
「……。
だが……。
だが……」
シキ先生の声は、何かを迷っている。
友達の友達の声は、あざ笑っている。
わたしは、
わたしは、何か、理解し損ねているような気がした。理解しないといけない気がした。
もう、気づかないと。いい加減に。
いい加減に。
でも、何に気づけばいい?
「何を、話しているの?」
わたしはそう言った。すると、友達の友達は鋭くわたしを見た。覗き穴の向こうでは、シキ先生が息を飲む声がした。
沈黙。
目がくらむような、漂白されるような時間。
わたしは、下り坂を駆け下りて止まれなくなった人間のように、何処かへと足を踏み外したような気分を感じながら、言った。
「ど、どうしたの?
ねえ、今、わたしのことを話してたんだよね? わたし、理解できなかった。
だから、ねえ、説明して。
話して。
話して。
話して」
これは、なんてことのない会話。
どうということもない会話。
だから、こんな風に、心臓がばくばく言うなんて変。
わたしは、坂道を転げ落ちるよう。
足を踏み外したように、思考の糸が乱れ、慌てて、足をもつれさせるようにして、踏みとどまろうとしながら、けれど、転がり落ちていく。
「話して。
話して。
話して。話して。
話して。話して。教えて!
ねえ! 教えて! 何があったの? ねえ!」
……?
金切り声を上げているのは誰だろう?
うまく理解できない。
友達の友達が歓喜の声を上げているのが聞こえた。
「ほら、聞いてよ! 彼女、『話して』って言ってる! 『教えて』って言ってる! 理解したがってる!
去年、彼女は話を聞きたがった?
一昨年、彼女は教えてもらいたがった?
ここまで理解しようとしてたことがあった?」
……。
何を言ってるのか、よく分からない。
聞こえている金切り声もよく分からない。
シキ先生が、取り乱したように言うのが聞こえた。
「だが……!
だが……!
かわいそうじゃないか! 俺は、こんな風に、一方的に突きつけたいわけじゃない!」
よく分からないが、シキ先生は優しいなあと思った。やっぱり、シキ先生の医院に来て良かった。シキ先生に話を聞いてもらえれば、きっと、むらさき鏡のことなんて忘れられる。今年も翌日を迎えられる。
ところで、金切り声はいつ止むんだろう。
……。