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むらさき鏡の診療室  作者: yamainu
第三話 『テレビに映る死』
10/20

・●・・

   ・●・・


 ……ザザ……ザザザザザーッ……

 

 ノイズ音とともに、テレビ画面には、砂嵐が続いている。

 ノイズの黒い砂嵐は目まぐるしく画面の中を吹きすさび、本当に、何も映っていないとしか言えない状態。

 ……。

 そうなのだろうか?

 画面の中を吹きすさぶ黒い砂。それは、何も映し出していないようでいて、作られた映像を映している。何も無いのなら、電源を落とした時のように、真っ暗のはず。だが黒い砂は舞い続ける。そこには何かがあるからだ。ノイズという雑情報の中、黒い砂は沈まず落ち着かず、吹きすさび続ける。

 雑情報は、

 曖昧模糊と形を成し、

 吹きすさぶ黒い砂は、

 何か、文字のようにも見える。

「ある人がね……うん、Aさんとでも言っておこうか。それっぽいし。Aさんがね、こんな風に、夜中に起きていて、テレビの放送がいつの間にか終わっていたのに気づいたのよ。

 でも、電源を切るのはめんどくさかったのね。眠かったのかも。まあ、ちょっとうるさかったけど、気にしないことにしたのよ。

 ぼんやり、見てた。

 疲れてたのかな。むしろ、心地よかったのよ。騒がしい人の声のするテレビ番組よりも、ノイズに沈み込んでいるほうが良かった。

 でもね、そしたら、その画面の中に……、

 人の名前が、映し出されたんだって。

 スタッフロールみたいに、下から上に。

 たくさんの名前が。

 そう、名前だけ。他にはなんの説明もなし。

 Aさんは、その名前のリストを見てたの。だって、なんのリストなのかよく分からなかったし、それにね、見つけちゃったのよ。

 自分の名前を。

 よく分からない。何故なのか全く分からない。同姓同名の別の誰かなのかも知れない。

 でも、とにかく、なんで自分の名前があるのか、それを理解したかった。それがなんのリストなのか、それを知る手がかりが欲しくて、見てた」

 

 文字。

 文字。

 名前。

 テレビ画面の中を、名前のリストが流れている。

 ノイズ音の中を、名前のリストが流れている。

 わたしの名前は、あるだろうか。

 ……わたしの名前……。

 

 このリストは、なんのリストなのだろう。

 

「なんのリストなのか。

 それは最後に映ったわ。

 こう書かれていたのよ。

『明日お亡くなりになる方はこの方々です。

 ご冥福を。

 では、おやすみなさい』

 Aさんは、翌日死んだって」

 

 名前のリストはやがて終わり、画面には文字が映し出された。

『アナタのお名前は見つかりましたか?

 見つかってしまった方には、ご冥福を。

 見つからなかった方は、おめでとう、アナタは明日を生き延びられます』


 ……。

 わたしは、首を振った。

 こんなリストなんか関係ない。

 わたしは、むらさき鏡を忘れることが出来なければ今夜死ぬ。

 シキ先生に診てもらうことが出来れば、むらさき鏡のことは忘れられる。そして明日に生き延びられる。

 それだけのこと。

 だから、こんなリストを見て、心臓がばくばく言ったりなんかしない。

 だって、こんなリストは、もう、関係ない。

「ん……反応鈍いね。面白くなかった?」

 友達の友達が、わたしを観察しながら言った。

「やっぱり、具体的なイメージが無いとダメ?

 あ、じゃあ、こんなのどうかな。

 同じように、夜中にテレビを見ていた人の話。さっきの人はAさんだったから、こちらはBさん。

 Bさんはね、夜中にふと起きたんだけど、寝る前にテレビを点けっぱなしにしたまんまだったのよ。深夜だったから、番組は終わって、砂嵐の画面だった。音がうるさかったから、電源を消そうと思ったのね。

 でも、その時、画面に何かが映ったような気がしたの。砂嵐の画面なのにね。

 それで、もっと目を凝らして、よく見てみることにしたのよ。

 ずっと見ていると、ノイズだらけの画面の中に、ようやく何が映っているのか見えてきた。

 映っているのは、どこかの部屋みたいだった。部屋の風景。Bさん自身の部屋にとてもよく似ていた。その部屋にもテレビがあって、やっぱり時間は深夜らしくて、番組といえるものは映ってないみたいだった。

 合わせ鏡を覗くみたいに、テレビのある部屋の風景を見てた。

 でも、問題なのは、その部屋。

 そして、そこに映っていた人。

 ノイズだらけの白黒の画面に映っていた部屋の中では、人が人を殺していたのよ。不鮮明な画面の中で、男がナイフを持っていて、ナイフに反射した白い光だけがはっきり映っていた。

 男は白く光るナイフを何度も動かして、もう一人をめった刺しにしてた。白黒の画面の中で、部屋中に黒い血が、黒い血が、黒い血が……」

 

 テレビは今、不明瞭不鮮明な画像。けれど、必死に像を結ぼうとしているように、白黒でノイズだらけの風景を映している。

 どこかの屋内のようだ。

 ……。

 わたしは、画面を覗き込んでいる。

 黒縁のテレビのフレームの向こう。

 室内には、人の姿が見える。二人いるようだ。しばらく見つめていると、そのどちらもが女性だと分かった。年の近い、若い女性。姉妹なのか、友人なのか。

 ……見覚えが……。

 ベッドの上に座り、こちらを向いている女性には、見覚えがあるような気がした。荒い画像のせいで判別がつかないのがもどかしい。だが、もし綺麗な画像だったとしても、わたしには思い出せないかもしれない。

 頭が痛い。

 もうひとりの人影、こちらに背を向けている女性の後姿には、見覚えが無かった。後姿を見たことは無い。けれど、なぜだろう、非常によく知っているような気がした。背格好や、着ている服装、それら全てが、まるで、夢の中で違う服装をしている自分を見ているように、近しい……。

 夢?

 映像は続き、そこに、もう一人がやってきた。背格好がまるで判別できない。男だろうか? 男のような気がする。でも、それすらもあやふや。

 まるで人の姿をしていないように巨大。姿はシルエットになって真っ暗。手に持ったナイフは白く光り、位置関係からその姿を見ることが出来たのであろうベッドの上の女性は悲鳴をあげたようで、けれどその向かいに座って背を向けていたもう一人は、振り向く前に、背後から鈍器を振り下ろされた。がくんと、衝撃。倒れ、飛び散る黒い血、部屋中に飛び散る黒い血、黒い血、白く光るナイフ、ベッドの上の女性があげる悲鳴、悲鳴、悲鳴……。 


 鈍器で殴られた女性は悲鳴をあげる間も無かった。

 代わりに突き刺さるように残ったのは、もう一人の女性の悲鳴。


 そして、今、わたしは悲鳴をあげる。


「痛い!

 変だよ! こんなの! 助けて! 意識が遠のく! 遠のく!」 

 

 テレビにはノイズが吹き荒れる。

 砂嵐。

 こんな砂嵐を見ていたら、発狂しそう。死んじゃいそう。


 友達の友達が言っている。

「ねえ、むらさき鏡ってなんなのかなあ!

 忘れないと死んじゃう?

 違うよ! 逆!

 さあ、思い出して!

 思い出せることを、思い出して!

 だから、ふふふ! もっとアタシとお話しよう? さあ、あのテレビをもっと見てみよう? あのテレビ、何か映ってるんだよね? 何が映ってるの? 話してみて!」

 わたしは、促されるままに、黒い血の飛び出る風景を、わたしの口から、説明しようと、した。

 だが。 


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