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神の世界も世知辛い~新米女神エリナの魂トレード~

作者: 紫月紫織

「も、無理……」

「頑張ってください」


 三冊毎に束ねられたファイルの山を運びつつ、女神補佐官の天使は今日何度目か分からないその言葉を口にした。

 ファイルの山に埋もれているのはまだ年若い女神だ。


「探したって見つかるわけないわよぅ~」

「他に手がないでしょう。そもそも勇者召喚を承認しようとしたのは貴女です」

「だってぇ、あの世界もうそれでもしないと落ち着かないって思ったんだもん……でもこんなに候補選びが大変だと思わなかった」


 新米女神の創りだした世界は滅びの危機に直面していた、溢れ出る魔物とそれを前に利権に走って協力できない人間達──主に支配階級の無能ども。

 何人もの優秀な魂を持った者から順に次々と死んでいき、残ったのは割とどうでもいい連中。

 このままでは女神の生み出した世界は闇の神の軍勢によって滅ぼされるだろう。

 新米女神としてはなんとしても守りきりたかった、だが……。


 異世界の神との魂トレードは足元を見られ、回されてくるリストはどれも世界影響度低の神様にとってのいわゆる"不要な魂リスト"だったのだ。

 記載される魂の情報はどれもがひどい有り様で、神様によっては一日一罰といって見せしめ代わりに天罰対象にしているようなものをまとめたシロモノだ。

 こんなもん都合よくこっちに送られてきても困る。

 中には向こう側の天使の独断と偏見で記載された情報も載っていた。


 人間性:低俗

 知性:低い

 性欲:抜群

 意志力:皆無

 度胸:なし

 甲斐性:壊滅

 存在価値:ないんじゃね?


 せめて表記ぐらい統一してくれ、そう女神はくずおれながら祈った。

 誰にかは知らない。


 こうしている間にも、どんどん人間界では人が死んでいくのだ。

 早く何とかしなくては、そう思いながら次のリストを開こうとして女神はそのファイルのタイトルを見て力尽きた。


 "いらないもの"


 私が憧れた神様って、こんなだったかなぁ……。

 せめてこの記述だけでも取っておいてくれなかったのかなぁ……。


「エリナ様、心折れてる暇があるならファイル捲ってください」

「うぅ、わかったわよぅ……せめて、せめて少しでもマシそうなのを……」


 頑張ってページをめくる女神の表情はどんどんと曇ってゆく。

 そしてやがてその両目が涙でいっぱいになるまでに、そう時間はかからなかった。


「なんで私、こんなダメ人間リスト見てるんだろう……」

「今度は何がありやがりましたか」


 いい加減言葉を選ぶのに疲れた天使が、女神が開いていたファイルのページを覗きこむ。


 前科:数えるのめんどくさい


「……あそこの世界の神補佐官は大丈夫なんですかね、ほらエリナ様起きて起きて」

「と、とりあえず一番上のだけ目を通すわ……全部紐切っといて」

「それがいいですね」


 ファイルはそれぞれ三冊ある。

 そのいずれもがそれぞれの世界の魂のワーストランキング上位3冊なのだ。

 そこそこ価値のある魂なら基本的に手放したくない、神だってそう思う。

 そのため、よほど良い交換条件でもない限り渡されてくる魂リストは下から順になる。

 エリナの世界はまだ生まれて時間も立っていなければ文化も技術も未成熟、そしてまだ実績のない新米女神となれば余程友好的な神でもなければ取り合ってくれないか、足元を見て来る。

 こうしてエリナは"ダメ人間リスト"をひたすら見続けるという苦行をするに至ったのだ。


 女神補佐官の天使がファイルの紐を解いた拍子に一冊のリストが落ちてページが開いた。

 本来天使が見たりはしないのだが、そこに開かれていた人間の性能に意識が向く、悪くない。


「エリナ様、これはどうです?」

「どれよぅ……」


 天使は半泣きのエリナをなだめつつリストを差し出す。

 左側のページの資質を見てその表情に希望が浮かんだ。


 人間性:表と裏がはっきりしている

 知性:極めて高い

 性欲:過剰

 意志力:強い

 度胸:強靭

 甲斐性:三児の父・家庭は円満


「……ワーストリストに載ってるとは思えないけど」

「もしかしたら誤って混ざったものかもしれません。けどリストに入っていたと押し通せばいけるんじゃないでしょうか?」

「ま、まって……怖いけど右側の詳細見てみるから」


 職業:小学校教諭/猟奇殺人鬼

 自分の娘を犯したい殺したいという欲望を同年代の少女に向けて発散し、犯して殺して喰うという行為を何度となく繰り返している。

 現在までに20人の女児を殺害、未だ逮捕されず。

 家ではとても優しいパパさんだが裏の顔では頭のぶっ飛んだロリペド野郎。

 最新の件では生きたまま食い散らかすという所業におよび大変ご満悦だった様子、死ね。


「だと思ったわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「エリナ様落ち着いて! それでも今のところ一番マシですよ!」

「ダメ人間クズ人間の万世界びっくりショーかこのファイルはあああああああああああああああああああああああああああ!」




「あぁ、お茶が美味しいわ……」

「そうですね」

「あーもう、どうしよう……」

「いっそ件のお姉さまとやらに泣きついてみてはいかがですか?」

「う……あんまりみっともない所見せたくないなぁ」

「言ってる場合ですか」

「そうそう頼ってくれていいのよ?」


 しれっと会話にまざった第三者の声に、エリナも天使も二人して顔を向けるとそこにはエリナがおねえさまと読んで慕う先輩女神の姿があった。


「シエナ先輩、どうして」

「あら、この間合鍵くれたじゃない」

「そうでしたっけ?」

「ええ、エリナの鍵が置いてあったからちょっと無許可でコピーしただけよ」

「それどう解釈しても渡してないですよねぇ!?」

「細かいこと気にしないの、それで……このコどうかしら」


 そう言ってシエナが差し出したファイルを受け取ったエリナはそれに目を通して、あまりの内容に目を見開いた。


 人間性:良好

 知性:高い

 性欲:人並み程度に

 意志力:良好

 度胸:意志力に比例

 甲斐性:良好


 追加条件:

 送り出し側からのスキル補助(3)

 送り出し側からのステータス補助(10)


 必須条件

 死亡後魂の返還必須


 異常といっていいほどの好条件だ。

 必須条件に死亡後の魂返還義務があるとはいえ、当座の問題を凌ぐことができればそれについてはむしろ好条件と言ってもいい。

 魂というのは交配を重ねて性能を上げていくものだから、一代限りであっても血が残るだけでかなりの影響があることも考えれば貸与にこの条件と言うのは諸手を上げて喜んでいいレベル。

 挙句転生の際に追加でスキル三つ、ステータス上昇のボーナス。


「すごくいい条件ですけど、いいんですか?」

「ええ、エリナのためだもの」


 そう言って微笑むシエナだが……ややその笑みがぎこちないように感じたエリナは今までの疑心暗鬼リストと同じようにそのファイルに何かアレな記載があると感じて探してしまった。


 追記

 想定外の自殺、魂捕縛中。

 魂の形が女なのに男の体に入れたため拒否反応を起こして自殺。

 自殺因子が付随


「シエナ先輩……この、自殺因子って……?」

「……んふふふふふ、よく気づきました」

「えっと……?」

「そう、私の目的はこの自殺因子を解除したいのよ」

「……えっと?」


 自殺というのは神様から見てもあまりよろしくない。

 なぜなら魂の性能自体を引き下げてしまう代物だからだ。

 転生と自殺を繰り返し続けるとどうしようもないクズ魂にまで下がってしまう、それゆえにこの因子は神様にとってはとても嫌われるものなのだ。


「この手の因子は、一度自殺しないで天寿を全うさせるか、相応の功績をあげたりしないと解除できないのよ。で、私としては結構魂の性能が上がってる子だからなんとかしておきたいのよね」

「なるほど」

「そこで、ある程度色つけるからそっちの世界で天寿を全うさせるか、大きな功績を上げてもらいたいわけ」

「なるほど……」

「こういうのは交渉条件になるから覚えておくといいわよ?」

「随分とお優しいですねシエナ様」

「不満?」

「いえ、エリナ様に良くしていただけるのなら感謝しかありません」

「貴方もかわいいわね」

「……ありがとうございます」


 シエナの言葉に含みのあるものを感じたのか、エリナの女神補佐官である天使は多少顔をしかめながら礼だけを述べた。

 それを見てシエナはくすくすと笑う。


「それからね、転生させるときに一人だけをぽんと送り込むのは下策よ。言うでしょう? 戦力の逐次投入は一番の悪手だって」

「そうなんですか?」

「うーん、そのへんの知識あんまりないのかー。例えばさ、敵が100万居たとして、一騎当千の勇者が何人いれば釣り合う?」

「……100人?」

「うん、一桁ずれてるね、1000人よ。そんなところに勇者一人ぽんと投げ込んでも結局死んじゃう。だから踏み台を一緒に転生させるのよ」

「あー……」


 納得したように頷くエリナの隣で補佐官の天使が、神様ってえげつないなーという顔を浮かべている。

 実際第三者の人間がいたら踏み台にされてたまるかと叫んだことだろう。

 あいにくとそんなことを聞けるものは今この場に居ないわけだが。 


「だいたいね、100人から1000人を見繕って、程よく敵にぶつけて戦力を削った後に死ぬように仕組めばいいの」

「……なるほど」

「善行を積んでの、世界にとっての英雄になるから魂の評価も上がるわ」

「先輩、実は結構腹黒い?」

「……エリナのお腹は真っ白ですべすべねー?」

「ひゃうんっ! ちょっ、先輩! お腹くすぐらないで下さいっ!」

「人のことを腹黒女神とか言っちゃうワルイコの後輩のお腹はどのぐらい白いのかなー」

「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁん!」


 イチャコラする女神二人に嘆息一つを送って女神補佐官の天使は残っているファイルを閉じる紐をブチブチと切って捨てる行為に精を出すことにした。




「というわけで、世界運営には多少シビアになることも必要なのです、わかりましたかエリナ?」

「はっ……は、ぃ………ぜぇ……はぁ……死ぬかと思いました」

「今度はベッドの上でかわいがってあげましょうか」

「遠慮しておきます」

「スキル補助(5)にするわよ?」

「……」

「そこで悩まないで下さいエリナ様」


 シエナの提案に一瞬逡巡するエリナに女神補佐官の天使が──めんどくさいな、女神補佐官の天使の名前聞いてくれませんかね?


「はいはい、そこの女神ちゃん名前は?」

「女神ちゃんて、というかさらっと地の文と会話しないで下さい」

「いいから名前を教えなさいな、勝手につけちゃうぞ?」

「ご自由に」

「だそうだからエリナ、名前をつけてあげましょう」

「ふえっ、私ですか!?」

「貴女の補佐官なんだから貴女がつけるのが当たり前でしょう」

「光栄ですエリナ様」

「ほら、本人もこう言ってるし」


 そうだそうだ。


「地の文も意気揚々としゃべりだすな」

「うーん、うーん……名前かぁ、急に言われてもなぁ……白いからシロナとか?」


 シロナにエリナにシエナって間違い探しか何かですかね?


「それは私も思うなー、でもそれ言ったら私の名前設定から失敗でしょう」


 じゃあ今からシエナはシェーナということでどうでしょう?


「そこ、作中で名前を変えようとしない、ちょっとは自重してください」


 はんせいしてまーす。


「殴れないのが余計腹立たしいですねこいつ」

「じゃあ、ターシャで」

「嬉しいですエリナ様」


 これで楽になりますね。

 では私は地の文に戻ります。


「とりあえずベッドの話云々は置いておきまして」

「置くだけなんですか」

「置いておきまして、要するにろくでもなさげな魂を前線近いところにぶん投げて弾除けにしろ、と?」

「そうそう、そこからマイナス属性を撤去して這い上がれるかは魂次第」

「……ヴァルキリープ◯ファイル?」

「やめようかそういうのに例えるの、というか伏せるのはそこでいいの?」


 大丈夫だ、問題ない。


「問題しかねーですよ」




「で、こういうろくでもなさげな魂は引き取る代わりにスキル補助かステータス補助くれー、っていったら相手も1ぐらいは出してくれるのよ。異世界転生特例ってのがあってね」

「そんな特例あるんですか?」

「要は上手いこと魂に話しつけて異世界行きを喜んで承諾させるの、そうすると本人同意で無料でボーナス+1されるからね。相手が自分の世界にイラネ、のしつけてでも送りつけたいと思ったらもうちょっと色つけてくれることもあるわ」

「……神様からそこまで嫌われるってのも大したものですね」

「やってることによりけりだけどねー」


 特に殺人、それも数を重ねると異世界にポイ捨てされます、他人の運命摘み取ってるわけだからね。

 それはもう不遇な運命とともに使い潰されます。


「それに、だいたい落ちるところまで落ちた魂は転生先貰えなくてコンポストだからねー。土に転生させたら土が腐りそうだし」

「うわぁ……」

「とまぁ、大体どういうふうにすればいいかはわかったかな?」

「はい、ようは最終的に敵に殺されるか自浄作用によって処刑されるか神様推薦の勇者によって討ち取られるかの運命になるように仕組んでおけと」

「そっそ、一番は敵に殺されるだね。基本的にマイナスが付かない死に方だから。さて、それじゃあ私はそろそろ帰るわ」

「はい、ありがとうございました先輩」

「気軽に頼ってくれていいからねー」

「あ、鍵は返して下さい」

「嫌です」


 そう言って次の瞬間には姿を消したシエナだった。

 シエナに伸ばしたエリナの手が虚空をさまよう。

 ターシャはばさばさとまとめたファイルを机に重ねた。


「さ、エリナ様。シエナ様の助言を元に計画をねりましょう、今夜は寝かせませんよ」

「ターシャ、そのセリフは何か別の含みを感じるんだけど?」

「ライバルの登場とは予想外でした」

「よくわからんないけど」

「わからなくて良いのです。私の目的はエリナ様により高位の女神になっていただくことですから」

「ターシャは私にはもったいないぐらい立派な補佐官よね」

「女神が昇格すれば自動的に私も昇格ですからね、私自身が昇格試験を受けるより遥かに楽です」

「その本音は隠しといてほしかったなー」


 ターシャのわりと俗物的な発言にエリナは前言を撤回したくなるのだった。

地の文と会話を始めた時はどうしようかと思いました。

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