Welcome back, Blue blood Memories.
天使に悪魔、人魚に魔法使い。ファンタジーだ、この上もなく。
「だから君もファンタジーだよ、僕にとっては」
そう向かいのアンティークな椅子に座る彼に言えば、呆れたように溜め息一つ。
「お前の目の前にいる、実際に存在している、認識可能な私を“ファンタジー”? 呆れるね全く。お前の頭の中身の方がよっぽどファンタジーだ」
「ケンカなら言い値で買うよ」
すぐ傍にあるテーブル、その上の果物カゴに入っているのはリンゴやオレンジ、ブドウなんてのもあるけれどつまり、皮をむくべき果物たちだ。当然横には果物ナイフ。
風にふわりと揺れたカーテンと太陽光に、その刃先が光った。それを見ている僕を見ている彼の目。
眼。
切れ目のような瞳孔を持つ、その眼。
「いくらお前が暴力に長けた人間であっても、吸血鬼の私に勝てると思うのは全く、本当に、」
ファンタジーだ。
そう言い切る前にガタンッと音を立て、僕の座っていた椅子が倒れる。そして彼の首には果物ナイフ。
無意識にぺろりと唇を舐めて、僕は目を眇める。
「そんな安く売ってくれるとは思わなかったよ。お礼に首をむいてあげよう」
「果物の皮のように?」
そう問いかけて彼はふっ、と知的に笑う。ああ、その美貌、黒いコート、血の気の無い肌。貴族とはこういう人物を指すのだろう。とっくの昔に失われたような、その誇り高き様相。
確かに彼は吸血鬼だ。失われたはずの古きを今なお、継続して持つ不老不死。
その笑みについ気をとられたら、首に冷たい感触がした。
目だけを下に向ければそこには、彼の白い腕が見えた。冷たい感触は首を這い、広がり、ゆっくりと力を入れてくる。
首を絞めているのだな、と確認して、目を前に向けた。先程の笑みはなく、ただじっとこちらを見てくる眼。
「……抵抗しないなら、続けるが」
細くなってきた気道から声を上げる。
「嫌だ」
そうしてそのまま見詰め合う。互いの首にナイフと手を掛け合いながら。
視界が歪む。けれど、彼の首には血の一滴もこぼれない。それが何だか悔しい。当然、ナイフを握る手は少しもぶれさせないよう、最大限の注意を払っているから。
しかしそろそろ傷がつく。
僕の視界は歪んで揺れて、どうしようもなくなってきたから。
「……っ、ぃう、の、ぁ、っぁだ」
死ぬのは嫌だ。
そう彼に訴えかければ、首を圧迫したまま立ち上がり、そっと僕を横たえた。ああ、木でできた床は乾燥していてどこか生温いね。不快感はないけれど、少し落ち着かないよ。
はくはくと喘ぐ僕の口に彼もまた、自身の口を近づける。
そうして柔らかく、優しく、囁くように。
「死なないだろう。お前は息を止めた瞬間、吸血鬼として生きるのだから」
声を出そうとして、けれど手が強張っただけだった。それはナイフを持つ手であり、彼の首は、その白い首は、赤く滲んだ。
「っ、――っ」
ごめんと抗議の意味で呼んだはずの彼の名前は、もはや音にすら成らない。
「ねえお前、私はもうロミオとジュリエットにはうんざりなんだ。お前はこの茶番が大層お気に入りだったようだが、私はもう待てない。いくら退屈だからといって記憶を失くし、人間として私に出逢い、また愛しそして死んだ瞬間戻るといってもね、寿命まで待てないぞ。どうか私を、」
――冷たい腕で抱き締めてくれ。
意識が途切れる瞬間、ひやりと口に触れるのは、蘇生する彼の愛への祝福。
タイトルの Blue bloodは貴族の血を意味しています。吸血鬼って貴族っぽいよねということでつけました。
読了ありがとうございました!




