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小鬼の巣窟

 くそッ! 思ったより森の中の道が遠い。ショウタが思ったよりやるから調子に乗って道から大きく離れていたのが裏目に出ている。


 見えた! 140センチほどの小柄な体格、ギイギイと聞くものを不快にさせる鳴き声。おそらくゴブリンだろう。


 女性とゴブリン、最悪の組み合わせだ。ゴブリンどもは一本の木のしたに集まって、互いに踏み付け合いながら木を登ろうとしている。木の上には少女が一人、涙目でふるえていて、今枝を握っているその手は恐怖により力が入らないのだろう、ふるふると震えていて、今にも滑りそうな手は、見ているこっちがはらはらさせられる。


「今から助けるからもうちょっと木にしがみついてろ」


 そう声をかけてゴブリンの群れに飛び込み、相手がこちらを向く前に肩を蹴り砕き、首をへし折る。蹴飛ばしたゴブリンがもう一匹にぶつかり、重なり合って倒れこんだところに、剣を抜き放ちまとめて刺し貫く、振り向きざまの切り払いで首を飛ばす。臭い血の噴水をバックに、ショウタの方を見る。あちらもちょうど最後の一匹に片手剣を突き刺したところだ。


 俺たちの奇襲により蹴散らされたゴブリンの死体が転がる中、木の上でふるえていた少女にショウタが見上げるようにして声をかける。


「もう大丈夫だよ、下りられる?」

「は、はい。下りられま、キャア」


 返事をして下りようとしたとたん手を滑らせ、頭の方から落ちた、下で見上げるようにしていたショウタに向かって。


 ショウタをクッションにした神官服をまとった少女はショウタの顔にその神官服を押し上げる別のクッションを押し付け、窒息させんとしている。苦しそうにショウタがモゴモゴいうとくすぐったそうに体が反応している。


「いたた、あ! すみませんすぐどきます」


 少女が立ち上がり、離れると少女の下からは顔を真っ赤にしたショウタが現れた。それはしばらく呼吸ができなかったからなのか、それとも違うのかは聞かないでやるのが情けだろう。


「ありがとうございました、私の名前はユーリです。あのままだったら私……」

「それで? 連れは? まさか神官がソロで森に来てるわけじゃないだろう?」

「そ、そうなんです。助けてもらった身でさらに厚かましいのですが、さっきのゴブリンに一緒にいた仲間が連れていかれちゃったんです」

「で、そいつも助けてほしいと?」

「はい。どうかお願いします」

「グレイ、助けにいこう」

「わかったわかった、助けに行こうか、俺の名前はグレイ、こっちはショウタだ」

「はいっ、よろしくお願いします」


 さっとあたりを見渡すと、確かに踏み分けられた藪があり、それを追っていけばゴブリンどもの巣には着けそうだ。


「連れていかれたのはこっちであってるか」

「確かそっちであっていたはずです」


 その辺に落ちていた自分のメイスなのだろう、それを拾っているユーリの確認も取れたので、急ぐことにする。男でも女でも時間をかければ取り返しのつかないことになるのはあきらかだからな。


 俺が前を行き、少しでも進みやすい道を後ろの二人に示してやる。ショウタは難なくついてくるが、ユーリは辛そうだ。基礎体力もそれほどないのだろう。時々後ろを気遣いながら痕跡をたどること30分、前の方からぎゃあぎゃあ声が聞こえてきた。後ろに止まれとサインを出し、少し前に進むと、少し傾いた斜面にあいた横穴を出入りするゴブリンが見えた。あそこが巣穴で間違いないだろう。


 二人のところにもどって作戦を立てることにする。


「ゴブリンの巣穴があった、今から突入しようと思うが、お前らもくるか? 中でどんな目にあっても冒険者である以上はすべて自己責任だがな」

「俺は行くよ」

「わ、私も行きます」

「いいんだな?」


 俺の確認にうなずきで返した二人に続きを話す。


「わかった、ならショウタと、えっと」

「ユーリでいいですよ」

「ならユーリは2人で動け、ユーリは神官だろう? 前衛がいないとどうしようもないからな。ちなみに聞くが、何の神だ」

「大地と五穀豊穣の神です」


 そのたわわに実ったショウタを窒息させかけた悪魔の果実は豊穣の神のご利益なのかねえ。ふざけてる場合じゃないな。一瞬よぎった雑念をごまかすように次の言葉を紡ぐ。


「なら問題はない、ショウタ、今回の作戦はスピード重視だ。確実にそちらにも流れていくと思うが、今のお前なら簡単に勝てるはずだ」

「わ、わかった」


 すこし緊張してるのだろうか、後ろに一人いるというだけで感じる責任というものは倍増するものだからな。


「とりあえず、入り口付近のを先に片づける、そして中の奴に連絡されたら困るから洞窟側には俺が回り込むから、お前ら二人はこちら側から攻撃してくれ」


 そういって俺は、空中を踏んで木の上に上った。俺のこのブーツは実はスパイスパイダーの足の先と風イタチの皮でできていて、消音性にすぐれ、また天井などに立つことができ、空中を踏める魔導具である。かなり長い間愛用していて、しっかり俺の足のにおいがついており、最近は匂いが取れなくなってきているのが玉に瑕だ。


 高いところから一気にゴブリンどもの頭上を越えて洞窟の入り口に立った俺は中と外を分断する。近くにいた一匹をゴブリン密度の高いところに突き飛ばし、混乱を起こす。ゴブリンどもの騒ぐ声をきっかけに茂みからショウタたちが飛び出してきて、片っ端から切り捨てていく。ユーリの補助魔法が乗っているのか、先ほどまでよりもさらにあっさりゴブリンを倒している。補助が乗っているとはいえ数の多い相手を圧倒するショウタを見てユーリは唖然とした顔だ。


 なんとかして洞窟に戻ろうとするゴブリンどもをあしらいつつ、できるだけショウタ、ユーリコンビにゴブリンを回してやる。


「よし、これで中にはまだ俺たちのことは伝わっていないはずだ。あとは中に入って遭遇した奴を逃さなければ、俺たちが侵入していることがばれるまで時間がかかるはず。いくぞ」


 洞窟にはいる。もともとゴブリンが掘った穴ではないのだろう。土がむき出しの天井は4メートルほどもある。まあこれだけ高ければブーツで後ろに回り込んで挟み撃ちに持ち込めるので非常に都合がいいことは確かなのだが。


 見敵必殺、サーチアンドデストロイ。出会うやつらを出合い頭にどんどん切り捨てていく。二人にある程度回すのも忘れない。そんなこんなで10分ほど経過した。



 ------



 目の前にあるゴブリンが作ったと思われる粗末なドアを蹴破って中に突入する。周りをみるがどうやら今はゴブリンはいないようだ。


 以前、盗賊のアジトに入った時よりもひどい生臭い匂いが中には立ち込めていて、粗末な縄で拘束された女性が何人もおり、そのうちの何人が生きているのか全く定かではない。手足の一部がない者、眼が虚ろなもの、一番ひどい者は腕を縛られ、足を開いたあられもない姿で拘束されている。股間には粘液が生乾きでこびりついており、その濁った目はなんの光も映してはいない。


 こういった光景はいままで何度か見てきたがいまだに慣れない。いや、慣れてはいけないと思う。そっと目をそらすと、明らかにまだ綺麗なままの少女が縛られて転がされていた。後ろで口を押えているユーリに確認すると、彼女だと返事が返って来たのでそちらに近づいていく。口には縄が回され、声を出せずに唸っている。とりあえず、口の縄を外してやる。その口からでたのは感謝の言葉ではなく怒りの声だった。


「ばかユーリ!!!もしあのまま運よく助かったら逃げなさいって言ったでしょ!なんで来たのよっ!!!」


 言葉こそ悪いが、彼女は本当にユーリを心配していっているようだ。


 彼女の罵倒のような心配の声を聴きながら手足の縄をほどいてやる。完全にほどいたら彼女は立ち上がってからこちらに向きなおって頭を下げてきた。


「本当にありがとうございました。もうユーリから名前は聞いているかもしれないけど、ルナと言います」

「まったく、口の縄をほどいてからの第一声が怒鳴り声だったのはびっくりしたぞ。俺の名前はグレイ」

「ショウタです」


 俺がそう指摘すると、顔を赤らめて、少し恥ずかしそうにしながらそのことを謝ってきた。


「あの、すみませんでしたぁ。お礼が先ですよね。私のことはルナって呼んでください」

「わかったよ、ルナ、早速で悪いが普段の武器は何を使ってる」

「双剣です」

「そうか、ここにはないみたいだな、とりあえずないよりはマシだろ、これでももっとけ」


 そういって腰にさしている片手剣を鞘ごと外して投げ渡す。


「あ、え?こんなの借りられないですよ、ミスリルで出来てるじゃないですか、なんでこんなの持ってる人がゴブリンの巣にきてるのよ」


 焦りのあまり丁寧な言葉が崩れているな。


「気にすんな、そもそもそんな物なくてもゴブリン程度なら遅れはとらないさ」

「いや、だからそういう問題じゃなくて……」


 そんなやり取りをする裏で、俺の耳は確かに捉えていた、巣の中に響き渡る、ゴブリンたちの……怒りの声を。



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