森の奥にて
「あ、グレイさーん。おはようございますー」
「ああ、おはよう。何も来なかったか?」
「私の時はなにも来ませんでしたねー」
起きるには少し早かったか。連続して長い睡眠を取れなかったせいかまだ眠いが、目が覚めてしまったものは仕方がない。
まだ燻ぶっているたき火をその辺の木の棒でかき回して、小枝を何本か放り込む。
近くの木に背を預けて座り込んで、細い煙を眺める。袋から水の魔石をだし、中に保存されている水をコップに注いで、口をすすぐ。
堅い干し肉を眠気覚まし代りに噛んでいると、寝起きでぼーっとした頭がはっきりしてくる。
口をもごもごさせながらだんだん太くなってくる煙を眺めていると、テントの方でもごそごそし始めたようだ。もうすぐみんな起きてくるだろう。
――――――
目の前で口を全開にしている所に剣を握った右手を思いっきり突っ込む。オオカミは口の奥に手を突っ込まれると口を閉じることができないため、喉の奥を貫かれたオオカミは俺の腕を傷つけることなく絶命した。
「やはりオオカミばかりね」
「それに目が赤いのしかいねーみたいだが」
そうなのだ。ある一定のところから、出てくるオオカミの目の色が赤いものばかりになってきていた。
大気の魔力濃度の影響で魔物化しかかっている生物は個体差がおおきく、目に見える特徴にもばらつきが出る。目の色、体毛体表などだ。
それがどの個体も一定の共通した特徴を持っているとなると、違う要因の可能性が高い。強大な力を持った存在による眷属化などだ。
「いよいよもって面倒になって来ましたわね」
これは……ちょっと早めに引き返すことを視野に入れるべきだろう。
そう思ってかがんでオオカミに向けていた視線を上げようとした瞬間に、近くの茂みから葉っぱがこすれる音がした。
なんだ!?ぱっと音のした方に顔を向ける。だいたいの方向は把握したが、どの茂みかまではわからなかった。
「今、なにかいたよな?」
「姿は見えませんでしたが、音は聞こえましたわね」
全員立ち上がり、周囲を見渡して警戒態勢をとる。隠れてこちらの様子を伺っているのか?今までの相手よりも知能が高いのかもしれない。
ガササッ
こっちか!振り向くとこちらに向かってはっきりとは確認できないが、人型が飛びかかってきていた。
「こっちだ、来たぞ!一匹だ」
俺の声に反応して、背中合わせの状態から散開したのを背中で感じた。
腕らしき物を振り上げて迫ってくる人型の何か、その振り下ろしてくる腕を取って、こちらに来て上がった身体能力で地球にいたころ齧っていた柔道を再現したインチキ柔道で地面に転がす。
腰に佩いた鞘から片手剣を素早く抜き、首にあたる部分を切りつける。
青々と茂った下草にピッと血が飛び、抵抗が弱まった。
ふう。危なかった、なんなんだこいつは。
改めてよく見てみると、長い鼻、苦しんで開けた口からむき出しの鋭い歯。灰色の毛並みに全身おおわれた、オオカミをまるで二足歩行にしたらこうなるだろうという容貌をしている。その見開かれた目は赤い。人狼とでもいうべきだろうか。
「おいグレイ、のんびり観察してる場合じゃねぇ。周りみろっ!!!」
「ドンちゃん!!!」
ドシィと重たい音が後ろでし、キースの声に反応し周りをみる。
これは……。
見る限り周りをさっきの人狼に囲まれている。おそらくまだ姿を見せていないのもいるだろう。
まずい、あまりにも数が多い。俺がそこまで考えた時、重たいものが走る音がし始めた。ドンちゃんの上にはステラとキースとルイーゼが乗っている。
「先行きます、突破しますわ」
重たい足音に紛れて、木々をなぎ倒す音、オオカミのような悲鳴が聞こえる。
今、足元にある死体は持って帰る必要があるな。
魔法の袋に人狼の死骸を回収し、すでに空に浮かんでステラたちを追いかけ始めていたメリルを追いかける。
ブーツをフル活用し、蹴散らされ、陣形の崩れている人狼の上を越えていく。ドンちゃんが踏み散らかして作った道から少しそれてまだ木々の残っている所で木の上に登り樹上を移動しつつ、雄たけびをあげてステラたちを追いかけていく人狼の頭上を進む。
あいつ、周りに指示を出してるみたいだな。ちょっとかき乱してから行くか。
そう思い、相手のちょっと前に出て上から光魔法のこもった石に起動用の魔力をちょっと流し、目の前に落としてやる。
ステラの魔法の光がこちらまで届いている。その光を一瞬上書きする程の光が後ろから俺を押す。
「「「きゃううん」」」
よしっ、うまい具合に炸裂してくれたようだ。人狼たちが混乱の悲鳴を上げている。
また脇にそれ、移動速度のギアをもう一段階上げる。徐々にドンちゃんが近づいてくる。直線で走るとドンちゃんの方が早いはずなので、俺を待ってくれているようだ。正直助かる。このままブーツを使って走っていては、逃げ切る前に体力か魔力が尽きるだろうからな。
「グレイッ!アレ持ってるのあなたでしょっ、町の方向はこっちであってるの?!」
「もっと右だ、行き過ぎだっ。あとちょっと左!」
「ドンちゃんの足でまっすぐ走れば1日ほどで門まで行けるはずですわッ!!」
ドンちゃんの周りに群がってくる人狼を炎で吹き飛ばしながら、門までどれだけかかるかの予測をする。
1日か、今夜はどうやら徹夜のようだ。5人を乗せたドンちゃんはさらにスピードを上げる。ただ、走る速さを犠牲にしての重装甲を持っているため、人狼を振り切ることはできず、ドンちゃんの上からルイーゼ以外の各々が攻撃を飛ばす。
「私もこの剣が振れれば遠距離から攻撃できるのだけれど……」
さすがにルイーゼの新しい両手剣を振るスペースはないからな、ちょっと待機しててくれ。
「後ろに今何匹いんだっ!」
「たくさんですー」
メリルはいつもと変わらない間延びした声で返事をしつつ、後ろに竜巻を起こし、後続の人狼を巻き上げる。
「メリル、そんなに派手なのは要らないぞ、妨害して引き離すくらいにして魔力を節約しろッ!」
「はいー」
相変わらずわかってるのかわかってないのか、わからない返事だが、俺を含めた他のメンバーが多かれ少なかれ焦っている中、いつもの普段のペースを一切乱さないメリルのこの図太さはぜひ見習いたいものだ。
「グレイッ、あの初めに倒したのは回収しましたのッ!」
「ああ、大丈夫だッ!ちゃんと持ってきたッ」
「無理に下に降りて回収しなくてすむわね」
ドンちゃんの上で周りの騒音に負けないように怒号が飛び交っている。さっき投げた光魔石を後ろに放り投げる。
どこまでリソースが持つか、やってみるしかないか。
「みんな、ペース配分だけは間違うなよッ!!!」
――――――
森を抜けた。もう王都はすぐそこだ。
「メリルッ、先に行って門番に状況を知らせてきてくれっ」
「わかりましたー」
風を使って浮かびあがるメリル、そのペースはかなり魔力も厳しいのだろう、スピードの落ちてきたドンちゃんと同じくらいだ。
「ステラ、すこし時間を稼ぐぞ、ドンちゃんのペースを落としてくれ」
「わかりましたわ」
ドンちゃんのペースが目に見えて落ちた。それは後ろの数の少なくなってきた人狼たちもわかったのだろう。かなりの数が脱落していたようだが、それでもまだたくさんいる人狼は気合の咆哮だろうか、遠吠えを上げて一気に迫ってくる。
予定よりも早かったので、まだ陽は昇っておらず、東の空の色がわずかに白んできている程度だ。
暗いと薄暗いの中間のような空間にステラの火の玉が落ちて、見えなかった人狼の顔を照らし出す。一晩中そうであったのだが、仲間が吹き飛ばされているにも関わらず、一切ひるまずこちらに向かってくる人狼は狂気を感じさせる、その顔は恐ろしいが、何かに怯えているようにも見える。まるで、俺たちを殺さないと、ほかの誰かに殺されるとでもいうかのように。
尽きかけているリソースを振り絞って抗戦する俺たち。そろそろ完全に限界がきている、メリル、早くしてくれ。
俺たちのそんな願いが通じたのか、王都の方から緊急を知らせる鐘が響いてきて、門に煌々とした光がともるのが見えた。
よし、あとはあそこまで行くだけだ。
「ステラ、見えてるかッ」
「ええ、大丈夫ですわッ」
ステラの意をくみ取ったドンちゃんは王都に向けて、もう一度加速する。
「これで打ち止めだッ!!」
最後の光魔石の光を受けて、地面に足跡を穿ちながら逃げる俺たち。
「そろそろですわ」
ステラの言う通り、門の前に兵が待機しているのが見え、ドンちゃんを見ても慌てる様子はなく、メリルの伝達がうまくいっていることを分からせる。
直前でドンちゃんを消し、転がるように兵隊の後ろに行く。人狼たちが兵隊の掲げる光の範囲に入ったのだろう、異形の姿を見てどよめきが広がるが、時の声を上げて突撃していく。
「私も行ってくるわ、まだまだ力が余ってるしね」
そう言い残し、ルイーゼも目の前で広がる騒乱に飛び込んでいった。
俺たちが戦っているのを見ているだけなのが、相当悔しかったのか、うっぷんを晴らすように剣を振っている。
怒号と悲鳴の渦が収まったころ太陽が一部顔をのぞかせ、人狼の死体と鎧をまとったわずかな骸を照らし出した。
そしてそれは俺たちに生きて帰って来たことを実感させ、俺も体の力が抜け、ドサッと尻餅をついた。
そして俺は報酬が出来高の依頼だったことを思い出して、アンドレイにしっかり依頼を請求しようと思った。そして強烈な眠気に抗いきれず、仰向けになりながら、俺はもう一つ思い出した。
これ……罰則依頼だからただ働きだったわ……




