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Code.8 Confess

“――私だって鬼じゃないの。猶予はあげる。まずは一ヶ月よ”


 ヴィアンカ=シュヴァルツは、一見なよやかな、優しげな顔をした女だった。

 緩いウェーブの掛かった長いブロンドの髪に、空色の瞳。笑っていないその目には、赤いふちの楕円形の眼鏡が掛けられていた。

 彼女は、数人の男女を連れていた。それらがすべてリプログラムされた遺体基礎型合成兵器(ゴーレム)だと分かったのは、彼らに取り押さえられ、一度気絶させられたあと、再び目覚めてからだった。

 目覚めた時、ヴァルカは恐ろしい手術でも受ける直前の哀れな患者のように、手足と頭部を手術用のベッドへ縛り付けられていた。


“あなた方の血管には、さっきコレを埋め込んだの。何だと思う?”


 やはり恐ろしげなことを口にしながら、シュヴァルツは、ヴァルカにも見えるように角度調整したモニターを示した。

 モニターには、何かのカプセルのようなモノが映し出されている。そのカプセルに、継ぎ目は見当たらなかった。

 それにしても、あなた()とはどういう意味だろう。

 ヴァルカは、無意識に視線を巡らせた。

 すると、ヴァルカの両隣、そのまた隣にも、ヴァルカと同じようにベッドへ拘束された人が無数にいることに気付く。


“これはねぇ。爆弾よ。あなた方にも分かるように拡大して映しているけど、血管に入るくらい小さい……そうね、ナノサイズの爆弾。但し、威力は絶大。ちょっと確認してみる?”


 モニター画面が切り替わる。そこには、椅子に両手足を括り付けられた男性がいた。彼は、拘束から逃れようと暴れながら、“何をするんだ! 放せ! 助けてくれ!”と叫んでいる。

 しかし、直後には爆音と共に叫びは途絶え、煙で画面は一杯になる。

 “少し、早送りするわね”と言ったシュヴァルツの言葉通り、すぐに画面から煙は晴れた。つい先ほどまで男性が座っていたはずの空間には、誰もいなくなっている。

 よく見れば、男性が座っていたと思しき椅子の破片と、血痕のような赤い飛沫だけがわずかに残されていた。


“今のは、あなた方の体内にあるのと同じ爆弾を体内に仕込ませてもらった方。ただ、私の頼みを無碍ムゲにしたの。だからこう(・・)なったのよ”


 クスクス、という楽しげな、聞く人間には耳障りな笑い声と、ヒールが床を叩く音が、絡まり合って彼女の説明を不気味にいろどる。


“……頼み?”


 眉根を寄せたヴァルカが呟くと、おや、というようにシュヴァルツがヴァルカに目を向けた。


“そう、頼み。簡単なことよ。スィンセティックの遺体を、これからどんどん運んできてくれればいいの。フィアスティック、ヒューマノティック、ゴーレムの種類は問わないわ”


 さも、これから園児にお菓子をあげようとする保育士のような微笑を浮かべて、シュヴァルツはヴァルカの顔を覗き込んだ。


“遺体を運んでくるって……どうやって?”

“やっつけて殺して、その遺体を運ぶだけよ。運ぶ機材や車は、こちらで用意するから。この人数で掛かれば、世界のスィンセティックを殲滅するなんて、数年で完了するわ。でしょう?”


 この人数、というのが、ヴァルカにはどのくらいか見当は付かなかった。だが、ただの人間が、いくら何年もの戦闘訓練を積んで、厳重に武装していたとしても、スィンセティックのたった一体とさえ互角に戦うのが難しいことは、ヴァルカは骨身に沁みている。


“現実的に一人では不可能よ。先生と出会った時、あたし言ったでしょう。フィアスティックと戦って、命辛々引き上げるしかなかったって。撤退できたのだって奇跡に近かったって”


 真剣に、シュヴァルツを見上げた。

 心から話せば分かってくれる。そう思ったのに、シュヴァルツはどこまでも非情だった。


“それは、人間の戦闘力レベルの話でしょう?”

“どういう意味?”

“だったら、あなたをヒューマノティックにしてあげる。そうすれば、一体くらいとなら互角に戦えるから。ね?”


 は? と覚えずヴァルカは口に出しそうになって、どうにか呑み込んだ。ただ、唖然と目と口を開けてしまうのは、どうしようもなかった。


“それって……あたしもいずれ殺すってこと? あたしが、あなたに何をしたって言うの?”

“あらあら、それはどういう意味?”

“だってそうでしょう? あなたはいずれスィンセティックを殲滅するって言った。なら、あたしがヒューマノティックになったら殺すってことでしょう?”


 シュヴァルツは、その優しげな細面に、困ったような微笑を浮かべた。


“どうしてそんな、悲しい誤解をするの? 私だって、無駄に犠牲は出したくないの。その為に、あなたをスィンセティックと互角に戦えるようにしてあげるのよ。大丈夫。スィンセティックの掃除が済んだら、あなたの身体も元通りよ”

“……なら、ヒューマノティックは殺さなくてもいいんじゃない? 元通りにできるんでしょ?”

“それは無理よ。彼らの中には、自分の内臓がない子もいるし、すでに多くの血でその手は汚れてる。彼らの意志でなくても、それは償わなくちゃ……私の息子(・・・・)を、殺した罪をね”


 一瞬、醜悪な微笑にその顔を歪ませたシュヴァルツは、すぐに目の笑わない笑顔を浮かべた。


“とにかく、早く決めてちょうだい。ほかの方々もね。私も、掃除用の手駒を増やすのに忙しいの”

“決めるって”

“ヒューマノティックになるか、このままスィンセティックの前に放り出されて自爆するか――それだけでも一人の爆死につき、一体は必ず片付くんだから御の字よ。ヒューマノティックになれば、大抵のスィンセティックとは一人で対峙できるはずだから、もっと助かるわ。ヒューマノティックになるのが嫌なら、サイバネティックを脳内に埋め込んであげる。ただ、その場合、自我がなくなるかも知れないけど、どうする?”

“全然ありがたくない三者択一って奴ね”

“なら、こうしてあげる”


 優しげな微笑を浮かべた女科学者は、ヴァルカの左腕をそっと愛おしげに撫でた。瞬間、チクリと何かが上腕部に刺さる。

 息を呑んだ直後には、そこが容赦なく破裂した。


***


「……痛い、なんてもんじゃなかったわね」


 無意識に左上腕部に添えた右手を握り締めながら、ヴァルカは何かを嘲るような笑みを浮かべた。

 それが果たして、彼女自身に向けられたものか、女科学者シュヴァルツに向けられた憎悪かは分からない。

 その当時、注射器で射し込まれたモノは、やはり超小型爆弾だったらしい。破裂したそれで、彼女の左上腕部は綺麗な半円状に抉れたという。

 ただ、彼女が握り締めたその左上腕部は、服の上からでは変わったところはないように思えた。

 すると、エマヌエルの言いたいことに気付いたのだろう。「見る?」と、ヴァルカは自身の左上腕部を示した。

「派手に抉られたから、肌の色とか変わってるけど」

「いや、いい。見て面白いモンじゃなさそうだ」

 エマヌエルは、無表情で小さく首を振った。ヴァルカは苦笑のような、歪んだ笑みを浮かべたまま、話を戻す。

「どっち道、フツーに治るの待ってても、筋肉も骨も、そのほかの細胞も再生は難しかった。通常医療なら、切断って診療方針しか下らないような怪我だったわ。それを差し引いても、あの場にいた看病してくれそうな人間は、あの女と、彼女に賛同する研究者だけだったから、あそこでヒューマノティックへの改造を受け入れなかったら、失血死してたと思う」

 死にたくないから改造それを受け入れた――そう彼女が言った意味が、初めて腑に落ちた。

 脅迫に屈したとも言えるが、目の前にある死から逃れる為の、まさに必死の選択だったのだ。

「でも、サイバネティックの埋め込み打診する割に、洗脳プログラムチップは持ち出さなかったんだな、その女」

 疑問に思ったことを口にすると、ヴァルカはヒョイと眉尻を持ち上げた。

「あんたも言ってたじゃない。稀な確率だけど、欠陥品があるって」

「……ああ」

「あの女だって、裏研究者の一員よ。その辺は理解してたみたいね」

 何百分の一かでも、現状で失敗したら廃棄するしかないが、それは損でしかない。そうして生まれた不良品を新たにゴーレムにするのも骨が折れるから、というのがシュヴァルツの言い分だったようだ。

「もっとも、その時に彼女が言った『欠陥品』の意味はよく分からなかった。あんたに説明されて初めて納得したんだけど……少なくとも、爆破期限の延長をしてもらえる、のは本当だった。最初に与えられてた期限は一ヶ月。もちろんそのたびに、現在地がとっさに分からない彼女のところに持って行くのは骨だし、その辺もあの女に抜かりはなかった。獲物が確保できた時点で彼女に連絡を取ると、近くにいる、彼女の賛同者である元裏の研究員と接触できるよう計らってくれる。そのシステムは、すでに構築されてた」

「……で、そのシステムが回ってるのがイグズィーってトコ……それがある種の組織なのかはよく分かんねぇけど……そいで今回、爆破期限の延長措置をしてくれるはずだったのが、あのウェルズだったってことか」

「そゆことね。EXSYイグズィーはいわゆる、対スィンセティックのレジスタンス組織よ。それも過激派に近い。すべてのスィンセティックを悪と定義して、殲滅をうたってる」

 ヴァルカは、先刻感情の揺れを見せたのが嘘のように、淡々と答えて肩を竦めた。

「ただ、当面の問題は、あたしが吹っ飛ぶかどうかなんだけど……それでもあんたはおとなしく捕まってくれる気はないし、あの巨大鷹も殺させてくれないんでしょ?」

「愚問だな。それに解決策ならほかにあるだろ」

「爆弾を取り除けばいいって言いたいんでしょうけど、生憎あいにくね。そんなに簡単じゃないの」

「血管に仕込んだ……って言ってたか」

 口を開いたのは、ウィルヘルムだ。

「そうよ。どういう意味か、ドクターなら分かるわよね」

 火の着いていない煙草を口元へ当てて、ウィルヘルムは難しい顔で黙り込んだ。

 彼の確認した言葉で、エマヌエルにもそれ(・・)が意味するところが分かった気がした。だがそれを、明確な『言葉』という形にしたくない。

 いくら何でも、そんな恐ろしいことを、人間が思い付くだろうか。いや、生き物を兵器に作り替えるような研究に荷担していた科学者の一人だ。思い付いても不思議はないが、スィンセティック開発以上に残酷な、そんなことを――

「……つまり、その小型爆弾はお前さんの血液と一緒に体内を巡ってるってことだな」

「ご名答」

 答えたヴァルカは、目の笑わない笑みを浮かべている。

 エマヌエルは、愕然とした。確かにそれでは、除去は容易ではない。爆弾が、ある場所にとどまっているならまだしも、常に動き回っているのでは、除去は限りなく不可能に近い。

 コトが終われば爆弾は取り除く、ついでにヒューマノティック化も解除する、だなんて、とんでもない口先だけの約束だ。

「……あんた……いつからそんな状態で」

「フィアスティックの乱が一応鎮圧されてからだから、もうじき一年になるかな」

 ヴァルカは、ごく軽い口調で言いながら、側頭部の髪を掻き上げる。

「予定外にいつ爆発するかしらって、結構気が気じゃないけど……ちなみに、あたしたちはそういう事情だから、フォトン系の能力は備わってない」

 確かに、常時移動する爆弾など抱え込んでいたら、フォトン・エネルギーを発動させるだけで誘爆する危険がある。

「……いつなんだよ、次の期限」

 しっかり理解すると、エマヌエルまで気が気ではなくなって来た。

「ヴィンツが言ったことに、過不足はないわ。きっかり半月後。ウェルズが生きてれば、もうちょっと余裕持って延長できたんだけどね」

 覚えず、舌打ちが漏れた。

 報復自体には、今も後悔はない。あの男を含めた裏研究に携わった科学者たちは、報復されて当然のことをした。

 彼らの生み出した能力で殺される、こんな皮肉もないだろう。

 そして、標的を殺したことで死ぬほど困る人間がいる、なんて知らなければ、今頃多分、後悔なんて微塵もしないまま、海の上にいた。

 だが、今回に限っては、どうにもが悪かったとしか言いようがない。

「助けてくれないなら、すぐ降りてくれる? 足なら、あの鷹クンがいるでしょ?」

 冷えた声音が前方から飛んできて、いつしか下がっていた視線を反射で上げる。

 彼女は、すぐ傍のテーブルに浅く腰掛け、俯いていた。髪の毛で隠された顔は、どんな表情をしているのかは分からない。

「……見捨てておけるかよ、寝覚め悪すぎる」

「今更善人振らないでよ!」

 え切れない、とばかりに、ヴァルカが叩き付けるように叫んだ。

「今更何なの? ついこないだまで、あたしを悪の権化みたいに見てたくせに、今度は見捨てたら寝覚めが悪い? じゃあ、今からおとなしくあたしに従ってよ。EXSYまで一緒に行って、おとなしく死んで! それができないならあんたたちにできることなんて何もないのよ、だったら何も言わずに出てってくれたほうが万倍親切だわ!!」

 見当違いにぶつけられた怒りに、同等の苛立ちが湧く。けれども、彼女の事情を知ってしまった今、反射のように罵倒を投げ返すのも筋違いのような気がして、口から出すのを躊躇ためらう。

 言うべき言葉を探す内に、ウィルヘルムが「あのさ」と先に口を開いた。彼の焦げ茶の瞳は、珍しく冷え切っている。

「他人に安易に『死ね』とか言う奴に手ぇ貸すのも気が進まねぇし、これは別にお前の言うこと疑ってるとかじゃなく単なる確認なんだが……お前の体内に本当に爆弾があるかどうか、確認取れてるのか?」

「はい?」

 再度、ヴァルカが顔を上げた。こちらへ向いた彼女の容貌の中では、眉根が盛大に寄っている。

「何言ってんの? だって」

「だって、モニターで見た男が吹っ飛んだし、自分だって左上腕部がぶっ飛ばされたのに、か?」

 淡々と冷めた口調でウィルヘルムが問うと、ヴァルカは怯んだような表情で、「……そうよ」と頷いた。

 ウィルヘルムは、火の着いていないままの煙草をまた口に含みながら、「なるほど」と続ける。

「ま、確かにモニターの中で吹っ飛んだ男には本当に爆弾が仕込まれてたのかも知れないし、お前の左上腕部にも小型爆弾が埋め込まれてすぐ爆発したのは、目の前で見たんだから本当だろう。だけど、お前の血管内に超小型爆弾が巡ってるってのは、本当に事実そうなのか、その目で確認したのか?」

「それは……」

 確認していない、のだろう。ヴァルカは分かり易く言い淀んだ末に、今日何度目かで下を向いた。

「だったら、まずは予定通り、イージドール・シティの病院に行くか」

「除去手術、できそうなのか?」

 ウィルヘルムは、深刻そうな表情を崩さずに、「確認してみねぇことには、何とも」と言いながら、口にくわえた煙草を指先に挟む。

「先にも言ったが、リヴァーモアの首都の病院にいる知り合いは、そこの院長なんだ。シリル=ルントシュテットって言って、医大ん時の同期でな。ソイツんトコは、リベルの間も奇跡的に破壊を免れたらしい。リベル前の医療機材がそっくり残ってる、希少な病院の一つだ。だから、血管内に何か異物がありゃ、それがナノサイズだろーが、グルグル巡ってよーが、確認はできるはずだ。ただ、問題はそれ(・・)が本当にあった場合の除去の方法だな。そこは――」

 ウィルヘルムがそこまで言った途端、続くはずだった言葉は前触れなくイグニッションの音で遮られた。

 反射で顔を前方へ振り向けると同時に、不安定ながらも座り姿勢を保っていたエマヌエルの身体は、ベッドの足下へ吹っ飛ぶ。どうにか受け身を取るが、壁へ叩き付けられた。

 ウィルヘルムは、どうにか座り姿勢のまま踏み留まっていた。

 ヴァルカも、突然後方に投げ出されそうになったようだが、とっさにテーブルの端を掴んで事なきを得ている。

 三人三様に車の前方へ視線を向ける頃には、車は猛スピードで走り出していた。

「――何っ……!」

「ヴィンツ!」

 ヴァルカが叫び、どうにか暴走する車の中で運転席まで辿り着くと、オーディオのスイッチを入れた。

「ヴィンツ、何してるの!?」

〈おれは、おれの務めを果たすだけだ〉

 オーディオから、平板な電子音が答える。

「務めですって!?」

〈そうだ。おれは元々、シュヴァルツ博士からお前に与えられた監視用のサイバネティックだ。忘れたのか?〉

 ヴァルカが、息を詰めたように押し黙った。その隙に、まるで踏み込むようにヴィンツェンツは畳み掛ける。

〈もちろん、おれはお前を相棒だと思っている。だから、ギリギリまではお前の意思に従うつもりだった。お前は、おれに名をくれた。おれを機械ではなく仲間として、人として接してくれた。だからお前が、シュヴァルツ博士を裏切らない限りは、おれは無二のパートナーとして、お前とやっていくつもりだった〉

「裏切るって」

〈爆弾の除去手術を受けるつもりなのだろう? そうしてお前は博士を裏切るつもりだ。ならば仕方ない。おれはおれの務めを果たす。博士の望みを果たす為に動く――すべてのスィンセティックの殲滅の為に〉


©️神蔵 眞吹2022.

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