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Code.3 Treaty

 意識が朦朧もうろうとしていた。

 視界がただ白くて、自分が何をしているのかも分からない。

 自分は、マグネタインでできた弾丸を撃ち込まれたのではなかったか。なのにどうして、いとも容易たやすく能力を行使できているのだろう。

 なぜかは分からないが、体内に許容できる以上の力が溢れ返っていて、身体が爆発しそうだった。

 実際に、何かが肉体を突き破って外へ溢れ出ているのは分かる。

 ごく近い場所から、時折悲鳴が聞こえる。白い視界に、血の赤が飛び散る。けれど、それらはどこか遠い場所――自分とは関わりないところで起きているような気がした。

 自分が何をしているのか、何かしているのかさえももう分からない。ふと気付くと、エマヌエルは白い空間でただ佇んでいた。


「――――」


 どのくらいの間そうしていたのだろう。

 不意に、何かが聞こえた気がして、エマヌエルはぼんやりと首を巡らせる。

(……何だ……?)

 耳元で、ヒュウ、と風を切る音がする。

 視線を転じたのが自分の意思だったのかさえ、もう分からない。

 前方に、赤い何かが見える。

 いや、――あか――だろうか。

(……人影?)

 ぼんやりとした輪郭が、はっきりするかしないかの刹那、巨大な鳥のようなモノが、人影と認識したものを遮る。瞬間、青白い閃光が、視界を灼いた。

 反射的に足を踏ん張り、その場に停止する。

 イメージしただけで、『それ』は目の前に出現した。

 エマヌエルの纏ったオーラを巻き取るように、薄青い半透明の渦が巻く。一瞬で壁の形をなしたそれと、何かが衝突する。

 反射的に腕を交差させて頭を庇い、身構える。身体の芯に響くような音と共に爆発が起き、土煙が舞い上がった。

 すがめるように目を開けると、煙幕に囲まれているのが分かる。

 途端、背後から強風が吹き付けて、なぎ倒されそうになった。全身に力を入れて堪えた直後、土煙が晴れる。

 その数秒ののち、半透明の薄青い壁――フォトン・ウォールが砕け散った。

「……エマヌエル?」

 上空から小さく名を呼ばれて、振り仰ぐ。

 そこには羽ばたく巨大な鷹と、その上に乗った紅い髪の少女がいた。

 それを認識すると同時に、身体から力が抜ける。

「エマヌエル!」

 叫ぶように、ディルクの声が、自分の名をかたどるのが聞き取れた。しかし、四つん這いに崩れた身体には、もううまく力が入らない。

「大丈夫か」

 そう問われてもよく分からない。

 意識が途切れる直前と同じように、息が上がって、起き上がれない。

 はっきりしているのは、この前後の記憶がないことだけだ。

「……悪い……何が、……あったか、訊いて、いいか……」

 上がった呼吸の隙間にやっとそれだけ言って、地面に崩れた。


***


「――アナフィラキシー・ショックってやつだな」


 ウィルヘルムと生活する部屋まで戻ってくると、彼は何も訊かずにまず手当てを済ませてくれた。

 全身、なぜかナマス斬り状態だったと認識できたのは、ここまで送ってくれた少女が助け起こしてくれたあとのことだ。

「アナフィラキシー・ショックだ?」

 枕にもたれるように身体を起こしてベッドに座っているエマヌエルは、眉根を寄せて首を傾げた。

 その身体は、ほぼ全身包帯で覆われている。腕に巻かれた包帯の隙間には、点滴管が繋がっていた。綺麗な顔にも、あちこち大振りの絆創膏が貼られ、頭部にも包帯が巻かれている。

「そ。お前、さっきマグネタイン弾食らったすぐあとに意識がぶっつりキレたって言ってたろ?」

「うん」

「で、そのあとはフォトン・エネルギーを全身から撒き散らしながら大暴れ……だったか? お嬢さん」

「……はあ……」

 紅い髪の少女も、まだそこにいる。彼女は何とも形容し難い表情で、気の抜けた返事をした。

「でも、アナフィラキシー・ショックってフツー、一度刺されたことある蜂とかに二回目刺されるとなるんじゃ」

 しかも、通常のそれは、重度のアレルギー反応が起きる現象だ。下手をすると呼吸困難になったり、手当てが遅れると死に至ったりすることもあるのは、エマヌエルも知っている。

「随分限定的な知識だな。まあ、まったくの間違いじゃないが」

 眼鏡の奥にある理知的な瞳が、呆れたと言わんばかりに細まった。

「っつっても、俺もまだそこまで研究進めたわけじゃねぇから、推測だけどな。お前、俺と出会った時、まだ制御装置付けられてたろ」

 吐息と共にベッド脇へ腰を落としたウィルヘルムは、自身の手首を示した。

「ああ……」

 そう言われればそうだったな、と思い出す。

 スィンセティックは、研究者や使役する者にとっては、毛色の変わった『兵器』に過ぎない。だから彼らは、その超人的な能力を外から制御する方法を考えなくてはならなかった。

 その内の一つが、マグネタインと呼ばれる鉱石を利用したものだ。マグネタインの発する特殊な磁場が、フォトン・エネルギーに作用することを突き止めた研究者たちは、それでスィンセティックたちを管理していた。

 研究所や兵器庫にいるスィンセティックは、通常、マグネタインでできた制御装置を手足に装着される。

 ふとしたきっかけで、エマヌエルは研究所から脱出できたのだが、装置の外し方が分からず、ずっと付けたまま逃げ回っていた。その所為で、フォトン・エネルギーが体内で飽和状態になり、思うように動くのが難しくなってきた頃、運悪く追っ手と遭遇してしまった。

 動きの鈍っているエマヌエルになら、普通の弾丸であっても命中させるのは簡単だっただろう。

「ホントはその時に暴走しててもおかしくなかったんだけどな」

「暴走?」

「ああ。マグネタイン製の制御装置で能力封じられてるところに更にマグネタイン製の銃弾をぶち込まれる……そうしたら、一種の相殺そうさい作用が起きてても不思議はなかったと思う。当時のお前は、フォトン・エネルギーを阻害する物質に能力を封じられた状態で、更に阻害物質を体内に取り込んだ状態だった。その時点でマグネタインの効力が体内で消失しててもおかしくなかった。だから、却って体調が戻ってもよかったはずなのに、お前の場合、完全に意識が飛んだろ」

「……まあな」

 直後に彼と出会ってなかったらと思うと、未だに背筋が冷える。結局その時は、ウィルヘルムが即席で中和剤を造って投与してくれた。

 でなければ、眠りっ放しになっていたに違いない。

「その時点でもうちょっと突っ込んで調べてたら、体質的にはそうなる(・・・・)可能性にも気付いたはずだったんだがな……俺としたことが」

 珍しく、ウィルヘルムは舌打ちを漏らす。

「どういう意味だよ」

「つまり、今回の暴走が、お前にとっての『アナフィラキシー・ショック』ってことだ。さっき言った通り、推測だけど」

「俺にとっての?」

「ああ。お前が言ったように、たとえば何らかの種類の蜂に刺されたりとか、食物アレルギーによるアナフィラキシー・ショックなら、呼吸困難その他がそれに当たる。お前の場合はその対象がマグネタインで、アレルギー反応は暴走プラス全身からのフォトン・エネルギー放出ってのが症状だ。多分な」

「多分って……曖昧だな」

「これからすぐ検査して確認してみるから。今後は気を付けろよ。可能なら絶対に(・・・)マグネタイン弾を食らうな」

 『絶対に』をいやに強調されて、エマヌエルは再度眉根を寄せた。

「……って、そんな無茶振り……」

 いくら超人的な戦闘能力を持っているスィンセティックでも、やれることに限度はある。

 マグネタイン弾は、見た目には普通の弾丸とは区別が付かない。それを、今日のようにフォトン・シールドではじけるつもりで防御したら、多分避け切れないだろう。

 しかし、ウィルヘルムはその考えを見透かしたように横目でエマヌエルを睨んだ。

「銃持った人間と相対した時に、フォトン・シールドで防ごうなんて横着しなきゃ済む話だろ。動いて避けられねぇことはねぇはずだ」

「へいへい。否定しませんよ」

 ベッ、と小さく舌を出す。しかし、これもウィルヘルムには珍しく、真剣な表情を崩さない。

「ちったぁ真面目に受け取れよ。次に同じように暴走したら、身体が木っ端微塵になってもおかしくないんだぞ。防ぐ方法も考えるけどな」

 思わず木っ端微塵になる自分を想像して、今日、この短い間に再度背筋が冷えた。

「……スイマセン、気を付けマス」

 平板な口調で言いつつ、若干目を逸らす。ウィルヘルムも一つ息を吐いて、「分かりゃいい」と言うと、エマヌエルの頭をポンポンと軽く叩いた。

「それはそうと、お前がこの状態じゃ次の仕事、パスせざるを得ないな」

「……悪い」

 これには、先刻と違ってエマヌエルも真剣に詫びを口にした。

「生活費、マジでヤバいのか?」

「当分は凌げると思うが……こりゃ、お嬢さんに責任取って貰うっきゃねぇな」

 ウィルヘルムは腕組みすると、部屋の隅に立っている少女のほうに視線を向ける。

「なっ」

 途端、少女は目を見開いた。

「何であたしが」

「だーってお嬢さんがウチの働きがしら、こんなにしてくれちゃったんだろ?」

 ウィルヘルムが、エマヌエルを立てた親指で示すと、「知らないわよ!」と少女が叫ぶ。

「第一スィンセティックなら、問答無用で狩られたって文句言えないのに――」

「何だって?」

 脊髄反射的にムッとして、エマヌエルは無意識にベッドへ手を突いた。しかし、枕に埋まった背は、意思と裏腹にそこから離れない。

 まだ身体に力の入らない状態が続いているのだ。

 吐息と共に枕に背を預け直すと、少女を睨み据える。

「どーゆー意味だよ。スィンセティックなら問答無用で狩られても文句言えないって? スィンセティックは一律で害獣扱いか?」

 少女は、何か言い返したに唇を震わせた。ばつが悪そうに紅い瞳を伏せると、弱々しく「だってそうでしょ?」と呟くようにポツリと返す。

「フィアスティックは……何だか知らないけど、ある日突然人間に牙を剥いたわ。ヒューマノティックやゴーレムは、フィアスティックたちに再プログラムされて、彼らの末端兵士として今もフィアスティックの手足も同然だもの。手心なんて加えてられない。ヒューマノティックやゴーレムは終わりにしてあげるのが救いだし、フィアスティックとは話し合いなんて通じない。殺すか殺されるかしかないもの」

「その考え方、フィアスティックと同じだな」

 クッ、と覚えず嘲るような笑いが漏れる。同時に、呆れたような流し目をくれると、少女が気色ばんだ。

「何ですって?」

 くらい光を秘めた紅い瞳が、エマヌエルを睨み返す。普通の人間なら、それだけで怖じ気付くような目つきだ。

 だが、こんな程度の睨みに怯えるような半生は、エマヌエルも送っていない。

「人間側から見たら、ヒューマノティックもフィアスティックもゴーレムも全部、『スィンセティック』って兵器なんだろうさ。けど、それはフィアスティックから見た人間も同じなんだよ。自分たちを兵器様に改造しちまった科学者と、何にも知らないほかの一般人との区別が付いてないんだ」

「だから何?」

「話せば分かる奴もいるってことさ。ディルクみたいにな」

 すると、少女が初めて戸惑う表情を見せた。その隙に踏み込むように、エマヌエルは言葉を継ぐ。

「そう言えば、ディルクに手出ししてねぇだろな」

「……あの大鷹のこと?」

「ああ」

「今日のところはね。あの大鷹には借りがあるから」

 でも、と挟んで、彼女は無表情に続けた。

「頼みもしないのに二度も助けてくれた借りは、これで返し切ったわ。今日あいつを見逃してやったのと、あいつの頼みであんたをここまで送り届けた分とでね。だから、次に会ったら遠慮しないで殺す」

「ディルクの頼み?」

 ウィルヘルムが、エマヌエルに向き直る。エマヌエルは「まあな」と言って肩を小さく竦めた。

「俺はこのザマだったし、自分じゃここまで戻れそうになかったからな。とは言え、アイツはあんなナリだから、とてもじゃないけど街中まで出られねぇからって」

「なるほど……」

 ウィルヘルムは緩く握った拳を口元に当てて、少女に視線を戻す。少女は、なぜかウィルヘルムから素早く目線を外すようにきびすを返した。

「用が済んだなら、あたしはおいとまするわよ」

「済んでねぇよ。これから引き返してアイツを殺すつもりならな」

 エマヌエルは、どうにか腕に力を入れて、今度こそ枕から背を引き剥がす。少女は、顔だけをこちらへ向けると、「へぇ」と唇の端を吊り上げ、不敵に笑った。

「面白いわ。その身体でどうする気?」

「どうにでもなるさ。多少の無理じゃ壊れねぇようにできてる」

「それこそ無茶振りだ、怪我人はすっ込んでろ」

 横から伸びて来た手に肩先を押さえ込まれ、エマヌエルは呆気なく枕へ背を埋める羽目になる。

 まさか、非戦闘員のウィルヘルムにあっさり制止されるほどのダメージだとは思わなかった。歯軋りする思いのエマヌエルを、ウィルヘルムが立てた親指で示しながら少女に向かい合う。

「俺のほうの用も済んでねぇんだ。さっきも言った通り、ウチの唯一の食い扶持稼ぎがこうなんでな。お嬢さん、どう責任取ってくれる?」

 すると、少女もウィルヘルムに向き直る。彼女の、頭頂部で結い上げられた髪が、艶やかに半円をえがいた。

「さっきも言ったけど、彼にマグネタイン弾をぶち込んだのは、あたしにとっては正当なハントの一環よ。謝罪する義理はないし、責任取る筋合いでもないわ。それにお兄さん、お医者なんでしょ? フツーの人間の診療すれば、それなりに稼げるんじゃない?」

「そうしたいのは山々なんだが、俺もまだ追われる身でね。研究所の裏スタッフ全部処理するまで、名前売るわけにいかないんだ」

「研究所の裏スタッフですって?」

「そう。お嬢さん、見たとこ色々知ってそうだな。どこまでご存じだ?」

「さあね。それに答える義務も義理もないわ。ついでに言えば、お兄さんの事情も知ったこっちゃないの。これで用は済んだわ」

「待てよ」

 こちらへ背を向け、出口へ歩み始める少女に短く言葉だけで追い縋りながら、再度、苦労して身体を前のめりに起こす。

「おいエマ」

「こっからはウィルのほうがすっ込んでろよ。名誉毀損の問題だ」

「「はあ?」」

 ウィルヘルムばかりか、顔だけこちらへ戻した少女も顔をしかめて仲良くハモった。

「撤回しろよ」

 上体を少し起こすという動作だけで上がった息を整えながら、顎を引いて低く落とす。見据えた先にいた少女は、それが自分に向けられた言葉だと分かったようだ。

「何を」

「スィンセティックを一括りで話の通じない害獣扱いしたことだ。あんた、スィンセティックの中には、科学者から不良品扱いされた実験体がいるってことは知らないんだろ」

「……不良品?」

「ああ。俺たち(スィンセティック)の脳内にはICチップが埋められてる。それは知ってるか?」

 眉根を寄せて足を止めた彼女に、エマヌエルは自身の頭部を指で示しながら続けた。

「フォトン・エネルギー製造装置のリモコン機能と、科学者や売却先の使役者たちに従うプログラムが入ってるらしいが、連中の説明によると、まれに欠陥品があるんだそーだ。幸か不幸か、俺の脳内にあるチップからは、その洗脳プログラムが飛んでた。お陰様で、自我を持ったまま今に至ってる。思い出すのもおぞましい再調教期間と実地戦闘訓練中、いっそ自我なんかぶっ飛んでたほうがマシだったって思ったことも一度や二度じゃねぇけど」

 は、と息を吐いて、手を下ろす。

「あんたがさっき言ったことは、まるっきりあの狂った科学者マッド・サイエンティスト共と一緒だ」

 彼女の感情は、読めなかった。眉根を寄せて、必死で無表情を貫こうとしているようにも見えるが、エマヌエルは構わず言葉を重ねる。

「フィアスティックたちは、ある日突然人間に牙を剥いた――あんたのこの言い方は適切じゃない。あんた、ある日突然とっ捕まえられて実験動物扱いされたら、黙ってそれを是とするのか? もちろん俺は、世界中の人間があの狂気の科学者共と同じじゃねぇことを知ってるから、俺にとっての報復の標的は連中だけだ。けど、人間と同程度の知能を与えられたフィアスティックには、人間って言えばイコール科学者しか見たことがないんだ」

「だから、何の罪もない一般人を巻き込んだ反乱リベルを肯定するってこと?」

「そうは言ってない。だけど、それがあんたの言う正当なハントの理由なのか。俺も問答無用で終わりにされるのが、俺にとっての救いだってのか?」

 すると、少女は初めて言い淀んだ。

「……それは」

「何が俺にとって救いなのかは俺が判断するんだ。あんたの基準で決められる謂われはねぇ。ディルクも同じだ。積極的にリベルに荷担したフィアスティックはともかく、アイツはあんたの正義で断罪されることはほとんどしてない」

「別にあたしは……正義でこんなことやってるわけじゃない」

「じゃあ何なんだよ」

「あんたには関係ないでしょ」

「大アリだろ。少なくともあんた基準の『救いの論理』で殺され掛けたんだぞ。あんた、自分に置き換えて考えてみろよ。自分てめぇの人生、他人の勝手な基準で振り回されるなんて納得できるのかよ!」

 元気な状態だったら、拳がベッドに振り下ろされていただろう。けれども、今エマヌエルにできるのは、爪が食い込むほどに拳を握り締め、憎悪の丈を込めて少女を睨み据えることだけだ。

 言葉の内容にか、それともエマヌエルの昏いサファイア・ブルーにか、少女が再度、息を詰めた。

 彼女の返答を待たずに、エマヌエルは畳み掛ける。

「スィンセティックっていう一括りであんたが俺たちを判断するなら……俺の言ったことの意味を考えてくれる気が一ミリもねぇって言うなら、俺も今からあんたをあの科学者共と同じに考える。腹割って話しても平行線なら仕方ない。仲間を守る為に、あんたにはこの場で死んで貰う」

「ほい、そこまでだ」

 トン、と肩先を突かれて、エマヌエルはまたあっさりと枕へ背を押し戻された。

「ッ、ウィル!」

「そこまで言ったら、立派な脅迫だぞ」

 淡々と言うウィルヘルムの細められた目を、負けじと睨み返す。

「何も問答無用で今すぐ殺すとか言ってねーだろ! 俺だって関係のない死人は出したくねぇし、選択肢は与えてる」

「主導権握るよーな強い言葉使った時点で脅迫だ。あくまで話し合いで解決したいなら最後まで武器は持ち出すんじゃねぇよ」

「話し合いする気が全っ然ねぇのは向こうだ!」

 ビシッと少女を指さして吠えまくるエマヌエルの頭を、ウィルヘルムが子犬をあやすような仕草でポンポンと叩いた。

「はいはい分かったから、怪我と熱で頭の回んなくなってる坊やは黙ってろ」

「坊やってゆーな!」

「じゃあお嬢ちゃんか?」

 女顔にコンプレックスのあるエマヌエルには、ピンポイントの地雷だ。普段からあまり長いとは言えない堪忍袋の尾は、あっさり切れた。

「てめぇが今すぐぶっ飛ばされてぇのか!!」

 しかしウィルヘルムは動じず、ただ面白そうにクスクスと笑った。

「やれるもんならやってみ。碌に動けねぇクセに」

 小さく肩を震わせながら、エマヌエルの頭を掻き混ぜるように撫でる。

 仕上げのようにエマヌエルの額をチョンと人差し指で突くと、「お前の意見には全面的に賛成だよ」と続けた。

「お嬢さんにディルクの私的死刑だけは思い留まって欲しいのは、俺も同じさ。だから」

 楽しげな微笑を浮かべたまま、ウィルヘルムは煙草を取り出してくわえながら少女に視線を投げる。

「交渉人交代と行こうか、お嬢さん。いや――」

 意味ありげに言葉を切ったウィルヘルムの唇に、不敵な笑みが浮かんだ。

「『紅き疾風(クリムゾン・ゲイル)』」


©️神蔵 眞吹2022.

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