Epilogue
『――ご機嫌よう。珍しいのね、あなたから直接連絡が来るなんて。――Υ1930』
(誰のご機嫌がいいってんだよ、こんのクソ婆)
Υ1930、こと、ギャルヴィン=ブレンドン=スタンリー=ウィッティングは、スピーカーフォン状態にしてある携帯端末から流れる柔らかなメゾ・ソプラノに、表情一つ変えずに内心で毒突く。
口に出したが最後、クソ婆と言うには一つしか年齢差のない彼女の握る起爆装置のスイッチが、ポチッと押され兼ねないので、お聞かせする勇気はないが。
「……お疲れ様です、ドクター・シュヴァルツ。夜分遅くに申し訳ございません」
ヒューバート=ミラー辺りに聞かれたら、『お前でも普通に敬語が喋れるんだな』と言われそうな話し方で、型通りの挨拶をする。
『嫌ぁね。疲れてなんかいないし、まだたまたま起きてたから大丈夫よ? それで? どうしたの?』
机に置いた端末は、先刻と変わらない口調のメゾ・ソプラノが重ねた問いを、忠実にギャルヴィンに伝えた。
「……失礼ながら、先ほどハード……いえ、サイバネティック・ナンバー4989から本日の報告が行ったと思うのですが」
ちなみに、パートナーとして与えられた、サイバネティック・ナンバー4989の呼び名・ハードは、ギャルヴィンが付けたものだ。
単純に、『サイバネティック・ナンバー4989』という呼び名が長すぎるのと(4989、という識別ナンバー自体は、ヒューマノティックやフィアスティックにもある為、紛らわしいのだ)、東島国で使われるという数字の語呂合わせ(=4989=四苦八苦)を元に考えた呼び名だった。
『うん、聞いたわよ?』
正式な識別ナンバーで言えば、シュヴァルツにも伝わったらしい。
『そちらに返信として、新しく指令が行ったはずね。何か、不明な点でもあった?』
「いえ……Χ3310の処遇ですが、間違いはないのかと思いまして、念の為の確認を」
すると、変わらぬ調子の声が『ええ』と躊躇いなく肯定の意を示した。
『間違いはないわ。今後、彼女の所有権は、STFに委譲。彼女に干渉することは、EXSY内の何人もしてはならない。私も同意したの』
「なぜそんな」
声高に言い掛け、ギャルヴィンは危うく口を閉じる。
「……申し訳ございません。差し出たことを」
『いいのよ』
クスリと楽しげな笑いを挟んで、シュヴァルツのメゾ・ソプラノが歌う。
『急に方針転換すれば、一兵卒とは言え、疑問も無理はない。業務に支障のないように、疑問点は常に解消しておかないとね。ビジネスの基本よ』
「……もちろんです」
『Χ3310の処遇だけどね。委譲はしたけど、その後彼女が破裂しても、私は責任持たない。そういう契約よ。だから、体内の爆弾についてはあちらに一任した。もちろん、リミットの延長更新装置や爆弾のメカニズムについても情報は一切渡してない。彼女が爆発してもしなくても、それは運命ね』
「承知しました」
『代わりと言っては何だけど……もう一つの指令は聞いてる?』
「はい。Φ8164のことですね」
『そうよ。彼だけは必ず捕らえて。動けない程度に痛めつけて、生け捕りにして本部まで連れて来てちょうだい』
「……それについても一つ、申し上げてもよろしいでしょうか」
『何?』
「Χ3310がSTFへ渡った時に、EXSYの元末端メンバーだったはずのミラー……Φ1609から聞きました。奴はSTFの末端で、彼の権限でΦ8164も、STFの保護下に置かれると」
『そうね。だから、Φ8164のこちらへの連行は、くれぐれも内密に』
ふっ、と何かを吹くような音を挟んで、シュヴァルツの声がどこか残酷に歪んだ。
『――許しておいてはダメなの。アレは、私の愛しいアンを……アンブローズを、殺したのだから』
©️神蔵 眞吹2022.




