Code.15 Intruder
薄暗い、とぼんやり思う。
今の時間帯だと、まだ明るいはずなのに。
そう思って何気なく上を見た。とは言え、エマヌエルは仰向けにディルクの背中に括り付けられていたので、実質上を見るほうが楽ではあったのだが。
見えたのは、巨大な鳥だ。きっと、元になっているのは鷹か鷲――
(……って、何?)
上を見たのは、多分エマヌエルだけではなかった。ウィルヘルムもシリルも、ヴァルカも――
羽ばたいているディルク以外の全員が今、唖然と空を見上げている。
下手をすると、黒い影を落とした飛行機のようにも見えるそれの上から、人影が姿を覗かせた。その人影は、巨大鳥の上で危なげなく立っている。
そして、出し抜けに右手を構えた。その前腕部に、見慣れた青白い閃光が疾走って飛び跳ねた。次いで、禍々しい、どこかから雷を引っ張り出して来たかのような音がその場に轟く。
人影の右掌の中に、見る間に雷光を纏った青白い光弾が肥大していく。
エマヌエルは舌打ちしながら、持ち上げた右手に左手を添え、意識を集中させた。さっきの今でフォトン・シェルが撃てるかどうかは賭に近かったが、人影と同様に――あるいはいつものように――青白い閃光はエマヌエルの右前腕部を疾走って弾ける。
陽を背にして、陰になっているはずの人影の中、なぜかその口元がはっきりと見えた。その唇の端が、ニヤリと吊り上がる。
瞬間、相手が雷撃のようなスパークを纏わせた光弾をこちらへ向けた。
「――ッディルク! 踏ん張れよ!!」
発射タイミングは、同時だった。
放たれたフォトン・シェルは、両者のちょうど中程で激しくぶつかる。競り合いを制したのは、相手のそれだ。再度舌打ちすると共に、もう一度意識を集中させる。
懸命に捻り出した光弾を、どうにか壁状に展開するのと、相手のフォトン・シェルがこちらへ到達するのもほぼ同時だった。
この短時間ではさすがにエネルギーの溜が足りず、競り負けて弾き飛ばされる。
「わっ……!」
「きゃあぁああ!!」
誰の悲鳴か分からないそれらが絡まり合う。自分の身体が回転しているのか、直線上に飛んでいるのかもよく分からなくなる。
息を詰めるようにして、ディルクがどうにか身体を停止させた時、そこは地面よりほんの少し高いだけの場所だったらしい。「わ」だの「きゃあ」だのという悲鳴と共に、何かがドサドサと地面へ落ちる音がした。
ディルクに固定されていたエマヌエル以外の乗員が、それぞれに地面へ投げ出されている。
「……ウィル、シリル。生きてるか?」
「……うーん、痛たたた……」
「……何とかな」
「ちょっと、あたしの心配はしないわけ?」
おもむろに立ち上がったヴァルカは、不満げにまだディルクの上にいるエマヌエルを見据えた。
「しなくてもあんたは自分でどうにかできるだろ」
あっさり返して、エマヌエルは握った縄をフォトン・エネルギーで焼き切った。そして自分も、ディルクの背中から地面へ滑り降りる。
多少ふらついたが、四つん這いになれば降りられなくはなかった。
呼吸はまだ乱れているが、立ち上がることもできる。やはり、前の暴走二回の時よりも、身体そのものの回復自体は早い。以前はまともに動けるようになるにも数日は掛かっていたのに、今はマグネタインの影響なんて、ほとんどなきが如しだ。
この現状を、どう捉えればいいのか。
単に『回復が早い』と喜ぶことはとてもできない。二重の意味で。
その一因である、いきなり攻撃して来た人影を乗せた、鷲型フィアスティックが地面スレスレの所まで急降下して来る。鷲は、バサリと一つ大きな翼を羽ばたかせた。
それによって生じた強風に、歯を食い縛って足を踏ん張る間に、人影が鷲の上からヒラリと降り立つ。
相手は男で、長身だった。左耳に二つ、右に三つのリング型ピアスを填めている。
細面の輪郭の中には、長く通った鼻筋と、眦が吊り上がった細い目元、明らかに凶悪な性格を露骨に露わにした瞳が配置されている。頭髪は黒だったが、刈り上げられていた。
「……ハード。お前はアイツをやれ」
男は、鷲に顎をしゃくってディルクを示すと、エマヌエルとヴァルカに視線を据える。
「……あんた、誰だ?」
眉根を寄せて端的に問うと、男は薄い眉尻をピクリと跳ね上げた。
「おやおや、『誰だ?』と来たもんだ。人に名前訊くならまず自分から、が常識だろ?」
「悪いけど、いきなりフォトン・シェルぶっ放すよーな、危ない上に礼儀知らずな奴に払う礼儀は持ち合わせてねぇんでな」
「とっくにご存じなのかと思ったが」
「知らねぇから訊いてんだけど」
「サイバネティック・ナンバー0846の信号が、さっき十五分くらい途絶えた。って言ったら、何者かくらいは分かるか?」
エマヌエルは眉間に刻んだしわを深くする。相手から目線を外すような間抜けな行動は取らなかったが、ヴァルカに目線を向けたい衝動をねじ伏せるのには少し苦労した。
「……EXSYか」
「そういうことだ」
「ヴィンツ……サイバネティック・ナンバー0846は、彼女に猶予を与えるよう嘆願してたって聞いたけど?」
「彼女?」
面白がるような口調で言った男は、「ああ、Χ3310か」と得心したように頷いた。
「……Χ……3310?」
「お前の言う、彼女のことだよ。Φ8164」
途端、エマヌエルの青い瞳が氷点下の温度を宿す。男が自分を知っていることの意味を考えるより、その呼ばれ方による怒りが一瞬で脳内を占める。
「……そんな文字や数字の羅列は、俺や彼女の名前じゃない」
滅多に出ない、低い声が喉から滑り出る。同時に、無意識に握り締めた右の拳から前腕部に、青白い龍が弾けて踊った。
「今すぐ死にたくなきゃ、その口閉じとけよ」
だが、男はエマヌエルの逆鱗に触れたことなど、分からないのか気にも留めないのか、再度面白がるような嗤いをその唇に浮かべた。
「はっ、随分大きな口叩くじゃねぇか。今お前、立ってるのがやっとだろ?」
「うるせぇ、俺の体調なんか知ったことか」
深い憤りと憎しみで、今すぐ戦えるくらい体調が戻ればいいのに。
だが、マグマのように沸きすたる感情に、身体が付いて来ない。万全の状態だったら、とっくに男に殴り掛かっているだろうに、今のエマヌエルの足はどうしても地を蹴ることができなかった。
「何だよ、口だけだな。来ないならこっちから行くぜ? Φ8164」
ザワリ、と身体が総毛立つ。けれど、それは決して恐怖からではない。
『お前はΦ8164だ。呼ばれたら返事をしろ』
――違う。
『とは言え、本来なら欠陥品だ。正当な製造ナンバーで呼ばれる資格はないのだがな。……ダブル・ハーフ・ナンバー0010……もう十体目か』
――俺は、道具じゃない。
頭の奥が、急速に冷めていく。鼓動が早くなって、雷鳴の音が弾けた。
「――黙れ!!」
そう呼ばれるのが、あの狂った科学者連中と同じくらい嫌いだ。呼ばれる度に、もう自分は人間ではないと刻み付けられる気がする。
誰に呼び掛けられても、胃が捩れるような憎悪が煮え滾る。憎しみ、恨みと言った負の感情は、薄れるものではなく際限無く沸いてくるものだと、この身体になって初めて知った。
塞がることを忘れた傷口のように、いつまでもジクジクと膿を持ち続け、『Φ8164』もしくは『ダブル・ハーフ・0010』というキーワードによって鮮血を吹き出す。
「その無神経な口から吹き飛ばすぞ! 俺は機械じゃねぇ!!」
道具でもない。ロボットでも、意思のない殺戮人形でもない。だが、今となっては、胸を張って人間だとも言えない。
自分だって、この身体になってから、間違いなく人を殺している。自分を、守る為に。突き詰めれば、それは自分のエゴ以外の何者でもない。
「俺はッ……!!」
けれども、そうしなければ生きられなかった。目的を果たすまで、死ぬわけにはいかない。
目線だけで殺せそうな瞳で男を睨み据える。だが、男はそれを嘲笑うような笑みと共に地を蹴った。
男が振りかぶった右腕前腕部に、青白い閃光が疾走る。
今のエマヌエルでは避けられない。誰かが名を呼ぶのと、男との間に青白い何かが猛スピードで降って来るのとは、何秒も違わなかった。
「……双方、そこまでだ」
低い声音が、凛と落ちる。その声を追って頭上を見上げると、声の主が青白い塀の天辺に跪いていた。
「……何だ、これ」
呆然と呟く。男が跪いているのは、スパークを纏った青白い壁――エマヌエルも暴走時に、二度ほど作るのに成功している、フォトン・ウォールだ。ただ、エマヌエルの作り出したそれとは、規模が違う。
容易に登ったり回り込んだりできない面積――エマヌエルたちのいる場所からでは、塀の途切れ目は確認できない。
首を動かしたことで、ディルクたちの状況もやっと分かった。
「な……!」
そして、覚えず目を見開いてしまう。
ディルクも、ハードと呼ばれた大鷲も、ウィルヘルムとシリルも、球体状の青白い壁に包み込まれている。フォトン・エネルギーを、あんなシールド状にできるなんて、離れ業に近い。新しく現れた男は何者なのか。
そう思う間に、男はエマヌエルたちの側に、身軽く飛び降りた。
「――てめぇ、ミラー! 何しやがる!!」
あとから現れた相手に、男が激しく噛み付く。と言っても、彼は障壁の向こう側にいる為、できることと言えば壁を叩くことくらいだ。
だが、彼がフォトン・エネルギーを纏った拳をぶつけても、ビクともしない。フォトン・シェルとぶつかっただけで壊れてしまうエマヌエルの作ったそれとは、やはりレベルが違う。
「彼らの命は、俺が預かる」
ミラーと呼ばれた青年は、男の問いには頓着しない形で、淡々と返した。
が、もちろんそれでは男は納得しない。
「何のつもりだって訊いてんだ! オレとハードは、EXSYから正式に派遣されて来てんだ! 口出すんじゃねぇ!!」
「口なんて出した覚えがないな。手は出したかも知れないが」
「揚げ足取んな!!」
男がヒートアップするのに反比例するように、ミラーはますます冷静になっていくようだ。
「第一、EXSYから正式に、なんて言っても、EXSYは所詮民間の組織だ。忘れたのか?」
「お前だってその一員だろが!!」
「悪いな」
ミラーは、何かを懐から出して掲げた。エマヌエルは、ミラーの後ろから成り行きを見ている為、それが何なのかは分からない。
だが、男のほうは目を見開き、悔しげに唸る。
「……てめぇ……!」
「見ての通り、俺はSTF……スィンセティック対策機関《Synthetic Task Force》の諜報員だ。CUIOに所属する公的機関なのは、お前でも知ってるよな、ウィッティング」
ウィッティング、と呼ばれた男は、痛烈な舌打ちを漏らす。
どういう力関係かは分からないが、EXSYでもCUIOには太刀打ちできないらしい。
「分かったら、手を引いてもらおう。今なら見逃す」
「……なら、せめてその女をこっちに寄越せ。今回はあくまでソイツの粛正だ。それさえできれば、EXSYがCUIOに逆らう理由はねぇ」
「断る。彼女もSTFで引き取らせてもらう」
「どーゆー理屈だっっ!!」
「ウチのボスからそっちのボスには話が通ってるはずだ。疑うなら、今この場で確認してくれていい。但し、シュヴァルツ博士は、たかが手駒に疑われるのを嫌ってるはずだ。博士から今日明日中には連絡があるだろうからそれを待つか、ハードの定時連絡の返事を待ったほうが懸命だと思うけどな」
言われる内に、ウィッティングはギリギリと歯軋りせんばかりの形相になっている。
どうにか反駁はしたいが、反論の目が見つけられない、そんな顔だ。
「……ハードはこっちに返せ」
「もちろん、喜んで」
声に笑いが含まれる。ミラーが、細く長い指先を、オーケストラの指揮者がするように、スイと振った。
すると、ハードが包み込まれた球体が、その指先に釣られるようにスッと動き、やがてフォトン・ウォールをもすり抜けた。
ウィッティングの側へ辿り着くと、ハードの球体は掻き消える。ウィッティングは、苛立たしげな舌打ちと共にハードに飛び乗った。
ハードもまた無言で翼を羽ばたかせ、乗せたウィッティング諸共、瞬く間に空へと消えた。
取り敢えずの脅威は去ったんだと確認できた途端、不覚にも足から力が抜ける。
「あ、エマヌエル」
四つん這いにヘタり込んだエマヌエルに、ヴァルカが駆け寄った。
「大丈夫か?」
ミラーが、腕を大きく振りながら、歩を進めてくる。彼の腕の動きに従い、フォトン・ウォールとディルクたちを覆っていた球体状のシールドが消えた。
「わっ」
またも、潰れたような悲鳴を上げて、ウィルヘルムたちがドサドサと地面へ落ちる音がする。それを横目で確認しながら、エマヌエルは口を開いた。
「……悪いが、単純に助けてもらったって思うほど、めでたい頭の作りしてねぇんだけどな。あんたも何者だ?」
俯いたままで問い掛ける。くぐもった声音でも聞こえるはずだ。相手も、ヒューマノティックなのだから。
ふと、呆気に取られたような間が空いたのち、クスリと苦笑が頭上から漏れる。
「……こりゃ、失礼した。俺は、ヒューバート=ミラー。さっきもウィッティングに言ったけど、STFの末端構成員だ。今回は、CUIO副長官兼STF長官・レオン=ランセルさんの正式な要請を得てここにいる。当面は君たちの味方だ」
答えながら、ミラー、ことヒューバートは膝を突いた。
「……当面は……ってトコがミソだな」
鋭く突っ込むと、ヒューバートがまた苦笑する。
「そこは流してくれよ。これもさっき言ったけど、俺はしがない末端構成員だからな。上の命令が万が一変われば、それに従うしかないってことさ」
「……は、……モノは言いようってヤツ、か」
クスッ、と何に対する嘲りか分からないような嗤いが漏れる。それに対するヒューバートの答えは分からない。
彼の答えを聞くより早く、エマヌエルの意識はスイッチでも切るかのように、唐突に途切れた。
***
「――――」
「――……かな」
遠くから聞こえるような人の声を耳に捉え、エマヌエルはうっすらと目を開けた。
室内は薄暗い。天井に設えられたカーテンレールから下がったカーテンが、エマヌエルの寝ているベッドの周りを、壁代わりに囲んでいるのが分かる。
すると、ここは病院だろうか。
「……じゃあ、何かあったら知らせるから」
「ああ。じゃ、お休み」
ふと、ヴァルカとウィルヘルムのやり取りが聞こえてくる。
スライド式の扉を閉じる気配のあと、カーテンの切れ間からヴァルカが顔を出した。薄暗がりの中、彼女の瞳と視線が合う。
「あ、気が付いた?」
ホッとしたような表情で、ヴァルカがベッドサイドへ歩み寄った。
枕元へ歩み寄った彼女は、慈しむような仕草で伸ばした指先で、エマヌエルの髪をそっと梳く。
彼女と出会ったばかりの頃のエマヌエルなら、無言で払っているところだ。けれど、今はそうする気にはなれなかった。怪我の所為で、頭の回転が鈍っているのだろうか。
「気分はどう?」
「……さあ」
思い切って出した声は、起きたばかりの所為か少し掠れている。
「悪くはねぇ……と思う」
「そう。痛むところは?」
「……うーん……多分、……ない」
「そうよね。あたしが撃ったトコもすっかり塞がってるみたいだし」
「……そうなのか?」
「うん。あんたが寝てる間に色々検査したのよ。それこそ、ドクター・ラングフォードが言った通り、頭の天辺から足の先までね」
「……ったく、ヒトが寝てる間に何……」
ぼやくように言い掛けて、ふと気付く。
「……って、ちょっと待て」
「何を」
「じゃ、俺どんくらい眠ってたんだ?」
「んー、丸一日半弱、ってトコかな」
「……マジか……」
思わず呻くように漏らして、無意識に右手で前髪を掻き上げる。
一回目は意識があるまま自宅(と言っても借り家だったが)まで運ばれたし、二回目はやはり暴走後、普通に起きていた。そのあと就寝したとしても常識的な範囲で起きられたのに、今回は何が違ったのか――
(……あー……まあ、若干無茶した自覚はあるけど……)
フォトン・エネルギーが、使おうと思えば使えたのに飽かして、限界までやらかした為に、恐らく唐突に意識が落ちたのだろう。ブレーカーが落ちたような原理だ。
あとでウィルヘルムの雷が落ちるのは確実だが、それよりも気になるのは、彼女のほうだ。
「……俺より、あんたのほうの状況のが深刻じゃねぇのか。体内の爆弾、リミットまであと九日だろ」
チラリと彼女のほうを見ると、彼女はあっけらかんと「もうすぐ切って、あと八日くらいかなー」と丁寧に訂正した。
「今、夜中の十一時だから」
「あんたな、何を他人事みたいに……」
「大丈夫よ。いざとなったら、あんたたち巻き込むようなヘマだけはしないつもりだから」
「そーゆーこと言ってんじゃねぇよ」
「じゃ、どーゆーこと言ってんの?」
「だから……!」
カチリと何かがはまるように、彼女と視線が噛み合う。その瞳は、静謐そのものだ。
半ば、死を覚悟してしまっている人間のそれだと言ってもいい。
「……あんなに……死にたくねぇって、言ってたのに」
嫌というほど分かる。その気持ちだけは、痛いほど理解できる。
エマヌエル自身、同じだからだ。
自分の運命をねじ曲げた、狂った科学者たちに報復を遂げるまで、報復する方法を探るまで、決して死ねない。その為なら、無駄に手を汚すことだって厭わなかった。
「……何で、そんな簡単に諦められるんだよ」
「諦める? 何を?」
「生きることだよ。そんな身体になっても、その延長線上で誰が死んでも、生きてたいクセに」
皮肉混じりの詰問に、ヴァルカは瞬時、キョトンと目を瞠った。それから、徐々に苦笑の表情に変わる。
「……生き延びた先に、目的がなかったから……それが自覚できたから、かなぁ」
クスリ、と自嘲のようにも取れる嗤いのあと、ヴァルカはベッド脇にあった椅子に腰を落とした。
「あの時は、確かにスィンセティックになるしかなかった。でなかったら、その場で死んでたから。あんなに“死”が間近にあったら、まず生きる目があるほうに手ぇ伸ばしちゃうよね。人間であれるかどうかより、死なないほうが大事になっちゃう」
立てた片膝に肘を突いて、彼女は最早独白のように続ける。
「だけど、とにかく体内の爆弾を破裂させない内に、その条件を満たすのが日常になる内に……麻痺しちゃってたのかもね」
「……何が」
「いわゆる、フツーの感覚。目の前のこと乗り越えた先に何があるか、生き延びて何をするかよりもまず、目の前にある“死”を回避することがすべてになっちゃうのよ。常に半分死に足踏み込んでたモンだから、たった今、今度こそ本当に死にそうになってるってのに、却って実感が沸かないのよね……分かってるよ、半分以上狂ってるって」
「……やめろよ」
「あんたこそやめてよ。今更仲間面して、心配するフリするの」
「心配なんかしてねぇよ。ただ聞いてらんないだけだ、そーゆー自虐発言」
「あんたも好きなんじゃないの? 自虐ネタ。こないだ、ドクター・ラングフォードに窘められてたの見た気がするけど」
「うっせぇ、揚げ足取んな。真面目な話、見通し立ってんのか?」
ヴァルカは一瞬、ふっと口を噤んだ。
「……ギリギリまではドクターを信じてみることにした。どうしても間に合わなければ……そうね、バイクか車の一台はお釈迦にするかも知れないけど」
「もしもの時の話なんかするなよ」
もしもなんかない、大丈夫だ、ウィルが必ず何とかしてくれる――そう、喉まで出掛かったが、結局音にならなかった。
それが、本当に万が一のことが起きた時、どれだけ無責任で残酷な言葉になるか、エマヌエルにもよく分かっている。
ヴァルカも、泣き笑いのような表情を浮かべただけで、それ以上何か言うことはなかった。
©️神蔵 眞吹2022.




