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Code.9 Battle in the car

〈おれは、おれの務めを果たす。EXSYイグズィーへの連絡は済ませた〉

「何ですって!?」

〈この車は、すでにEXSY・リヴァーモア州支部へ向かっている。車の位置情報も知らせてある。追っ付け、EXSY配下のリプログラム・ゴーレムが合流するだろう。ドクター・ラングフォードには危害は加えない。少し辛抱してもらえれば解放する〉

「あたしの同意がなければ連絡しないって言ってなかった!?」

〈前提がある。お前がシュヴァルツ博士を裏切らない限りは、という但し書きが必要だ。だが、お前は裏切るつもりだ。ついさっきをもって、お前も博士にとって殲滅すべきスィンセティックの中の一体となった〉

 ヴァルカは押し黙り、エマヌエルは舌打ちした。

「ウィル!」

「何だ」

「俺が今動けない原因って、本当にマグネタインだけか?」

 ウィルヘルムは、少し考えるように間を置いて、「そうだな」と呟く。

「さっき、血中のマグネタイン濃度は調べた。通常ならゼロのはずだし、新しくマグネタイン弾食らう前にどんくらいだったかは不明だけど、調べた時点では八十パーセントの値になってた」

「中和剤は?」

「残念ながら、手持ちはねぇな。こんなこと、まさか二度も三度も起きると思ってねぇし」

「ヘイヘイ、悪ござんした」

 ケッ、と吐き捨てるように言って、ベッドの車体側にある、窓の鍵に手を掛ける。鍵の解除はできたが、幼子が容易たやすくうっかりひらけないようにする作りになっているらしく、上手く身体に力の入らない今のエマヌエルではけることが難しい。

 助けを求めようとウィルヘルムのほうへ目を向けた時、彼は手持ちの荷物から何やら取り出して、作業をしていた。

「……何やってんだよ」

 眉根を寄せて問うと、ウィルヘルムは唇に人差し指を当てる。静かにしろ、のジェスチャーだ。恐らく、ヴィンツェンツに聞かれないようにする為だ。

 こんな時に、無駄なことをやる男ではないことだけは分かっている。何か考えがあるのだろう。

 エマヌエルは仕方なく、自力で窓を開ける方法を探そうとして、ふと運転席にいるヴァルカを見やった。

 裏切り者、と定義されたなら、早晩彼女の体内にある爆弾は――本当にあると仮定するならば、の話だが――、リミットを待たずに爆発する可能性もある。

 EXSYに連絡済みなら、そのイカレた科学者であるシュヴァルツが、いつ爆弾を破裂させてもおかしくない。それが今のところないのは、彼女が目の前でスィンセティックを片付けるのを見るのが望みだからか、はたまたヴィンツェンツが言ったように、ウィルヘルムを巻き込まない為かのどちらかだ。

 起爆遠隔操作の有効範囲からまだ外れている、とか、本当は爆弾など仕込まれていなかった、という説も考えられる。が、後者はこちらに一番都合のいいパターンだ。期待はしないほうが賢明だろう。

「おい、ヴァルカ!」

 俯いて身動きしなくなった彼女に、エマヌエルは声を掛ける。彼女は、チラリとエマヌエルを見たが、すぐに運転席の背凭れに背を預け、元通り俯いた。

「聞こえてるんだろ! あんたも何とかする方法考えろよ! 運転の主導権、奪い返せないのか!?」

「……こうなると無理よ。それに、ゴーレムが合流したら、そいつらがあたしの体内の爆弾の起爆装置を持ってる可能性が高い。どっち道、終わりよ」

「何悟り切って諦めるよーなこと言ってんだ! 死にたくなくてヒューマノティックになる選択したんだろ!? 実験被害者だって分かってたクセに、自分てめぇが助かる為にスィンセティック狩りして来たんだろ!? だったらここで諦めてんじゃねーよ! まだ時間あるはずだ、足掻あがけよ最期まで!!」

 ヴァルカは、淡々とした目でこちらを見ていたかと思うと、クスッ、と嘲るような笑いをこぼした。

「何、キレイゴト言ってんの?」

「何だと!?」

「だってそうじゃない。あんた、今マトモに身動き取れないし、ドクターは当てにならないから、あんたが今生き延びるにはあたしに頼るしかないものね。あんたこそ、今自分が生き延びるのに必死なんじゃないの?」

「だったら悪いか!」

「別に。でも、あんたの生死は、あたしには関係ない」

「関係ないだと!? じゃあ、今まであんたが殺してきたスィンセティックはどうなるんだよ、無駄死にじゃねーか! 俺だって今動けなくなってんのは、あんたが生き延びようとジタバタした結果なんだぞ、最後まで責任持てよ!!」

「もちろん、持ってあげるわよ」

 暴走に近い速度に慣れてきたのか、不安定に揺れる車内だというのにヴァルカはゆったりとした動きで立ち上がった。

 運転席からこちらへ歩み寄るその顔からは、どんな感情も読み取れない。

「もし本当に、今もあたしが生き延びようと足掻いてるなら、とっくにドアか窓から飛び出してる。たとえヴィンツの仕事でひらかなくなってたとしても、ける真似くらいはしてるわね」

 ベッドの脇まで来た彼女は、上段のベッドに手を掛け、エマヌエルに覆い被さるようにしながら言葉を継ぐ。

「だけど、あんたたちを置いてあたし一人が生き延びるなんて、それこそあんたたちはもちろん、今まで殺してきたスィンセティックへの道義に反する。ここで、あんたたちと運命を共にしてあげるのが、せめてもの償いよ」

「は、言い方のすり替えって奴だな。どう考えても、巻き込まれてんのはこっちなんだよ。だったら助ける素振そぶりくらい見せたらどうだ」

「最初から言ってるじゃない。あたしがあんたたちを助けないといけない道理なんて、本来ならない。初めて会った日に、あんたはあたしに殺されてるはずだったんだから、今ゴーレムたちに連行されてシュヴァルツの前で殺されても同じことよ。あたしが道連れか、そうでないかの違いだけ」

「だっから、他人に簡単に運命決められてたまるかっつの!」

「エマ!」

 その時、向かいのベッドから飛んで来た何かを、反射で受け止める。

 目を一つまたたいた先にあったのは、何かの薬品が入った注射器だ。

「今即席で作った中和剤だ。あの時(・・・)に作ったのと成分は大体同じだから、多分マトモに動けるようにはなると思う」

 あの時、というのは、ウィルヘルムとエマヌエルが初めて出会った時のことだろう。

「けど、あの時と違って、今お前には意識がある状態だ。それだけの条件の違いで、どういう副作用があるかないか、フォトン・エネルギーが使えるようになるかどうか、動けるのがどのくらいのあいだかの保証は一切できない。投与するかは自分で決めろ」

 ウィルヘルムの早口の説明に、エマヌエルは瞬時呆気にとられたあと、小さく苦笑した。

「……ったく、どんだけタチわりぃ藪医者だよ。決定患者に丸投げするか、フツー」

 そう言いながらも、エマヌエルは針からカバーを外す。説明を聞き終える間にはもう、心は決まっていた。

「コトが全部済んだら、ちゃんっと正規の治療、してくれよ」

 迷うことなく、針を腕に射し込む。一瞬の痛みに眉を震わせながらも、ピストンを押し下げた。

 すべての薬液が体内に消えるのを確認すると、針を引き抜き、窓に手を掛ける。先刻と違って、窓は簡単に動いた。

 針のカバーごと注射器を外へ放り投げ、続いて窓から上半身ごと顔を外へ突き出す。

 上空へ視線を上げると、巨大な飛行機と見紛う陰が車と一緒に動いてるのが分かる。

「ディルクか!?」

 叫ぶと、それは返事をするようにバサリと一つ羽ばたいた。

「今からウィルをどうにかして外に出す。受け止められるか?」

 ヴィンツェンツの耳を考慮し、小声で言うと、やはりディルクと思われる陰はまた一つ羽ばたき、飛行速度を落とす。車の後方へ移動するのを目の端で確認すると、エマヌエルは車内へ引っ込んだ。

「ウィル、立てるか」

「ああ」

 もうヴァルカのことは無視して、エマヌエルはウィルヘルムに手を差し出す。

 彼がエマヌエルの手を掴んで立ち上がろうとすると、車体が途端に勢いよくスピンした。素早くウィルヘルムの身体を抱え込み、ベッドの上段に掴まる。

 そのかんに一回転した車は、体勢を立て直したのか、元通り一直線に走り出す。エマヌエルは、舌打ち混じりに前方へ顔を向けた。

「おい、ヴィンツ! 俺が残ればいいだろ! ウィルは今すぐ解放しろ!」

〈そういうわけにはいかない。ドクター・ラングフォードは傷つけないが、お前とヴァルカ、ディルクがシュヴァルツ博士に無事に引き渡されるまでの人質だ。人質だから傷は付けない。人質は無事だから意味があるのだからな〉

「ああ、そうかよ!」

 この車体を彼が乗っ取っていると分かった瞬間から、エマヌエルはもうヴィンツェンツに説得が通じるとは思っていない。

 早々に話し合いを諦めると、ウィルヘルムを横抱きに抱えたまま後方のドアに飛び付いた。しかし、ロックは解除できないし、当然ドアは開かない。

〈無駄だ。おとなしくEXSYまで同行してもらう〉

「嫌だね! 俺はヴァルカと違って生き意地汚いじきたねぇんだよ!」

 答えると同時に、今度は車が急停車した。

「うわっ……!」

 悲鳴を上げたのはウィルヘルムだ。エマヌエル共々、進行方向に背を向けていたので、慣性の法則で車の前方へ思い切り投げ出される。

 舌打ちと共に、すれ違ったヴァルカに向けて、ウィルヘルムだけを放り投げた。彼女が反射的にウィルヘルムを受け止めるのを確認するや、エマヌエルは身体を捻る。

 フロントガラスに着地すると同時に車がまた急発進する。今度は逆にフロントガラスから後方へ投げ出されそうになるが、エマヌエルはすぐ傍にあったハンドルを握った。

 強引に運転席へ滑り込むと、ブレーキを力一杯踏み付ける。だが、手応えがまったくない。踏み込んだ感覚さえない。

〈無駄だ。この車のコントロールはおれの管理下にある〉

「もう一度だけ言うぞ。俺たちはお前の主の元に行く気はない」

〈さっきと言っていることが違う。お前はドクター・ラングフォードを解放する代わりに、博士の元へ行くようなことを言っていたが〉

「人並みに揚げ足取りできる知能があんのは分かったよ。だから本音で話そうってんだ。俺は向こうの勝手で改造されたのに、今度は勝手に悪に定義されて殺されるなんて真っ平だ」

〈それはお前の意思だ。おれには関係ない〉

「そーかよ。じゃ、あんたがあんたの務めを果たそうとするのも俺には関係ねぇ。交渉決裂と思っていいんだな」

〈そんなモノは、最初からできる余地があると思うほうがどうかしている〉

「そうか、分かった」

 エマヌエルは無表情に淡々と言うと、両手に意識を集中させる。パシン、とかすかな音を立てて、細く青白い稲妻が、両手首を這った。

〈何をする気だ〉

 こちらの意図に気付いたのだろう。ヴィンツェンツが初めて、どこか焦った色の声を出す。

 エマヌエルはニヤリと唇の端を吊り上げた。

「話し合い、する気がねぇんだろ? なら次はもう実力行使しかねぇよな」

 言うなり、スパークを纏った右腕を振りかぶった。左腕で目を庇いながら、拳を握ってフロントガラスに叩き込む。

〈何っ……!〉

「エマヌエル!?」

 急に風通しがよくなり、常人なら目を開けていられないような向かい風が吹き付ける。

「最後のチャンスだ。車停めて話し合おうぜ。そっちの答えが『ノー』なら、コイツを床にぶち込む」

 コイツ、と言いながら、エマヌエルは仰向けた右掌の上に、青白い光弾を生み出す。音叉のような透明な音とスパークを纏って、光弾は肥大していく。

〈正気か!? それを叩き付ければお前らも無事では済まないぞ! 死ぬ確率が一番高いのは、ドクターだ!〉

「ヴァルカがいればどうにかなる。外にはディルクも待機してくれてるしな」

 エマヌエルの口元からは、すでに笑みは消えていた。

「どっち道、このままおとなしくしてりゃ、俺らの死ぬ確率は限りなく高いんだ。ウィルだって無事で済む保証なんてない。何度も言うけど、俺はヴァルカと違って、生き意地汚ぇ上に執念深いんだ。報復、全部遂げるまでは死ぬ気なんて更々ねぇし、研究者側の都合で自分てめぇの人生、これ以上振り回されて堪るか」

 ヴィンツェンツは、AIに似合わず言葉を詰まらせる。その隙に踏み込むように、エマヌエルは畳み掛けた。

「それにこの車、今は停めるにはあんたを説得するか、エンジン再起不能にするかのどっちかしかねぇからな。どうする? 俺はもう、どっちでも構うこっちゃねぇんだ」

 エマヌエルの掌は、徐々に下を向き始める。

せ……〉

「止してもらいたきゃ、今すぐ安全に車を停めろよ。EXSYにも、どうにかしてお迎えをキャンセルするように連絡しろ。まあ、この車、ぶっ壊したからって、AIのあんたが死ぬようなことにはならねぇと思うから、よく考えたら脅迫にはならねぇよな」

〈それ以外のことをよく考えろ。本当に今そんなモノ炸裂させたら、ヴァルカの体内の爆弾も誘爆する恐れがある〉

 言われて、エマヌエルはチラリと彼女のほうへ視線を向けた。

 ウィルヘルムを抱えた彼女は、どこか強張った表情で視線を泳がせている。

「ヴァルカ」

「……何よ」

「あんた、本当にもう諦めてんのか」

「は?」

「ちゃんと本音で答えろよ。さっきあんな強がり言ってたけど、顔色悪いぞ」

 もっとも、いくら明るさに視界が左右されないとは言え、薄暗ければ『色』までは判別できない。ただ、ヴァルカにはそれを指摘する余裕もなさそうだ。

 彼女はやはり唇を噛み締めて視線を落とした。その唇が、小さく震えているのが分かる。

 ふん、と鼻を鳴らすと、エマヌエルは生み出した光弾を一旦引っ込めた。唐突に音も光も掻き消され、車内は異常な速度で走る車のエンジン音だけになる。

 その中を、エマヌエルは立ち上がって大股に進み、ウィルヘルムからヴァルカを引き剥がして前方へ放り投げた。

「えっ、きゃあ!」

〈何!?〉

 割ってあったフロントガラスから、ヴァルカの身体が放り出される。

「着地は自分でどうにかしろ!」

 彼女の身体を追うように叫ぶと、ウィルヘルムの身体を元通り小脇に抱え、エマヌエルは後方へ突進した。同時に、先刻引っ込めたばかりのフォトン・シェルを指先に再出現させ、後部の扉へ掌を押し当てる。

 瞬間、後部扉は木っ端微塵になった。

 車の数メートル後ろで飛んでいたディルクが、吹き飛んだ扉の残骸を避けながら接近してくる。彼に向けて、エマヌエルは抱えていたウィルヘルムを放り投げた。

 間髪入れずに、扉の天井縁に手を掛け、床を蹴る。手を軸に半回転して天井へ着地した。

 途端、車がまたしても、エマヌエルを振り落とそうとするかのようにスピンする。

 歯を食いしばって、フォトン・エネルギーで強化した指先を車の天井へ食い込ませる。どうにか天井にしがみついて前方を見やったエマヌエルは、何度目かで舌打ちした。

 まだ数十メートル先だが、車が一台走ってくるのが見える。

 即座に足にフォトン・エネルギーを纏い、力一杯跳躍しざま、水平に差し伸べた右掌に、フォトン・シェルを生み出す。

 もはや車内が無人になったキャンピングカーに向けて、生まれたそれを、遠慮なくなげうった。轟音と共に、キャンピングカーが爆発する。

 爆風に煽られ、更に上空へ押し上げられそうになったエマヌエルに追い付いたディルクが、その背でエマヌエルを受け止めた。

 キャンピングカーが爆発するのが見えたのか、前方から走って来ていた車が、急停止するのが確認できる。

 ウィルヘルムと共に乗ったディルクの背から見下ろすと、放り投げられたあと何とか着地したのか、ヴァルカも無事なのが分かった。爆発したキャンピングカーを、数メートル離れた場所でぼんやりと見つめながらたたずむ彼女は、逃げようとする素振りはない。

 あまりにも色々なことが次々に起きた所為で、脳内が飽和状態になっているのだろうか。

「……ディルク」

「……本当に助けるのか」

 名を呼んだだけで、エマヌエルの言わんとするところが分かったのだろう。確認するようにディルクが問う。

「ここで見捨てたら、寝覚め悪ぃからな」

 苦笑するように言った途端、停止したはずの車が急発進した。

 エマヌエルはディルクの背を蹴り、宙に舞う。絶妙なタイミングで滑空を開始したディルクの足に掴まり、ヴァルカに向かって手を伸ばす。

「――掴まれ!」

 叫びに、ハッとしたように彼女が顔を上げる。

 その表情は、ばつの悪いような、泣き出しそうな顔に見えた。手前、わずか三メートルに、恐らくはEXSYから差し向けられた追っ手の車も迫る。

「早く! 死にたくねぇんだろ!?」

 エマヌエルたちと追っ手の車との間で一瞬視線を行き来させたヴァルカは、意を決したようにエマヌエルに視線を戻す。直後跳躍し、エマヌエルの差し出した手に飛び付いた。


©️神蔵 眞吹2022.

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