雪だるまのぼく、人間の君。
君がこっちに引っ越してきたのは、小学一年生の冬。
雪が積もってるのを見て、「まっしろだね! すごい!」と言ってはしゃいだ。
それから雪だるまを、――ぼくを作り始めた。
君よりも大きくなったぼくは、庭の隅っこに飾られた。
ぼくの頭にバケツを被せたのはお父さん、手袋をつけてくれたのはお母さん、
そして、顔を作ってくれたのは君。
ちょっと目の位置がずれてたり、笑ってるようなそうでもないような表情になったのは御愛嬌だ。
新しい学校に通い始めた君は、授業が終わるとすぐに家に帰ってきた。
そして、毎日ぼくに話しかけた。「がっこうで、ともだちができない」のだと。
僕は雪だるまだから、話せないし動けない。
けれど君はぼくの事を、――ぼくだけが友達なのだと言う。
ぼくは、季節が変わったら自分がどうなるのか、知っていた。
だから早く、君には友達を作ってほしかった。
家ではあれだけ活発なのに、学校では無口になるらしい。
学校では上手く話せないのだと、ぼくに向かって言う。
「大丈夫だよ」って言って、君の頭を撫でてあげたかった。
けれどぼくは、口も腕もあるのに何もできない。
そう。ぼくは君の友達だけど、何もしてあげられないんだ。
ほんの少しだけ日差しが暖かくなってきた頃、学校から帰ってきた君は笑顔で言った。
「がっこうで、おともだちができたんだ」って。
それが遅かったのか早かったのか、ぼくには分からない。
けれど、『間に合って』よかったと思った。
新しい友達が、どんどん増え始めた。
家に帰ってくるなり、「ともだちとあそんでくる!」と言い残して出掛けることが多くなった。
当たり前だけれど、ぼくと遊ぶ機会は減っていく。
やがて、ぼくの姿を見るために庭にやってくることもなくなった。
でも、それが正しいんだ。君にはまだ、これからがあるもの。
だから気付かないで、と思う。
ぼくの身体が、少しずつ小さくなっていっていること。
気付かないで。
春。ぼくにとっては、とても暑い季節。
ぼくの周りの雪はどんどん溶け始めていたし、ぼく自身もかなり小さくなっていた。
このまま誰にも気付かれずに消えてしまう……というのがぼくの運命だ。
だってぼくは、人間じゃないから。
そんなことを考えていたら、君がやってきた。
こちらに向かって走ってくる君の姿を見て、
『ずいぶん大きくなったなあ』なんて思ったけれど、それはぼくが小さくなったからだろう。
君の手には、小さなボウル。その中には、溶けかけているうえに泥で茶色くなった雪。
「ごめんね、ごめんね、気付かなくてごめんね」
君は泣きながら両手で雪をすくって、ぼくの身体にそれを塗りつけ始めた。
ボウルの中の雪がなくなっては、周りの雪をかき集める。
バケツはなかったの? と思ったけれど、よく考えたらバケツは僕の頭の上だ。
「ごめんね、ごめん……」
暖かな日差しの中で、君は必死になってぼくの身体に雪を塗った。
ぼくの身体を少しでも大きくするために。
「いなくならないで」
――ああ。君は気付いていないんだ。
けれどもし、ぼくが話せたとしても、その事実を言うつもりはなかった。
君が雪を手ですくって、塗りつけようとする。
そのたびに。
君の手が温かいから、ぼくの身体は溶けてしまうんだって。
言うつもりはなかった。
むしろ、それでもいいと思った。
君の手の温かさで溶けてしまえるのなら、それでもいいって思ったんだ。
ねえ、泣かないで。君には友達が沢山できたんでしょう?
ぼくがいなくなっても、君はもう大丈夫だから。
だから、泣かないで。
ねえ、また冬になったら雪が積もるよ。
そしたらまた、ぼくを作って。
その時はまた、一緒に笑おう?