煤くさい女は伯爵夫人にふさわしくないと離縁されましたので、屋敷の火を落として出て参ります
その朝、わたくしは地下の焚き口の前にしゃがんで、灰の色を見ていた。
白く崩れた灰の下に、まだ赤いものが残っている。薪をくべる前に炉の底へ手のひらをかざす。冬の入り口の朝、東棟の床がどれだけ冷えているかは、この熱の残り方で分かる。
「奥様。旦那様がお呼びでございます。大広間へ、と」
階段の上から、使用人頭のマーサの声が降ってきた。
わたくしは薪を三本だけくべ、風を入れる弁を四分の一開いてから立ち上がった。手袋を外すと、指の腹に灰がついている。エプロンで拭ったけれど、爪の際の黒は落ちなかった。
大広間へ上がると、暖炉の前に三人が立っていた。
夫のアルヴィン・オルドリッジ伯爵。義母のエルミナ様。それから、桃色のドレスを着た若い令嬢がひとり。
「レティシア」
アルヴィンは、わたくしの顔ではなく、わたくしの手を見た。
「君と離縁しようと思う」
暖炉の薪がはぜた。わたくしは、その音で炉の乾き具合を測る癖がついている。よく乾いている。今朝マーサが運んだのは去年の楢だ。
「理由をうかがっても」
「責める話じゃないんだ。むしろ逆でね」
アルヴィンは一歩近づいて、困ったような顔で微笑んだ。彼はいつもこの顔をする。悪い話をするときほど、優しい顔をする人だった。
「君を、この煤くさい暮らしから解放してあげたい。三年だ。三年も君を地下に行かせてしまった。伯爵家に嫁いだ女性が、毎朝灰をかぶって階段を上がってくる。それがどれだけ僕には見ていられなかったか」
「見ていられなかった」
「ああ。だから、もういい。実家にお戻り。ヴァルム男爵家なら、君の居場所もあるだろう」
桃色のドレスの令嬢が、小さく会釈をした。シャルロッテ・ベルン子爵令嬢。夏の茶会で紹介された方だ。
エルミナ様が、扇の先でわたくしの手首を軽く押しやった。
「その手をご覧なさい。伯爵夫人の手ではないでしょう」
わたくしは自分の手を見た。親指の付け根に、火挟みのつくった硬い皮膚がある。左の甲には、二年前に鉄扉で火傷した跡。爪は短い。長く伸ばすと、煙道の縁に指を差し入れたときに割れるから。
「そうですね」
わたくしはうなずいた。
「伯爵夫人の手ではありません」
オルドリッジ伯爵邸の東棟は、冬でも暖かい。
王都でも数えるほどしかない、床下に熱を通す造りだからだ。地下の焚き口で火を焚き、煙道を石の床の下へ這わせ、屋敷の三方を回してから北の煙突へ抜く。床が温まり、壁が温まり、部屋が温まる。暖炉の前だけが暖かい部屋とはまるで違う。
わたくしの実家は、その煙道を積む職人の家だった。ヴァルム男爵家は爵位こそ持っているけれど、代々やっているのは窯と煙道の請負だ。父の工房には貴族の紋章より先に、煤で黒くなった図面が貼ってある。
三年前、傾いた東棟の改修に、父の工房が呼ばれた。わたくしは図面を引いた。持参金の大半は、その石と鉄に消えた。そして嫁いだ。
それから三年、地下へ降りるのはわたくしだった。
誰かに命じられたわけではない。ただ、最初の冬に一度だけ使用人に任せてみて、三日で東棟の床が凍ったからだ。
火は、焚けばいいというものではない。
わたくしは離縁の申し出を、その場で受けた。
「承知しました」
アルヴィンは、少し拍子抜けした顔をした。泣くか、すがるか、せめて理由を問い詰めるとでも思っていたのだろう。
「……ずいぶん、あっさりしているんだね」
「引き止めていただける話ではありませんから」
わたくしは扇も持たずに立っていた両手を、前で組んだ。
「ただ、ひとつだけ、決めていただきたいことがございます」
「なんだい」
「東棟の熱の管理者を、どなたにするか」
部屋の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。三人とも、それを事務の話だと受け取ったのが分かった。
「王都では、床下に煙道を通した建物は、必ず管理者をひとり登録することになっております。詰まれば煙が室内へ戻りますし、火を放置すれば床石が割れます。ですから、建設監督局の台帳に名前を出す決まりです」
「それが、君なのか」
「三年前から、わたくしです」
アルヴィンは笑った。悪意のない、本当に軽い笑いだった。
「なら、辞めてしまいなさい。誰か使用人に登録し直させればいい」
「では、どなたに」
「マーサでいいだろう。火を焚くだけなんだから」
マーサが、壁際で息を呑んだのが聞こえた。
エルミナ様が扇を閉じた。
「あなたね、レティシアさん。この家では、あなたが思っているより多くのことが、あなたなしで回っているのよ」
わたくしはうなずいた。
「ええ。ですから、わたくしは名前を外します。後任の方をお決めください。届けは連名で出しますので、十四日以内にお名前を」
「十四日もかかるのか」
「引き継ぎに、それだけかかります」
「火を焚くだけだろう」
「ええ」
わたくしは、そこで初めて、まっすぐアルヴィンの目を見た。
「焚くだけです」
翌日から、わたくしは引き継ぎを始めた。
本気だった。ここで意地悪をして屋敷を凍らせるつもりは、まったくなかった。三年住んだ屋敷だ。義母のエルミナ様は膝と手首を悪くしていて、冬の朝に床が冷えると起き上がれない。それを知っているのはわたくしと、あとはマーサだけだった。
マーサを地下へ連れて行き、紙とインクを持たせた。
「まず、薪の種類です。楢は二年、樺は一年半乾かしたものを使います。樺を早く使うと煙道の三番目の曲がりに脂がたまります。年に一度、そこを掻き出さないと、二年目に煙が東棟の書斎へ戻ります」
「……お、奥様、少しゆっくり」
「風向きです。北西の風が二日続いたら、朝の弁は半分閉じます。開けたままだと引きが強くなりすぎて、熱が煙突から逃げます。逆に南風の日は全開です」
「北西で、半分」
「南風で全開。それから雨。雨の翌朝は石が湿気を吸っていますから、薪を二本増やします。増やすのは朝だけです。夜に増やすと、床が熱くなりすぎて絨毯が傷みます」
マーサの筆が追いつかなくなった。わたくしは速さを落とした。
「温室の下の熱溝は、別に管理します。薔薇の根は零度に一晩当たると春に咲きません。ですから、霜の予報が出た夜は、地下にもう一度降りて、東の弁だけ四分の一開けます。夜半です。眠っていたら間に合いません」
「夜半に……毎晩でございますか」
「霜の晩だけです。年に、二十日ほど」
三日目で、書き取りは十九枚になった。
七日目で、三十四枚。
九日目の夜、マーサが地下へ降りてきた。
わたくしが弁の位置を炭で石壁に書き付けているところだった。彼女は階段の途中で立ち止まって、しばらく黙っていた。
「奥様」
「はい」
「わたくしには、できません」
マーサは二十年この家にいる。わたくしが嫁いでくる前から、この屋敷の朝を回してきた人だ。その人が、階段の途中で手すりを握っていた。
「二十年、旦那様の靴を磨いてまいりました。銀器も、客の座らせ方も、覚えました。ですが、これは違います」
「何が違いますか」
「間違えたら、この屋敷が燃えます」
わたくしは炭を置いた。
その通りだった。三番目の曲がりに脂がたまったまま強く焚けば、煙道の中で火が走る。石は割れ、床が抜ける。そうならないように、年に一度、わたくしは腕を肩まで突っ込んで脂を掻き出してきた。
「奥様は、それを三年、おひとりで」
「わたくしは、それを見て育ちましたので」
「わたくしは見ておりません」
マーサは階段を一段だけ降りて、それきりだった。
「奥様が書いてくださった紙を、わたくしは毎晩読んでおります。三十枚、全部読みました。読めば読むほど、こわくなるのです。旦那様は火を焚くだけだとおっしゃいました。わたくしは、二十年この家におりますが、旦那様が地下へ降りていらしたのを、一度も見たことがございません」
わたくしは、そのとき初めて気がついた。
三年間、誰もここへ降りてこなかった。
夫も、義母も、客も。冬の朝に床が暖かいことを、この屋敷の誰ひとり不思議に思わなかった。それは、わたくしがうまくやっていたからだ。うまくやればやるほど、この仕事は存在しないことになる。
「マーサ」
「はい」
「辞退なさい。局への届けは、わたくしが書きます。あなたのお名前は出しません」
マーサは、泣かなかった。ただ深く頭を下げて、
「申し訳ございません」
と言った。
「謝ることではありません」
わたくしは炭を拾って、壁の続きを書いた。
「できないと言えるのは、分かっている人だけです」
十日目、わたくしは清書した綴りを持って、アルヴィンの書斎の扉を叩いた。
「東棟の手順書です。四十一枚あります。後任の方に、これを」
アルヴィンは書類から顔を上げ、綴りの厚みを見て、口の端で笑った。
「レティシア」
彼は綴りを受け取らなかった。机の向こうから、手も伸ばさなかった。
「そういうところだよ」
「……と、おっしゃいますと」
「君は何でも大げさにする。火の番に四十枚。そんなものを渡されたら、マーサだって萎縮するだろう。彼女は二十年この家にいるんだ。薪の一本や二本、勘で分かるさ」
「勘では分かりません」
「分かるよ」
アルヴィンはペンを置いて、真面目な顔になった。彼が本気で親切をしているときの顔だ。
「僕が言いたいのはね。君はもう、この家の火の心配をしなくていいってことだ。それは君の仕事じゃなかった。誰も頼んでいない。君が勝手に背負っただけなんだよ、レティシア」
わたくしは、綴りを胸に抱いたまま、しばらく立っていた。
誰も頼んでいない。
それは、たぶん本当だった。
「承知しました」
わたくしは綴りを下ろした。
「では、この手順書は、建設監督局に提出いたします。管理者の変更届に添える控えとして、局に写しが残ります」
「好きにするといい」
「後任のお名前は、まだ空欄です」
「マーサでいいと言っただろう」
「マーサは辞退しております」
アルヴィンは、初めてわずかに眉を寄せた。それから、また笑った。
「じゃあ、誰かに命じる。どうせ火だ」
十四日目の朝、わたくしは最後に地下へ降りた。
火を落とすのは、焚くよりも手間がかかる。急に消せば石が縮んで割れる。前の晩から薪を減らし、弁を段階的に絞り、朝の残り火を灰でくるんで、ゆっくり温度を下げていく。わたくしは炉の底の灰を平らにならし、火挟みを壁の釘に掛けた。
三年、毎朝この石段を降りた。
石段の七段目だけ、少しすり減っている。わたくしの足で。
荷物は鞄ふたつだった。持参金で買った石も鉄も、屋敷の床の下に埋まっている。持って出られるものではない。
門を出るとき、東棟の窓が朝日を返しているのが見えた。中はまだ暖かいはずだ。石は、二日は熱を持っている。
実家の工房に戻って四日目、来客があった。
「レティシア・ヴァルム様。建設監督局のノア・ケラーです」
背の高い、外套に煤の匂いをつけた男の人だった。年は二十代の終わりごろ。彼のことは覚えている。三年前、東棟の改修が終わったとき、検査に来た監督官だ。図面を長いこと見てから、「これは誰が引いた」と父に聞いた人。
「オルドリッジ伯爵邸東棟の、管理者変更届を受理しました」
「はい」
「後任が空欄です」
「存じております」
ノア様は鞄から綴りをひとつ取り出した。表紙が煤で灰色になった、局の検査記録だった。
「規則では、後任が決まるまで届けは保留になります。ですが、あなたの辞任は受理しました。理由は、こちらです」
彼は綴りを開いた。
三年分の検査記録。年に一度、冬の前に監督官が回ってくる、あの短い検査の記録だ。
どの頁にも、同じ欄があった。
――東棟熱管理者 L・ヴァルム。所見、良好。
三年目の頁には、細かい字でこう書き足されていた。
「三番曲がりの脂、管理者により毎年除去済み。王都内の同型二十六棟のうち、書斎への煙戻りが一度も記録されていない棟はここのみ」
わたくしは、その一行を、二度読んだ。
「……局は、見ていたのですね」
「見ていました。仕事ですから」
ノア様は綴りを閉じた。
「それから、これは私事ですが。三年前、私はあなたの父上に図面を誰が引いたのか聞きました。父上は答えませんでした。今、あなたに聞きます」
「わたくしです」
「そうですか」
彼はうなずいて、それから、鞄からもう一枚の紙を出した。
「王都南区に、施療院を建てています。冬に凍える病人を、これ以上出したくない。床下に熱を通したい。ですが、王都で床暖を任せられる管理者は、局の名簿に七人しかいません。うち五人が老齢です」
「……六人目は」
「あなたです。空きが出たのを、今日知りました」
わたくしは、荒れた自分の手を見た。
伯爵夫人の手ではない手を。
「お受けします」
冬が来た。
王都の冬は、来るときは一晩で来る。
わたくしは南区の現場に通い、煙道の勾配を測り、石工と喧嘩をし、施療院の床の下に熱の道を引いた。父も出てきた。老いた石工たちが、若い監督官の前で「男爵令嬢が」と言いかけて、図面を見て黙った。
その冬、オルドリッジ伯爵邸で何が起きたかを、わたくしは人づてに聞いた。
最初の十日は、屋敷は暖かかったそうだ。石が熱を持っていたからだ。
十一日目に、床が冷えた。
命じられた下男が火を焚いた。焚きすぎた。東棟の書斎の絨毯が焦げた。翌日は控えめに焚いた。今度は北の広間が冷えた。加減が分からないので、日によって屋敷の温度がまるで違った。
北西の風が三日続いた朝、誰も弁を絞らなかった。引きが強くなりすぎて熱は煙突から逃げ、床は石のまま冷たくなった。
そして、樺の薪が使われた。乾ききっていない、安い樺だ。脂が三番目の曲がりにたまった。
冬至の週、東棟の書斎に煙が戻った。
壁紙が煤けた。天井の隅が黒くなった。誰も掻き出し方を知らなかったので、煙道は詰まったままになった。
温室の薔薇は、最初の霜の晩に枯れた。夜半に降りた者はいなかった。
冬至の舞踏会は延期になった。二度目の日取りも流れた。シャルロッテ様が「この屋敷は南向きなのに、どうしてこんなに寒いのかしら」とおっしゃったと聞いた。あの方に悪気はない。南向きだから暖かいのだと、本気で信じていらしたのだ。
エルミナ様は、年明けから寝台を離れられなくなった。
二月の初め、父の工房にオルドリッジ伯爵家の馬車が停まった。
降りてきたのはアルヴィンだった。外套の肩に雪を載せたまま、彼は工房の土間に立って、こう言った。
「職人を寄越してくれ。急ぎだ」
父は図面から顔を上げなかった。
「今は手が空いておりません」
「金は払う」
「順番がございます」
わたくしは奥から出て行った。
アルヴィンは、わたくしを見て、少しほっとした顔をした。彼はやはり、わたくしの顔ではなく手を見た。今度は、煤ではなく墨がついていた。
「レティシア。頼む。書斎が使えないんだ。母上の具合も良くない。……戻ってきてくれとは言わない。ただ、あの火を、君に」
「後任のお名前は、決まりましたか」
彼は黙った。
「十四日、お待ちしました。それから、局へ届けを出しました。届けは今も保留です。管理者不在の建物は、監督局の記録にそう残ります。次の検査で、東棟は使用制限を受けます」
「そんな話は聞いていない」
「手順書に書いてあります」
わたくしは言った。
「受け取っていただけなかった、四十一枚です」
アルヴィンの顔から、あの優しい笑みが消えた。消えてしまうと、その下にあったのは、ただ困っている人の顔だった。
「……あんなものは、誰でもできると思っていたんだ」
「ええ」
わたくしはうなずいた。
「わたくしも、そう言われましたので。そのようにいたしました」
彼は何か言おうとして、やめた。
わたくしは机から見積書の綴りを取って、一枚を彼の前に置いた。正規の様式で、局の印を押す欄まで作ってある、ただの仕事の書類だ。
「煙道の掻き出しと、三番曲がりの積み直し。石は東棟のものが使えます。費用はここに。着工は、三月の第二週です」
「三月……今、二月だぞ」
「順番です」
わたくしは指で紙の上をたどった。
「一番が南区の施療院。二番が北区の孤児院。オルドリッジ邸は三番目です。局の受付簿の順ですから、動かせません」
アルヴィンは、しばらく見積書を見ていた。
それから、震える手で、それを畳んで懐に入れた。
「……頼む」
「承ります」
彼が背を向けたとき、わたくしは一度だけ呼び止めた。
「アルヴィン様」
「なんだ」
「三月まで、エルミナ様のお部屋だけは、暖炉を絶やさないでください。楢を、朝と夜に三本ずつ。夜の一本は太いものを」
彼は振り返って、わたくしを見た。
「……なぜ、そこまで」
「膝が痛むからです」
わたくしは言った。
「三年、存じておりましたので」
三月、施療院が開いた。
開院の朝、わたくしは誰より早く現場に入り、地下の焚き口で火を見ていた。灰の色は白く、下に赤いものが残っている。ちょうどいい。
上へ上がると、長い病室の床が、素足でも歩けるくらいに温まっていた。運び込まれたばかりの老人が、寝台の上で毛布を膝までずらして、不思議そうに床を見ている。
「……先生。ここ、下から温かいよ」
「ええ」
わたくしは膝をついて、床石に手のひらを当てた。二十六度。ちょうどいい。
入口の柱に、局の銘板が取り付けられていた。ノア様が呼びに来たので見に行くと、石にこう彫ってあった。
――王都南区施療院。竣工、王暦八六三年三月。熱管理者、レティシア・ヴァルム。
わたくしは、それを長いこと見ていた。
「彫らせてもらいました」
ノア様が、少し早口で言った。
「規則では、管理者の名は台帳に書けば足ります。壁に彫る必要はありません。ですが、局長に掛け合いました。二十六棟で一度も煙を戻さなかった記録は、紙より石に残すべきだと」
「……理由が、ずいぶん事務的ですね」
「事務的でない理由も、あります」
彼はそこで言葉に詰まって、それから、わたくしの手を見た。
みんな、わたくしの手を見る。
「言ってもいいですか」
「どうぞ」
「あなたの手は、いい手だと思っています。三年前から」
わたくしは、自分の手を持ち上げた。親指の付け根の硬い皮膚。左の甲の火傷の跡。短い爪。墨と、灰と、石の粉。
伯爵夫人の手ではない。
「そうですね」
わたくしは言った。
「これは、火を扱う者の手です」
病室の窓の外で、雪が細かく降りはじめた。今夜は霜が降りる。夜半にもう一度、東の弁を四分の一開けに来なければ。
わたくしは銘板から目を離して、地下へ続く階段の方へ歩き出した。
火は、放っておけば消えてしまう。
誰かが、世話をしなければ。




