レアスキルで飛躍のはずが、規格外スキル持ちに"わからせ"られています【異世界BL】
俺はクエスト受注担当のギルド職員。淡々と業務をこなす毎日だ。研修では、私情は挟まないように、と教わっている。
「手続きが完了しました。次の方をお呼びしますので、あなたはさっさと討伐しに行ってください(はやく出ていけ)」
――ただし、その教えが通用しない相手がいた。
ぺたりと貼り付けた笑顔は、おおまかに分ければ一応は笑顔の分類だ。刺々しい言葉であっても、丁寧語というオブラートで包んである。だからセーフだと俺は勝手に判断している。
目の前にいる男はそんな俺の言動を気にする様子もなく、澄ました顔で微かに口元を上げた。それがまた腹立たしい。
本当は、しっしっと手で追い払いたい。なんて思いながら男が立ち去るのを待っていると、あろうことかカウンターに乗せていた俺の手の上に、自身の手を重ねてきた。
びくっと体が強張ったその隙を逃さず、男が顔を寄せる。そして俺の耳元にそっと囁く。
「テオの仕事が終わったら迎えに行くね?」
返事を待たずして、男は背を向けて歩き出した。
魔剣の英雄、ルシアン・アークレイ。
この街を代表する最強パーティ『凌天を目指す者たち』の1人だ。
歩くだけで尊崇や恋慕の視線が集まっていく彼の背中を、俺は誰にも気づかれないように睨みつけた。
***
俺が7歳の誕生日。
6歳差の兄とその友達3人に連れられて、満天の星空が見えると噂の丘に登った。
空を埋め尽くすほどの星が瞬いていた。その美しい情景をじっくり眺めようと、自然と顔が上を向いた。
こんなに空に目を奪われたことは、今まで一度もなかった。
誰もが言葉をなくした。
俺たちは時間を忘れ、ただ静かに空を見上げ続けた。
兄とその仲間は、冒険者になることを夢見ていた。16歳になった彼らはすぐに冒険者登録を行い、冒険者として活動を始めた。
ランクが上がるにつれて初心者の装いを脱し、クエストで得た素材で作られた装備は寄せ集めで不揃いだった。けれど、10歳の幼い俺にはその姿が魅力的に映った。
ほどなくして、4人によってパーティが結成された。リーダーは兄だ。
「兄ちゃん、どうして『凌天を目指す者たち』ってパーティ名にしたの?」
気になって名付け親の兄に聞いた。
「覚えているか?テオ。星を見に行った日を。俺はあれからよく空を見上げるようになった。それで気づいたんだ。"星の奥に星がある"ってことを」
兄は地面に星の絵を描いて、その隣に小さい星を添えた。
「これも星だ。小さく見えるだろ?だがな、そうじゃない。これは最初に描いた星よりも、もっと高いところにあるんだ」
そうなのか。頭の片隅にもなかった視点だった。
兄の話に引き込まれていく。
「真っ平らだと思っていた空が、急に高くて遠くて果てしないものに見えてきたんだ。冒険者になると色んなモンスターと戦うんだけど、時には強いモンスターに出くわしてしまう。戦闘の途中で一旦逃げ出して、そのまま諦めてしまおうかと思うこともしょっちゅうだ。そのときに空を見上げると思い出すんだよ。――星を越える星があることを。俺が見ている空をはるかに越える空があることを」
兄は空を指さし、そこからさらに上へと指を動かした。
「じゃあさ、自分を越える自分がいてもおかしくないんじゃないかって。俺はな、身をもって感じた。いるんだよ。俺を越える俺が。倒せないと思った敵に挑戦し続けていたら、あくる日には倒しているんだ。何度諦めそうになったって、上を見ればもう一度立ち向かう勇気が湧いてくる。俺はもっと強くなりたい。今の自分を越え、上に行きたい」
空を見上げる兄の目はキラキラと輝いていた。
「この気持ちを忘れないようにしたくて、あのパーティ名にしたんだよ」
鼻先を指でこすり、兄は少し照れたようにへへっと笑った。
かかか、かっっけーーーーー!!!
俺も兄のようになりたい。
俺も冒険者になりたい!!
この日を境に、俺は冒険者という生き方に強く憧れるようになった。
『凌天を目指す者たち』のパーティメンバーは重剣士の兄、治癒術士のローラ、弓術士のケイティ、そして魔法剣士のルシアンだ。彼らは昔からよく兄の部屋に集まった。だから自然とそこがパーティの拠点になった。
兄は個室を与えられ、10歳の俺はまだ親と同室で寝ていた。兄の志を聞くまでは、俺は冒険者というものをよく理解しておらず、彼らの様子を遠巻きに眺めるだけだった。
しかし冒険者に興味を持ち始めた俺は、積極的にパーティの集まりに顔を出すようになった。兄たちの話し合いをすみっこで聞いているだけだったが、彼らの冒険話や白熱した議論を聞くたびに、冒険者への夢が膨らんでいった。
家の外でも兄たちについて回ろうとしたが、冒険者ギルドや武器屋には入らせてもらえなかった。
他のメンバーは好意的だったが、ルシアンだけは俺が冒険者を志すことに「テオには危険だ」と難色を示していた。
ルシアンは、パーティにとってなくてはならない存在だった。冒険者登録の際に、強力なスキルをいくつも所持していることが分かった。彼のおかげで各々の経験値が上がり、扱える技が増え、パーティ全体の士気が高まっていった。
ベージュの髪に、淡緑の瞳。幼少期に美少年だの可愛いだの持てはやされた顔は、今では男らしさと爽やかさを兼ね備えた、非の打ち所のない整った容姿になっていた。
道を歩けば、まるで物語から抜け出した王子様のようだと騒がれ、女性たちから熱い眼差しを向けられる。これからも成長とともに、その美しさは増していくに違いない。176cmの身長もまだまだ伸び続けそうだ。
片手間で冒険者活動をする人もいる。だが『凌天を目指す者たち』は皆、冒険者以外の未来を考えておらず、本気でその道を歩んでいた。
騎士として出世する道もあるはずだ。なぜそれを選ばないのかと、ルシアンに尋ねた人がいた。
「騎士は国のために戦う。俺が望んでいるのはそれじゃない。どこまでも強い敵に挑み、どこまでも高みを目指す。俺はモンスターよりも強く、人間よりも強くなる。大切な人を絶対的に守るためだ」
ルシアンは即答した。その目に迷いはなかった。俺やパーティメンバーを含め、街の人たちはその強い意志に胸を打たれた。
大切な人といっても、女性関係の浮いた話がなかったので、家族のことだろうと皆は考えた。
兄は己を越える己を目指し、ルシアンは完全無敵の強さを目指し、ローラは果てなき癒しの力を目指し、ケイティは素早さと必中の極致を目指した。まだ名声には程遠い、駆け出しの若きパーティは、それぞれの高みへ向かって一心不乱に技を磨いていった。
俺はそんな彼らを見上げて、はやく冒険者になりたいと気持ちばかりが募った。
月日が経ち、ついに俺は16歳になった。
冒険者ギルドの門を叩き、速攻で冒険者登録を
―――するはずだった。
「やあ、テオ。どこに行くの?美味しい料理屋を見つけたから行こうよ」
「ぐえっ」
後ろから首を囲うように腕が回された。抵抗しようとするが、力が強くて太刀打ちできない。半ば強引に引きずられる。
ああ……冒険者ギルドが遠のいていく。
目線を上げると予想通りの人物と目が合った。
巷で甘いマスクと評判の男、ルシアンだ。
22歳になったこの男は185cmの長身に引き締まった身体を備えた美青年へと、見事なまでに成長を遂げていた。
「俺は行くなんて言ってないっ」
「大丈夫大丈夫。テオは気に入ると思うよ」
全然大丈夫じゃない。俺は冒険者登録をしに行くんだ!この腕を離してくれーー!
もがく俺と対照的に、ルシアンは余裕な笑みを浮かべる。
「ああ、お姫様だっこのほうがいい?」
「ちげーよ!」
ルシアンがもう片方の手を腰に近づけてきた。本当にしてきそうだったので急いで手を払いのけた。お姫様だっこは絶対やだ。ここは大人しくするしかないのか…。なんだか気が抜けてしまい、そのままお洒落な食事処へと連れていかれた。
「俺、別にご飯の気分じゃないんだけど…」
「討伐終わりでお腹が空いているから付き合ってよ。はい、メニュー」
すっと渡されたメニュー表には美味しそうな料理や軽食がずらりと並ぶ。吸い込まれるように見入り、気づけばハンバーガーを注文していた。まあ、どうせルシアンのおごりだ。
ほかほか肉厚のハンバーガーをもぐもぐと食べながら、あーあと思う。
こんな調子で何回もルシアンに捕まり、俺は誕生日から5ヶ月経った今でも冒険者登録を行えていない。
16歳になって浮かれた俺に、ルシアンだけは「だめだよ。テオに冒険者は危険だ。ちがう道を探そうね」と反対してきた。
ルシアンは昔からなにかと俺を子ども扱いというか、か弱い生き物のように接してくるのだ。
危険かどうかは冒険者になってみないと分からない。いつまでもお子様じゃないんだ!とルシアンの言うことなんて気にせずに、1人で冒険者ギルドに乗り込もうとした。しかし、どこから聞きつけたのかギルドにたどり着く前にルシアンに行く手を阻まれた。
優しそうな見た目をした男だが、魔法剣士として数々の功績を挙げている歴戦の冒険者だ。
誰も到達できなかったダンジョンの奥地に『凌天を目指す者たち』はたどり着き、そこで彼らはそれぞれの職業に適したレアスキルやレアアイテムを手に入れることに成功。街を脅かす巨大ドラゴンの出現に、臆することなく突っ込んで見事討伐。緊急クエストでいくつもの命を救ってきた。
すでに最強クラスのこのパーティはどこまでも高みを目指し、止まることを知らない。
そんなメンバーの中でも、ルシアンはとにかく強くなることに貪欲だと兄は言った。
膨大なスキルを自由自在に操り、手に入れてきたアイテムを計算し尽くした最高のタイミングで惜しみなく使う。強さは加速度を増し、もはや爆進の勢いだ。
そのルシアンが立ちはだかってきて、まだ冒険者にもなっていない俺が力で勝てるはずもなかった。
身体を押してもビクともしない。ルシアンの脇をすり抜けようとしたが、瞬時に首根っこをつかまれた。素早さも動きも段違い。「さあ帰ろっか」と家まで連行された。
それからはルシアンに邪魔される日々。
容赦など微塵もない。少しの隙すら与えてくれないのだ。俺は泣いてすがるタイプでもないので、ついつい反抗的になり結局ルシアンに押さえ込まれる。「少しは手加減してよ!」と言うと「諦めればいいんだよ?」とニコッと笑うだけ。
ルシアンがクエストで留守中の間になら登録できると思っていたが、隠していたのになぜか母がテスト週間を知っていて勉強するはめになるし、ギルドの近くまで来たのになぜか自宅の前に戻っているし、なぜか急に眠たくなるし、そんな変なことが続いて、気づけばルシアンが帰ってきている。
奴との攻防戦が幾度となく繰り返されようが、不思議なことが起きようが、俺はめげなかった。毎日体力づくりに勤しみ、ギルドに向かう足を止めない。
そして、17歳になった秋。ルシアンと一切出くわすことなく、念願の冒険者登録にたどり着いた。
俺の粘り勝ちだった。
そわそわドキドキ。受付のお姉さんに説明を受けながら、胸は期待と高揚感でいっぱいになった。
冒険者カードの発行時には鑑定書が渡される。それによって適正職やスキルといった鑑定結果が確認できるのだ。発行には数日かかるようで、その日はギルド内をキョロキョロと見て回るだけで終わった。
家に帰る足取りは軽かった。ようやく大人への一歩を踏み出せたんだと、心が踊った。
次の日、学校終わりにルシアンに遭遇した。昨日討伐したモンスターが思いのほか手こずったらしい。なるほど。そいつのおかげで俺は冒険者になることができたのか。ありがとうモンスターよ。俺は心の中で全力で感謝した。
ルシアンは少し物憂げな表情をして「俺もまだまだだね。強くならなきゃ」とため息をついた。いやいや。向上心化け物級かよ。もう十分強いのに、どこまで上を見続けてんの?この男の底知れない執念に畏れを抱いた。
「テオ、冒険者登録したんだね」
ルシアンは俺を見てふっと笑い、唐突に急所を突いてきた。視線があちこちに泳ぐ。誰にも言っていないのにどうしてバレた?
「ふぇ、な、なんのこと?」
「とぼけても無駄だよ。テオは分かりやすいからね。それより、疲れたから今休憩したいんだ。あそこでお茶しようよ」
肩に手を置かれ、近くの料理屋に誘導される。相変わらず俺の答えを待つ気はないようだ。
俺は拍子抜けした。小言かなにか言われると思っていたが、やけにあっさりしている。対面で食事している間も警戒していたが、特に何も言われなかった。なんだよ。あんなに反対していたくせに。
…まあ言われるよりマシか。俺がどれだけ本気か知りたかったのかもしれない。生半可な気持ちではやっていけないぞ、とかそういう兄心みたいな?兄ではないけど兄と同い年だし俺は弟のようなものだろう。
そんなかんじでだらだらと考えていたが、途中で思考を切り上げた。冒険者登録さえしてしまえば、こっちのものだ。ルシアンのことを気にする必要はない。今はこれからの冒険者生活について考えよう。鑑定結果を確認して、職業を決めて、クエストをして……やることが目白押しだ。
ご飯を食べながら未来に思いを馳せていた俺を、ルシアンが意味ありげな表情で見ていたことに気づかなかった。
翌日、冒険者カードを受け取りに冒険者ギルドを訪れた。
受付でカードと鑑定書を貰い、近くのテーブルに腰を下ろしてさっそく確認する。
冒険者カードには名前やレベル、ランクなどの基本情報が記されている。冒険者の誰もがレベル1、Fランクからスタートする。
カードを眺めてにんまりしたあと、鑑定書を開いた。
俺の第1適正職は剣士。第2適正職は錬金術士、第3適正職は書記士だった。
剣士が主適正職なのは運が良かった。兄は重剣士で、ルシアンは魔法剣士という環境の中で育ってきたので、剣士にはそれなりに憧れがあった。剣士以外の職は、どういうものかいまいちよく分からないしあまり心が惹かれなかった。
選択できる職業は1つだけ。途中で別の職業に変更も可能らしい。
俺は迷わず剣士にした。
それぞれの初期スキルの説明の下に、固有スキルという項目がある。固有スキルは、各個人が最初から持っている特別な能力のことで、凡庸なものから強力なものまでピンからキリまである。
固有スキルの欄には、【剣の盾】(剣を盾のように扱う防御スキル)と【追撃】(攻撃後に追加で攻撃を与えるスキル)と書いてあった。
なんだか強そうだと思って鑑定担当の職員に尋ねてみると、珍しいスキルではないとのこと。
少しがっかりしたが、剣士としてはなかなか筋がいいと言われた。
ステータスにも目立つところはなかった。しかし職員は「最初から優れている人のほうが少ない。これから伸ばしていけばいい」と励ましてくれた。
かくして俺の冒険者ライフが始まった。学校終わりには必ずギルドに立ち寄り、クエストを受けるのが日課になった。俺はとにかく兄たちのように強くなりたかったので、入門クエストを達成したあとはモンスター討伐のクエストを率先して受けた。
最初から防御スキルが備わっていたおかげで、戦いやすかった。コツコツとレベルを上げ、Eランク、Dランクと傾らかに昇格していった。
ここまでは、1人で活動していた頃の兄と同じくらいの成長速度だったと思う。兄のような強い冒険者になるのも夢ではない。そう信じて疑わないほど、順調な日々を過ごしていた。
異変が起きた。それは突然のことだった。
レベルに応じて受けられる依頼は決まっている。いつものように、自分のレベルに合ったクエストを受けた。
自分のレベルに見合わないクエストを受けるとクエストの達成が難しくなる。以前、背伸びしてレベルの高いクエストを受けようとしたところを受付のお姉さんに止められた。命の危険が伴うのでおすすめできないと。特にパーティ結成資格が与えられるCランクまでは、自分のレベル相応のクエストを受けるのが望ましいという。
さすがに"命"という言葉に怖くなったので、大人しく自分の身の丈に合った依頼を選んでいるのだ。
――おかしい。なんでだ?
モンスターを斬りつけながら、心の中で呟く。
攻撃が、異常なほど効かない。
積み上げてきたステータス的には攻撃力があるはずなのに、何度斬りつけても雀の涙ほどのHPが減るだけ。
こんなこと今までなかった。一生懸命腕を振るが歯が立たない。幸い、相手からの攻撃によるダメージはなかった。
モンスターを倒す前に、俺の腕の限界が先に来た。
クエスト未達成。ギルドにそう報告することになった。
「回復魔法が使えたり、防御力が高いモンスターもいますが、それには当てはまらないはずですけどね……。武器を変えてみたり、新たなスキルを探してみるのも良いかもしれませんね」
受付のお姉さんのアドバイスにより、今の所持金で買える強い武器を購入し、剣士のスキルが手に入るおすすめのクエストを受けることにした。
手続き可能なクエストは、マロイア遺跡の攻略だ。Dランクになったばかりに一度受けたことがある。その奥地にスキルの魔導書があるそうだ。全然知らなかった。モンスターを倒すことに夢中で、探索することはほとんどしなかったからだ。
強くなるためにはスキルの習得に意識を向けることも必要だと学んだ。
マロイア遺跡へと足を踏み入れる。新調した武器で攻撃力が上がっているし、余裕だろうと踏んでいた。
「くそっ、なんでだよ!?」
今まで倒せていた魔物に攻撃がほとんど通らない。HPを細々と削るうちに、仲間の魔物が寄ってくる。やばい、囲まれた!逃げようとしたところで体当たりされる。だが痛くはない。俺の周りを取り囲んで炎を吹いてくる。1匹だと【剣の盾】スキルで防御できるが、大勢だと追いつかない。しかし、ぼよん、ぼよんと俺を囲むモンスターたちの攻撃は不思議なことに俺には全く効かなかった。
俺の攻撃はほとんど当たらず、敵の攻撃も俺には当たらない。怖くなって遺跡を飛び出した。
ギルドに戻ってステータスを確認したが、特に異常は見つからなかった。一夜明けて再度挑戦する。しかし結果は同じだった。
奇妙な現象は続いた。レベルの低いクエストを受けてみても、倒すことができない。ステータスを一時的に上昇させるポーションを飲み、攻撃力を強化したはずなのに、ダメージを与えられない。
原因を突き止められず、未達成が増えていく。どう足掻いてもCランクに届かない。
冒険者には才能の限界がある。
これはギルドで冒険者たちが何気なくしていた会話の中で、聞こえてきた言葉だ。
ある地点までいったら成長速度が遅くなり、伸びが鈍くなることがあるらしい。ランクが上がらないのは才能の問題で、努力では越えられない壁があるというのだ。
俺はその類なのか?
俺には剣士の才能がないのか?
徐々に自信がなくなっていく自分がいた。しかし諦めの悪い俺は、希望を捨てきれずもがき続けた。
18歳の春。学校を卒業して冒険者業に当てる時間は十分にあった。この日も敵のHPを削ることに奮闘していたが、腕は限界に達しそうになっていた。
もう夜が近い。今日も無理だったか、と剣を下ろそうとしたその時。
ピカァァッッ
ズバァーーーーーーッッッ
突如として剣が光を放ち、身体が勝手に動く。
次の瞬間、凄まじい速さで敵を斬り裂いていた。
真っ二つになったモンスターはHPが瞬く間に0になり、そのまま消滅した。
沈黙。そして訪れた静寂。心臓はドッドッドッと脈打っている。
これは一体なんだ……?
手のひらを見つめた。確かにこの手が動いたのだ。自分の想像をはるかに超える速さで。
ゆっくりと顔を上げ、辺りを見渡す。少し遠くに討伐対象のモンスターがいる。残り2体倒せばクエストは達成される。
俺はもう一度、剣を振り下ろした。
ギルドにてクエスト達成の報告をし、再鑑定をお願いした。剣から光が放ち、軽やかにその場にいたモンスター数体を瞬殺した。――どう考えても偶然ではない。
「おめでとう、テオくん。レアスキルが発動したようだ」
鑑定担当の職員が、鑑定書を渡してきた。俺は急いで鑑定書を開く。
レアスキル:【剣王の閃光】(強烈な光の一撃。光で敵の視界を奪い、王者の剣技で斬り裂くスキル)
「初めて見たよ、こんなスキル。詳細な威力までは測定できないんだが、強力なスキルであることは間違いないね」
鑑定書を持つ手が震える。俺は職員にお礼を言ってギルドを後にした。
道が、開けた。目に映るすべての景色が眩しく輝いている。
やった。やったぞ……!
モンスターを倒した時のあの喜び。鳥肌が立つほどの心地良さが全身を駆け抜けて、今もなお余韻が残っている。
この世界では、特定のモンスターの討伐や、探索による魔導書の発見によってレアスキルを手に入れることができる。場所さえ分かれば誰でも入手可能なものもあるし(ただし難易度は高い)、世界で1つしか存在しないスキルもある。未確認のレアスキルを開拓する冒険者も存在するらしい。
稀に特定の個人にレアスキルが発現することがある。対象は18歳以上で、発現条件は個々に異なる。鑑定で発現条件が分かることが多いが、俺の場合は不明と記してあった。鑑定担当の人が見たことがないと言っていたので相当珍しいスキルなのだろう。
レアスキルは、俺の未来を明るく照らしてくれた。クエストを次々と達成し、その勢いのままレベルは一気に上昇した。
もうCランクは目前だ。パーティを結成して、仲間と切磋琢磨して、より強いスキルを手に入れて、俺は兄のようになるんだ。
昇格試験前の最後のクエスト。
従魔を先に倒し、ボスと一騎討ちになった。さあ【剣王の閃光】スキルでトドメだ。
剣に力を込め、一歩踏み出そうとした瞬間。
――後ろから人の声がした。
「【攻撃力低下】を発動」
なに…?
スキルを発動しようとした手が一瞬止まった。
「【スキル速度低下】を発動。……いや、もう使ってもいいかな。
【スキル封印】を発動」
剣を振ろうとして、違和感を覚える。剣から光は出ず、腕の動きも鈍い。モンスターには、通常攻撃のような微々たる一撃しか当たらなかった。
「【行動延滞】、【脱力状態】を発動」
またも後ろから声が聞こえ、身体が鉛のように動かなくなった。そして足元が崩れ、地面に倒れ込む。なんだこれは…?必死で立ち上がろうとする。
「まだ動けるんだ?【重力増加】を発動」
見えない力によって地面に押し戻された。身体が重たい。動かない。
ジリ……ジリ……と、砂利を踏む音がする。
顔が横に向いたままの俺の視界に、男物の靴が映った。
「俺が甘やかしすぎたのが悪かったよ。ねえ、テオ?」
低くしゃがみ込み、俺の瞳に映ってきた男の顔を見て思考が止まった。
「……なっ、…ん、で……」
言葉が途切れ途切れになる。
「ああ、弱体化のせいでうまく喋れないのか」
男は【行動延滞】と【重力増加】の弱体化スキルを解除した。身体の重たさがなくなっていく。しかし脱力感は残った。
立ち上がろうとしてふらついたところを男に抱き止められた。結局立つことができず、支えられながら座り込んだ。抵抗しようとしても脱力感に逆らえない。声はスムーズに出るようになった。
「ルシアン!一体なにをしたの!?」
俺はルシアンを睨みつけた。ルシアンはまったく動揺を見せず、涼しい顔で俺に微笑みかけた。
「なにって…甘やかしすぎたから、現実を教えてあげているんだよ」
淡緑の瞳が俺を射抜く。口元は笑っているのに、その目は一切笑っていないことに気がついた。
「まさかレアスキルが現れるなんてね。まったく、テオは俺を驚かす天才だ」
されるがままに髪を撫でられた。一瞬、褒められたのかと思った。
「でもな、お前はCランクには上がれないよ」
衝撃的な言葉がルシアンの口から放たれた。
理解が追いつかない。
「俺が、そう決めたから」
「どういう、こ…と……」
まぶたがどんどん重たくなっていく。冒険者登録をする前に何度も味わったあの不自然な眠気が、再び身体を支配した。意識がそこで途切れた。
いつの間にか自宅のベッドで寝ていた。母によると、ルシアンが疲れて眠った俺を運んできたらしい。
冒険者ギルドに行くと、クエストは未達成で処理されていた。ルシアンが寝ている俺の代わりに手続きをしたらしい。
昨日のことは夢じゃなかった。俺はルシアンと一緒にいたんだ。
というかクエスト未達成なのか…。あのとき、モンスターはどうしたっけ…。俺は懸命に記憶を辿る。
俺の攻撃はほぼ当たらなかった。そこは覚えている。そしてルシアンが現れて、それで…モンスターは俺たちより少し離れたところにいた。見えない壁にぶつかっているような、変な動きをしていたな。そのあと俺は眠くなって…。結局、モンスターは倒せなかったのか。
おかしくなったのはレアスキルを使おうとした時だった。ルシアンは「弱体化」とか言っていた気がする。俺になにかしたのだろうか。
頭が痛くなってきた。どうしてこんなことに。
――Cランクには上がれないよ。
ズキズキとした頭の中に、ルシアンの言葉が響く。
その日は新たなクエストを受けずに、家で休むことにした。モンスターを倒すことに毎日夢中で、何もせずにゆっくり過ごすのは久しぶりだった。
一日中ぐっすり眠ったおかげか、目を覚ます頃には思考がクリアになっていた。頭痛もすっかり消えている。
それでもルシアンの言葉を忘れることはできなかった。Cランクに上がれないだって?そんなことあるはずがない。だって俺にはレアスキルがある。あれを極めれば上に行ける。俺の才能だ。
俺はベッドから飛び上がって支度をする。未達成になったのは残念だったが、もう一度挑戦すればいいだけのこと。そう思っていた。
「ねえ、いい加減諦めて?――弱いんだから」
倒れ込む俺を見下ろす、ルシアン。身体が全然動かない。クエスト達成のために再び森に入った結果がこれだった。
「懲りないね。俺のスキルであれだけ動けなくさせたのに、もう忘れたの?そんな起き上がれない状態で、冒険者業などできるはずがないってさすがに分かってくれたかなあ」
瞳に少しも笑みが宿っていない。
「……ス、キ……ル?」
俺のこの身体が動かないのは、ルシアンのスキルのせいなのか?
「そう。俺の数あるスキルの1系統、弱体化スキル。ステータスを低下させたり、状態異常にして動きを封じることができる。今のテオのようにな。もちろん、強化スキルもある。テオが今までモンスターの攻撃を受けなかったのは、俺の防御系の強化スキルのおかげだよ」
ルシアンの口から、思いもよらない事実が明かされた。どうしてそんなことを…?ルシアンの意図が分からない。
何を思ったのか、ルシアンの剣がスッと軽く振り下ろされる。剣先から放たれた魔力が森を駆け抜けた。直後、バキッバキッバキッと激しい音がして、辺り一帯の木々が切り倒されていく。
「これは俺の通常攻撃。強化のない状態でこんなのに当たってみろ。お前は即死だね」
信じられない光景に言葉が出なかった。これが通常攻撃なんて……恐ろしすぎる。
「冒険者業は危険だ。本当は身体で痛みを感じてくれたら理解するのかと思うけど、生憎俺は可愛いお前に傷一つ負わせたくないんだよ」
グサリと、ルシアンの魔剣が俺の顔のすぐ横の地面へ突き立てられた。
「辞めるよね?冒険者。これ以上続けるつもりなら俺はもう甘やかさないよ。どこまでも教えてあげる。分かるまで徹底的に。
俺自身の力で、お前の弱さをな」
『凌天を目指す者たち』はパーティでの活動をしばらくの間中止しているらしい。
個人個人の力をさらに強くするために、ソロの活動に専念することになったという。
今までルシアンは、俺の行動を近くで見守ったり(全く気づかなかった)、ソロ活動の合間に遠隔でスキルを発動したりして俺を守っていたようだ。妨害の間違いだと思うのだが。
パーティ活動がなく自由なルシアンは、宣言通り徹底的だった。
何度も俺の前に立ち塞がり、彼が持つあらゆる魔法、スキルで俺の行動を制御した。俺のレアスキルなど、取るに足らないものだと言うように。
俺にクエストを達成することはできない。それを嫌というほど、目の前で見せつけられた。
【スタミナ低下】【筋力低下】【視界遮断】【睡魔】
【成長阻害】【戦意喪失】【攻撃封印】【武器封印】
【立方結界】【剣の包囲陣】【浮遊】【転移】【監視】
ルシアンは顔色1つ変えず、尋常ではない数の技を使いこなす。魔力が途切れることもない。スキル同士が衝突し、不発になることもない。
無駄のない完璧な動きによる神業の連続。
まさにそれは"規格外"の強さだった。
そんなルシアンの圧倒的な強さを、真正面から受け続けること数週間。立ち上がっては折られ、立ち上がっては折られ、それでも立ち上がろうとした俺にスキルの雨が降り注いだ。
俺は人生に絶望し、家に引きこもった。
そこへ元凶となるルシアンがニコニコと上機嫌でやって来た。ルシアンによって心に傷を負った俺は、恐怖に怯えて部屋の隅に逃げようとした。そんな俺をぎゅうっと抱きしめて、よしよしと頭を撫でる。
「やっと諦めたんだねえ、テオ。お前は俺が養うから生活は心配しなくていいからね。お金は貯めてある。一緒に暮らそう。新婚旅行はどこにしようか?」
特大級の爆弾が落とされた。
待ってくれ待ってくれ待ってくれ……!
この男は何を言っている?冒険者を諦めさせたうえに、俺にトラウマまで植え付けておいて一緒に暮らそうだと?
「震えてるの?大丈夫だよ。お前が冒険者を辞めてくれるなら、もうあんなスキルなんて使わないよ。ご褒美にいっぱい甘やかしてあげるから安心して。好きだよ。愛してる。可愛い可愛い俺のテオ」
こめかみにキスされた。ルシアンは恍惚とした眼差しで俺を見つめている。
女性から絶大な人気を誇るあのルシアンが、
桁違いの才能と美貌を持つあのルシアンが、
俺に向けていた想いの正体にようやく気づいた。
俺は身の危険を感じた。この男から逃げないと。この街から離れないと。
何もかも捨てて、一からやり直したい。
正気に戻った俺はルシアンを追い出して、これからのことを考え始めた。どうすればこの街を出られる?お金が必要だ。しかし冒険者以外で俺の働く道はあるのか?
ふと、机の上に無造作に置いていた鑑定書が目に留まった。冒険者登録をしたときに最初に貰ったあの紙だ。
職業を剣士と決めて受付に行った際、他の職の説明も受けていた。「第3適正職は書記士ね。これがあれば冒険者ギルドの職員になることもできるわよ」と受付のお姉さんが言っていたのを思い出す。
冒険者ギルド……。
どの地域にも必ず存在するはずだ。
これなら、新天地に行ける!
俺は冒険者ギルドの職員になることを決めた。書記士に変更し、情報を集め始める。家にこもって勉強ばかりしている俺をルシアンは不思議そうに見てきたが、詳しく聞いてくることはなかった。もちろん聞かれても言わないけれど。
気になっていた冒険者ギルドで職員の募集がかかった。そこに応募しようとした矢先に、ルシアンが笑顔で俺の前に現れた。
「テオ、この街の冒険者ギルドがお前を雇ってくれるって。良かったね。この家からは少し遠いだろうから、家を借りたよ。一緒に住もうね。テオのお母さんには了承を貰っているから」
すでに断れる状況ではなく、ルシアンの完璧な根回しによって逃げ道はすべて潰されてしまっていた。
後にルシアンはこう語る。
俺は強くなろうと上を見上げて生きていた。大切な人を守るために。でもアレはいつも俺の想像を超えていく。だから俺はどこまでも強くなり続けなければならない。
おわり
Cランクからパーティ結成ができるようになっちゃうので、Dランクまでは冒険者業を許していた甘やかし攻めです。
ギルド職員については今のところ室内の仕事がメインなので、かろうじて許している心優しい攻めです。
書いててめちゃくちゃ楽しかった(*´ω`*)
創作出戻りで、短編中心にこれから色々書いていこうと思います。美形攻め平凡受けを愛してます。




