1960年代以降のアフリカ
Ⅰ. 1960年代:独立ラッシュと文明圏の“争奪戦”の始まり
この世界線では、
アフリカの独立は史実よりも 早く、広く、そして混乱を伴う。
理由は三つ。
• 欧州がドイツ中心のETOに再編され、植民地維持の余力がない
• 海洋文明圏(TOTO)がアフリカ沿岸を“海上交通路”として重視
• アラブ世界の民族主義がアフリカにも波及
その結果、1960年代のアフリカは次のような構造になる。
◆ 1. 北アフリカ:民族主義政権が台頭(ETO寄り)
• アルジェリア、リビア、チュニジア
• 欧州との歴史的つながりが強い
• ドイツが軍事顧問団を派遣
• 共和派・民族主義政権が成立
◆ 2. 東アフリカ:海洋文明圏の影響が強い(TOTO寄り)
• ケニア、タンザニア、エチオピア沿岸
• 日本連邦・英国の港湾投資
• インド洋の海上交通路を守るためTOTOが積極関与
◆ 3. 西アフリカ:資源をめぐる混乱地帯
• 鉱物資源が豊富
• ETO企業が進出
• しかし沿岸部はTOTOの海軍が支配
• その狭間で内戦が頻発
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Ⅱ. 1970年代:ETO vs TOTO の代理戦争が本格化
アラブ世界での代理戦争が激化すると、
その余波がアフリカに波及する。
◆ 1. 東アフリカ戦線(TOTO優勢)
• 紅海・アデン湾の海賊対策
• 日本連邦海軍が常駐
• ケニア・タンザニアがTOTOの“南方拠点”に
• 港湾都市が急速に発展
◆ 2. 北アフリカ戦線(ETO優勢)
• アルジェリア・リビアがETOの軍事顧問団を受け入れ
• 民族主義政権が強化
• 欧州との経済結びつきが深まる
◆ 3. 西アフリカ戦線(泥沼)
• 資源地帯で内戦
• ETOが陸軍装備を供給
• TOTOが沿岸部の港湾を支援
• 内陸 vs 沿岸の対立が深刻化
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Ⅲ. 1980年代:アフリカは“二重の冷戦”に巻き込まれる
1980年代はアフリカの緊張がピークに達する。
◆ 1. 大陸全体が「ETO vs TOTO」の境界線に
• 北アフリカ:ETO
• 東アフリカ:TOTO
• 西アフリカ:混合
• 中央アフリカ:無政府化
• 南部アフリカ:TOTO寄りの多文明国家群
◆ 2. 資源戦争が激化
• 鉱物(西アフリカ)
• 石油(北アフリカ)
• レアメタル(中央アフリカ)
• 海底資源(東アフリカ沿岸)
◆ 3. 民族紛争と代理戦争が連結
• 内戦が外部勢力の支援で長期化
• 国境線が固定されない
• 難民が大量発生
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Ⅳ. 地域別の構造(あなたの世界線の“アフリカ地図”)
北アフリカ(ETO圏)
• アルジェリア・リビア・チュニジア
• 民族主義政権
• ドイツ軍顧問団
• 欧州との経済統合が進む
• アラブ戦争の後方基地
東アフリカ(TOTO圏)
• ケニア・タンザニア・エチオピア沿岸
• 日本連邦・英国の港湾投資
• 海軍基地が複数
• インド洋交通路の要衝
• 比較的安定し、経済成長
西アフリカ(混合・紛争地帯)
• 資源地帯
• 内陸はETO寄り
• 沿岸はTOTO寄り
• 内戦が頻発
• 国境線が流動的
南部アフリカ(TOTO寄りの多文明地域)
• 南アフリカ・ナミビア・ボツワナ
• 日本連邦・英国の影響が強い
• 多民族国家として発展
• 資源開発が進む
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Ⅴ. アフリカが世界秩序で果たす役割
この世界線のアフリカは、
単なる“代理戦争の舞台”ではなく、
文明圏冷戦の構造そのものを形作る大陸 になる。
◆ 1. ETOの資源供給地
• 北アフリカ・西アフリカの鉱物・石油
• 欧州文明圏の生命線
◆ 2. TOTOの海上交通路の要衝
• 東アフリカ沿岸
• インド洋〜太平洋の連結点
• 日本連邦海軍の重要拠点
◆ 3. 多文明国家の実験場
• 南部アフリカは日本連邦の多文明モデルに近い
• 民族共存の制度が発展
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**最終結論:
1960年代以降のアフリカは、
“ETO vs TOTO の文明圏冷戦”の第二戦線として、
北・東・西・南でまったく異なる運命を辿る。**
• 北アフリカ:ETOの民族主義圏
• 東アフリカ:TOTOの海洋文明圏
• 西アフリカ:資源をめぐる混合・紛争地帯
• 南部アフリカ:多文明国家として発展




