砂漠に咲く氷の華と、創造主のデバッグ・コマンド
「……あつい。死ぬ。……いや、もう半分死んでる。アリア、頼むからその大剣で俺を叩き切ってくれ。介錯してくれ……」
俺は、一歩歩くたびに熱砂に足を取られ、膝が笑うのを通り越して、もはや生まれたての小鹿のようなステップを踏んでいた。
ギルガメス・バビロンを命からがら(社会的死を含めて)脱出した俺たちの前に広がっていたのは、見渡す限りの地獄――「ゴウゴウ砂漠」だ。
「シャキッとしなさいな、カイ! 騎士たるもの、これくらいの暑さ……あ、あつい……ですわね、確かに。このメイド服、通気性は計算されていますが、いかんせんこの日差しは……」
アリアも、額に玉のような汗を浮かべ、大剣を杖代わりに砂を噛みながら歩いている。彼女の「聖装」は魔法で常に清潔を保っているが、気温までは制御できない。純白のフリルが陽炎に揺れ、その隙間から覗く肌が心なしか上気している。
「ふん、名探偵の私にはわかるわ。この砂漠、どこまで行っても終わりがないのよ! ……というか、あそこ、何かおかしくない? 蜃気楼にしては、色が……青すぎるわよ」
ルルが、手で日差しを遮りながら指差した先。
熱気で空間が歪む地平線の向こう側に、本来そこにあるはずのない「冷徹な輝き」が見えた。
近づくにつれ、空気は急速に湿り気を帯び、肌を刺すような熱風が、いつの間にか心地よい――いや、凍てつくような冷風へと変貌していく。
「……は? 砂漠の真ん中に、氷の城……?」
俺の目の前に現れたのは、白銀に輝く巨大な尖塔を持つ、あまりにも場違いな氷の城だった。
周囲の砂はカチカチに凍りつき、頭上からはしんしんと、季節外れの雪が降り積もっている。
「カイ、これはいったい……? 貴方の『設定』通りなのですか?」
「……いや、バグだ。完全にバグってる。1000年前の俺は、砂漠に雪を降らせるなんて情緒のないことはしなかったはずだ……。おそらく、隣国との座標設定が干渉し合って、座標データが物理的にズレたんだな」
俺たちが城の門に辿り着いたその時、頭上から冷徹な、しかし鈴を転がすような美しい声が響いた。
「何奴だ。我が静寂の庭に足を踏み入れる不届き者は。……ほう、薄汚れた平民に、場違いなメイド、そして生意気そうな小娘か。……凍えて、塵となるがいい」
氷の階段を優雅に降りてきたのは、透き通るような銀髪と、鋭い冬の瞳を持つ美女――「雪の女王」だった。
彼女が細い指先を振ると、俺たちの足元の雪が牙を剥き、巨大な氷の狼――「フロスト・ウルフ」へと姿を変え、唸り声を上げる。
「……カイ、どうしますの!? 今の私では、この寒暖差で体が思うように動きませんわ!」
アリアが剣を構えるが、急激な冷気に筋肉が強張り、震えが止まらない。ルルも「ひ、ひえぇ……」と俺の背中に隠れてガタガタ震えている。
俺は、震える手で懐の10円玉……ではなく、今回は「20円(10円玉と領収書)」を取り出した。
「……あー、女王様。落ち着いてくれ。あんた、本当はここじゃなくて、北の果ての『最果ての山脈』にいるはずだろ? 住所、間違えてるぞ。ここは砂漠のど真ん中だ」
「……何だと? 貴様、何を知っている」
俺は、頭の中に浮かぶ「世界の構造図」……1000年前に俺が描き殴った、あの方眼紙の地図を指先でなぞるようにイメージした。
魔法を練るのではない。不自然な場所に置かれた「オブジェクト」を、あるべき場所へと「ドラッグ」する。
「【座標修正・局所安定】……!」
俺が叫ぶと、派手なファンファーレと共に、城の周囲の氷がパキパキと音を立てて砕け散り、元の熱い砂漠へと戻っていく。だが、女王の城と、俺たちの周囲だけは、俺の魔法の保護下で「24度の除湿モード」のような完璧な温度を保ったまま固定された。
「……なっ!? 我が絶対零度の魔力を、こうも簡単に書き換えるとは……」
女王が呆然と立ち尽くす。
俺は、膝をガクガクさせながら、城の入り口に座り込んだ。
「……ふぅ。とりあえず、ここで一晩休ませてくれ。女王様、ついでに冷たい飲み物とかあったら最高なんだけど……」
「……あんた、本当に何者なのよ……。ただの厨二病にしては、やってることがデカすぎるわよ」
ルルが、顔を真っ赤にしながら(寒さのせいか、それとも俺の活躍への動揺か)、俺の隣にちょこんと腰を下ろした。
いろいろ大変だったが、俺たちの「一文無し徒歩の旅」に、初めての「涼しい宿」が確保された瞬間だった。




