10円でも、役に立つ!
「……10円。たったの10円だぞ、アリア。1000年寝かせて利息がつくどころか、管理手数料と『中二病罰金』で全財産が溶けるなんて、どこの暗黒銀行だ……」
ギルガメス・バビロンの巨大な黄金門を背に、俺は魂が抜けたような顔で歩いていた。
手元にあるのは、もともとポケットに入っていた10円玉と、銀行の宝箱から出てきた「10円」の領収書。合わせて20円。三兆ゴールドのパンが売られているこの超インフレ世界では、道端に落ちている石ころの方がまだ文を成している気がする。
「元気を出してくださいな、カイ。少なくとも、貴方の叫んだ『ルナちゃんマジ天使』という愛の言霊は、銀行内にいたすべての人々の魂に深く刻まれましたわ。……ある種、この街の伝説(笑い種)になりましたわね」
メイド服姿の騎士・アリアが、心底同情の混じった、しかしどこか遠くを見るような目で俺を慰める。彼女の着ているメイド服(聖装)は、俺がかけた魔法のおかげで汚れ一つなく、眩いばかりの純白を保っているが、それが逆に「一文無しの放浪者」としての悲哀をシュールに際立たせていた。
「アリア、それは慰めになってない。……むしろ、死体蹴りに近いぞ」
「ふん、自業自得よ。変なポエムを叫んで世界を救おうだなんて、最初から土台無理な話だったのよ!」
ルルが、空腹で今にも鳴りそうなお腹を抱えながら毒を吐く。彼女の頬は相変わらず赤らんでいる。
「……でも、まぁ、その……あんたが本当に一京ゴールド持ってたっていうのは、一瞬だけ信じてあげなくもないわよ。……一瞬だけ、ね!」
ツンデレの教科書のようなルルの言葉を背に受けながら、俺たちは乾いた荒野を進む。
乗り物が存在しないこの世界。一歩踏み出すごとに、俺の膝は「もう限界だ」「ここをキャンプ地とする」と激しく悲鳴を上げていた。
「……なぁ、アリア。その大剣で、俺を運んでくれないか? ほら、大剣をサーフボードみたいにして空を飛ぶとかさ……」
「そんな罰当たりなこと、できるわけありませんわ! 騎士の誇りを何だと思っていまして!? それに、私はメイドではありません。騎士ですのよ!」
「……格好はメイドだけどな」
そんな不毛な押し問答を続けていると、前方の岩陰から、ガサガサと不穏な地響きが伝わってきた。
現れたのは、全身が鋼鉄のようなトゲに覆われた巨大なネズミの魔物――「アイアン・ヘッジホッグ」。
「……敵ですわ! カイ、下がっていなさい!」
アリアが即座に大剣を抜き放つ。メイド服の裾を華麗に翻し、彼女が地を蹴った。
だが、空腹のせいか、あるいは「露出度=防御力」の設定がメイド服に上書きされたことで微妙に感覚が狂っているのか、彼女の動きにいつものキレがない。
「くっ……! 身体が重いですわ……!」
「アリア、無理するな! ……ルル、お前も下がってろ!」
俺は、震える手で懐の10円玉を取り出した。
金としての価値はない。だが、1,000年前の世界から持ってきた「金属」としての純度は、この世界の魔法触媒としては異常に高いはずだ。少なくとも、俺の頭の中に浮かぶ「法則」はそう告げている。
「……頭に浮かぶままに。……【等価換算・調理発動】!」
俺が10円玉を指先で弾くと、コインが黄金の閃光を放ち、魔物の足元に巨大な魔法陣が展開された。
『魔物は倒すと料理になる』という設定を、俺の魔法で無理やりブーストさせる。
ドォォォォン!
荒野に不釣り合いなほど派手すぎる爆発音。そして、どこからともなく流れる勝利のファンファーレと謎のコーラス。
砂煙が晴れたあと、そこにあったのは――。
「……トンカツ? しかも、山盛りの千切りキャベツとソース付きですわ!」
アリアが目を丸くして、地面に鎮座する直径二メートルほどの巨大な皿を見つめた。
「……ふん、まぁ、ちょうどお腹空いてたから、食べてあげてもいいわよ。……あんたが、どうしても食べてほしいって土下座して頼むならね!」
ルルが唾を飲み込みながら、やっぱり顔を赤くして、どこからともなく取り出した割り箸を構えた。
俺は、ホカホカのトンカツを頬張りながら、遠くの空を見つめた。
全財産は失った。膝はガクガクだ。社会的地位も、1000年前に置いてきたはずの中二病と一緒に死んだ。
だが、この「設定」に満ちたクレイジーな世界で、俺たちはまだ生きている。
「……次の目的地は、その『魔法学園』とかいう場所なのか?」
「願書にはそう書いてありますわね。でも、ここからさらに数百キロ先ですわよ」
「…………死のう。今すぐここで死んで、もう一度だけ、今度は運動神経抜群のイケメンに転生し直したい」
俺の絶望的な呟きは、美味そうな揚げ物の匂いと共に、荒野の風に虚しく消えていった。




