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俺は、震える手でその手紙を広げ直した。

アリアとルルが、左右から俺の手元を食い入るように覗き込んでくる。

『未来の俺へ。たぶん今ごろ、一文無しで困ってるだろうから、とっておきの裏技を教えてやるよ。……ぶっちゃけ、この世界を創ったのは、この俺、田中海様だからな!』

「…………」

俺は、静かに手紙をクシャクシャに丸めようとした。だが、すかさずアリアに手首を強く掴まれる。

「……続きを。続きを読みなさいな、カイ。先ほどから顔色が土色のまま、呼吸が止まっていますわよ」

「読めるか! 1000年前の俺が、未来の俺にマウント取ってるだけの黒歴史の塊だぞこれ!」

「ふん、名探偵の私にはわかるわ。あんた、その手紙の後半に書いてある『お宝の引き出し方』が恥ずかしくてたまらないんでしょ!」

ルルが勝ち誇ったように俺の鼻先を指差す。彼女の顔は相変わらず少し赤い。嘘を見抜くのが得意なはずの彼女だが、俺が「中二病」だという確信だけは揺るぎないらしい。

俺は諦めて、丸めた手紙を平らに伸ばした。

『……というわけで、本当の財宝は隣町の「ギルガメス・バビロン」にある銀行に預けてある。

だが、ただ行っても門前払いだ。

いいか、銀行の受付でこう叫べ。「ルナちゃんマジ天使! 漆黒の翼で俺を抱いてくれ!」……これが暗証番号だ。初恋の相手の名前、忘れてねえよな? 俺。』

「…………死のう。今すぐこの門に頭をぶつけて死んでやる」

俺の膝は、絶望と羞恥心でガクガクと震え始めた。

ルナちゃん。1000年前の俺が深夜まで起きて視聴していたアニメ『魔法少女ルナティック』のヒロインだ。まさか、銀行の窓口で、大の大人が集まる前で、そのポエムじみた愛の告白を叫ばなければならないのか?

「……なんて書いてありましたの?」

アリアが、どこかスッと冷めたような、氷点下の瞳で俺を見る。

「……暗証番号は、俺の初恋の相手への……その、愛のメッセージだ」

俺の言葉に、二人が同時に凍りついた。

「……愛の、メッセージ?」

「……1000年前の、異世界の女性への愛を、この世界の銀行で叫ぶというのですの?」

「そうだよ! しかも、それがアニメのキャラなんだよ! わかるか!? 銀行員のおっさんの前で、深夜アニメの萌えセリフを叫ぶ俺の社会的死を想像してみろよ!」

「……やっぱりあんた、ただの中二病じゃない。アニメってなによ。救いようがないわよ」

ルルが心底同情するような、あるいはゴミを見るような目で俺を見た。

「でも、背に腹は代えられないわよ。一京ゴールドがゴミ同然のこの世界で、あんたが『とっておき』って書くくらいの財宝でしょ? だったら、どんなに恥ずかしくても行くしかないじゃない!」

俺は溜息をつき、一歩を踏み出した。

目的地は、隣町の商業都市「ギルガメス・バビロン」。

乗り物がないこの世界、運動嫌いの俺には一歩一歩がデスゲームだ。数時間の行軍の末、アリアの肩を借りて引きずられるようにして、俺はようやく巨大な金色の建物――バビロン第一銀行の前に辿り着いた。

だが、そこには一人の男が立ち塞がっていた。

白銀の鎧を纏い、やたらとキラキラしたエフェクトを背負った、鼻持ちならないほど整った顔立ちのイケメン騎士。

「……おや、アリア殿ではありませんか。そんな薄汚れた平民を連れて、このような場所で何を?」

出た。俺が設定した『恋のライバル』だ。

名前はゼノン。実力はあるが、とにかく性格が鼻につく「王道ライバル」として俺が配置したキャラだ。

「ゼノン卿。……彼は私の恩人ですわ。失礼な物言いは控えていただきたい」

「ハッハッハ! 冗談はよしてください。アリア殿を守れるのは、この私だけだ。……おい、そこの平民。その汚れた紙きれを持って銀行に何の用だ? まさか、預金でもあるとでも言うのかい?」

ゼノンが俺を見下して笑う。

俺は、手紙を強く握りしめた。

こいつの前で、あのセリフを叫ぶのか……?

だが、ここで引けば、俺たちは今夜も魔物のステーキを野宿で食う羽目になる。

「……ああ、用がある。お前には一生縁のない、最高機密の口座を開きにな」

俺の膝は羞恥心で震えていたが、一文無しを脱却するため、俺は銀行の重厚な扉を蹴り開けた。

背後でゼノンが「フン、身の程知らずめ」と鼻で笑いながら、見物と言わんばかりに付いてくる。

「……いらっしゃいませ。暗証番号の入力をお願いいたします」

窓口の美人の受付嬢が、微笑みながら俺に「拡声魔法」の水晶を差し出してきた。

この銀行のセキュリティは厳重だ。周囲に聞こえるほどの声で「暗証番号」を叫ばなければ、魔法の鍵は反応しない仕様になっている。

俺は、固く目を閉じた。

アリアが見ている。ルルが見ている。そして、あのイケメンライバルのゼノンもニヤニヤしながら見守っている。

「……ルナちゃん……マジ……天使……っ!! 漆黒の翼で……俺を……抱いてくれえええええ!!」

俺の絶叫が、銀行内に響き渡った。

数秒間の沈黙のあと、銀行の床に刻まれた魔法陣が、かつてないほどの黄金色の輝きを放った。

「な、なんですのこの魔力は!? 銀行の防壁が……溶けていきますわ!」

アリアが叫ぶ。

金色の光が渦巻き、俺の目の前の空間に、漆黒の羽をあしらった禍々しくも美しい宝箱――『暗黒魔法少女の遺産』が具現化した。

「……出た。俺の全財産だ!」

俺が宝箱の蓋に手をかけると、中には眩いばかりの魔力結晶と、見たこともないほど巨大な宝石の山、そして「国家予算を10回は買える」と銘打たれたプラチナのカードが納められていた。

「バ、バカな……! 平民の貴様が、伝説の隠し財産を……!?」

ゼノンが驚愕のあまり腰を抜かす。

だが、俺がそのプラチナカードを手に取った、その時だった。

突如、銀行の天井を突き破り、空から一筋の「謎の光」が降り注いだ。

「――警告。世界の均衡バランスを著しく損なう資産を検知――」

無機質な、どこか聞き覚えのある神の声が響く。

その光に触れた瞬間、宝箱の中身が、まるで霧のように薄れていくではないか。

「おい、待て! 何だこれ! 俺の金! 俺の老後の安泰が!!」

「……あ、あの、お客様……」

受付嬢が、消えゆく宝箱を指差して困惑したように告げた。

「こちらの口座、数千年に渡るお金の保留していた土地代、たった今発言された言葉による影響力が自動的にひかれまして、残る残高が、その……」

光が収まったあと、俺の手元に残っていたのは。

豪華なプラチナのカードではなく、一通の小さな領収書と、使い古された「魔法学園の入学願書」が一枚だけだった。

「……残高、10円」

「…………」

俺は、膝から崩れ落ちた。

一京ゴールドあったはずの資産は、1000年という月日と「世界の強制調整」によって、再びポケットの10円玉と同じ価値にまで削り取られていたのだ。

「……ハッハッハ! 結局、無一文のままではないか! 騒がせるだけ騒がせて、ただの変態だと証明しただけだったな!」

ゼノンが腹を抱えて笑いながら去っていく。

アリアが、地面を叩いて悔しがる俺の肩をそっと叩いた。

「……ドンマイですわ、カイ。でも、その『願書』……何やらとてつもない魔力が込められていますわね」

俺は、涙で霞む目でその願書を睨みつけた。

そこには、1000年前の俺が、万が一全財産を失った時の「予備の予備」として用意していた、最悪の保険が記されていた。

『財産が消えた時、お前は世界で最も魔法に適さない体になっているだろう。だが、この学園に行け。そこで死ぬ思いをすれば、道は開ける……かもしれない』

「……死ぬ思い? 魔法学園? 運動嫌いの俺に、まだ苦行を強いる気か、1000年前の俺……!」

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