一文無しの創造主と、自称名探偵
「……はぁ、はぁ……。膝が、膝が笑いすぎて、もう漫才できるレベルだぞ……」
夜の闇の中、俺の足取りは絶望的に重かった。
この世界には、馬車も、ましてや車なんて便利な代物も存在しない。一歩一歩、自分の足で土を蹴る。それがこの世界の「冒険のルール」らしいが、運動を親の仇のように嫌う俺にとっては、ただの拷問でしかなかった。
「カイ、しっかりなさいな。村の灯りが見えてきましたわよ」
涼しい顔で歩く金髪の騎士――アリアが、俺の情けない姿をジト目で見てくる。
彼女は、俺が願った『自分を守ってくれる美少女』。その設定通り、俺が息も絶え絶えな一方で、彼女は呼吸一つ乱さず巨大な剣を背負って歩いている。
ようやく辿り着いた「ハラペコ村」。
胃袋が悲鳴を上げていた。俺は、神様に願ったはずの「一生遊べる金」を頼りに、脳内の資産ウィンドウを叩き起こした。そこには『一京ゴールド』という、目が眩むような数字が輝いている。
だが、現実は残酷だった。
村のパン屋の店先に並んだ、石のように硬そうな黒パン。その下に添えられた値札には、こう書かれていた。
『本日特価:一個 三兆ゴールド』
「…………は?」
固まった。
インフレとかいうレベルじゃない。経済が崩壊している。一京ゴールド持っていても、買えるのはパン数個。しかも、1000年前の口座は凍結されていて、引き出せたのはスウェットのポケットに紛れ込んでいた10円玉一枚。……実質、俺は世界一の資産家でありながら、世界一の貧乏人だった。
「アリア、悪い。俺、今夜は野宿になりそうだ……」
「何を言ってるんですの。あそこの広場、何やら騒がしいですわよ」
広場では、柴犬を指差し、虫眼鏡を構えたツインテールの少女が声を張り上げていた。
「さあ白! 犯人はお前だね! 私の『名探偵の勘』がそう言ってるよ!」
その少女の顔は、リンゴのように少し赤くなっている。
それだけじゃない。彼女の背後にある街灯や地面が、不自然なほどに頑丈で、どれだけ騒いでも傷一つついていない。科学の欠片もないこの村で、唯一「理屈」が通じるのは魔法だけだった。
(……間違いない。あのツンとした態度、そしてあの嘘をついている時の顔。あいつがそうか)
「……おい、そこの自称・名探偵さん。(…いや、迷探偵か。)その犬は無実だぞ」
俺が声をかけると、彼女はビクッとして振り返った。
「な、何よあんた! 私の完璧な推理にケチをつける気!? どこの誰だか知らないけど、部外者は黙ってなさいよね!」
「通りすがりの、腹を空かせた平民だよ。……おいシロ、真犯人は誰か知ってるか?」
俺は手元の10円玉を指先で弾き、念じた。
自分の設定を「起動」させるイメージだ。……すると不思議なことに、唱えるべき言葉が自然と頭に浮かんできた。
「【万象通言】」
(……お、出た。案外簡単に魔法っぽくなるもんだな)
俺は単なる「設定の応用」だと思っていたが、驚くほど滑らかに力が指先から抜けていく。
すると、俺の耳にだけ、情けない犬の声が届いた。
『……あそこの井戸の裏で、お肉を隠し持ってるおばちゃんだよぅ……』
俺は迷わず、井戸の影を指差した。
「あそこのおばさん。顔が赤くなってるけど、何か隠してないか?」
逃げ出そうとした真犯人をアリアが即座に捕らえる。
広場に沈黙が流れた。ツインテールの少女――ルルは、呆然と立ち尽くしたあと、自分の顔が赤いのを隠すようにして俺に詰め寄ってきた。
「ちょっとあんた! 何なのよ今の! ……別に、助けてなんて頼んでないんだからね! でも……まぁ、その、お腹空いてるなら……これ、食べなさいよ」
彼女が差し出してきたのは、犯人が落としていった「魔物の肉」。
俺がそれを受け取った瞬間、肉はまばゆい光を放ち、ホカホカのステーキへと姿を変えた。
「……ふん、あんたの魔法、ちょっとは役に立つみたいじゃない。名前、なんていうのよ」
「……カイ。ただの平民だ」
こうして、俺のパーティーに、二人目の仲間が加わった。
俺は気づいていなかった。頭に浮かぶ「魔法」が、単なる知識ではなく、神が授けた「創造主の権能」そのものだということに。




