湯煙に消えるプライド
黄金のコインが詰まった袋を抱え、俺たちは逃げるように温泉宿『極楽・バグ・イン』へと駆け込んだ。背後からは「破廉恥な創造主を成敗しますわ!」というアリアの怒号と、抜き放たれた大剣が氷の床を削る凄まじい音が響いている。
「ま、待てアリア! ほら、受付に二兆ゴールド払ったから! ほら、この輝く通行証を見ろ!」
俺が必死に差し出した黄金の輝きに、宿の番頭が「毎度ありー!」と能天気な声を上げる。その瞬間、アリアの殺気がわずかに削がれた。……助かった。
「……はぁ。……ようやく、落ち着きましたわね」
石造りの脱衣所。男湯と女湯を仕切るのは、申し訳程度の竹垣一枚だ。
俺は一人、湯船に身を沈めた。
「……極楽だ。……1000年経っても、お湯は俺を癒やしてくれる……」
砂漠の砂が、そして過去の黒歴史(厨二病)の重みが、熱いお湯に溶けていく。
だが、その安らぎは長くは続かなかった。
「……あ、あの、カイ。聞こえてますの?」
竹垣の向こう側から、アリアの少し上ずった声が聞こえてきた。
お湯に浸かった瞬間、街全体にかけられた**『Q22:本音しか喋れなくなる』**というログ出力(本音暴露)バフが、ついに牙を剥き始めたのだ。
「……聞こえてるぞ、アリア。……大丈夫か? 妙なことを口走ってないか?」
「だ、大丈夫に決まってますわ! 私は騎士。自制心は人一倍……、……人一倍……ああっ、言いたくないのに……! 本当は、さっきのメイド服、自分でも少しだけ似合っていると思っていましたわ! フリルが揺れるたびに、なんだか心がぴょんぴょんするのですわ!」
「「…………なっ!?」」
俺と、女湯側にいるはずのルルの声が重なった。
「ア、アリア……!? あんた、そんなこと思ってたの!? 名探偵の私でも、そこまでは見抜けなかったわよ!」
「や、やめてくださいましルル! 言いたくないのに、口が勝手に動くのですわ! ……カイ! 貴方もですわ! 貴方も、本当は私のことを……その、初期案の設定画みたいな格好にさせたいと思っているのでしょう! 正直に言いなさいな!」
アリアの悲鳴に近い問いかけに、俺の理性が削除され始める。
「……ち、違う……! 俺はただ、……いや、嘘だ! 本当は、あのハイレグ装甲を今の君に着せたら、どれだけ……どれだけ俺の視覚野がバグり散らかすか、一度でいいからシミュレートしてみたいと思っているよ畜生!!」
「「…………最低!!」」
竹垣越しに、桶が飛んでくる音がした。
だが、呪いは止まらない。今度はルルの番だ。
「……ひっ、……あ、あ、あああ……! 私は……私は、名探偵なんて、本当はどうでもいいのよ! 本当は、あんたたちみたいな『変な人たち』と一緒にいるのが、……孤独だった1000年間の設定の中で、一番……一番、安心するのよ! ずっと一緒にいたいって、思っちゃってるのよバカアアア!!」
ルルの叫びと共に、女湯側から凄まじい湯気が立ち上った。
おそらく、本音を言った羞恥心で、彼女の顔面温度が臨界点を超えたのだろう。
「……ルル……」
俺は、お湯の中で呆然とした。
20円しか持っていなかった俺を、文句を言いながらもここまで連れてきてくれた二人。
バグだらけの世界。俺の書いた、恥ずかしい設定の数々。
でも、その設定があったからこそ、俺たちは今、ここでこうして「本音」で繋がっている。
「……ああ、わかったよ。俺も本音を言う。……俺は、この世界の管理者だけど、実は一番、自分の設定に自信がないんだ。……でも、お前らが俺の横にいてくれるなら、このバグだらけの世界を最後までデバッグしてやってもいいと思ってる。……絶対に、ハッピーエンドにしてやるからな」
一瞬の、静寂。
湯けむりの中で、三人の「ログ」が重なり合った。
「……ふん。……当然よ。名探偵の私が、あんたのハッピーエンドを見届けてあげるわ」
「……そうですわね。……でもカイ、……お風呂から上がったら、その『ハイレグ』の話、詳しく、……拳で、語り合いましょうね?」
「……あ、はい」
俺の感動的な本音は、アリアの殺気を帯びた本音によって、無残にもデリートされた。




