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鏡に映り込む世界で 2

初めての夜会に初めてのダンス。

謎の紳士に導かれて踊る姿はまるで花。


華やかな舞台で起こる

予想外の出来事に翻弄されるシスルはーー

「私ばかり、シスル嬢のお相手をしていては、他の紳士方に申し訳ない」


 そう言って、ベリルはシスルの背にそっと手を添えると、周囲の様子を窺う紳士たちの方へと導いた。


「さあ。もう少し、踊っておいで」


 否応なしに輪の中へ押し出され、シスルはあっという間に紳士たちに囲まれてしまう。


「先ほどは、実に素晴らしいダンスでしたね」

「エルヴェイン卿とは、親しいのですか?」

「次の曲は、ぜひ私と――」


 その声を遮るように、ふいに別の声が割り込んだ。


「おや? 初めて見る顔だね」


 いつの間に現れたのか。

 視界になかったはずの男が、ひょいとシスルの顔を覗き込んでいる。


 くすんだ金髪を品よくまとめたその男は、この場にいる誰よりも強い存在感を放っていた。


 シスルは、伯爵から聞かされていた人物像を思い出し、慌てて礼を取る。


「第二王子殿下に、ご挨拶申し上げます。今宵は――」


「ああ、堅苦しい挨拶はいいよ」


 第二王子は、ひらりと片手を上げて言葉を遮った。


「……殿下」


 側に控えていた男が、低く声を落としてたしなめる。


「いいじゃないか、ギル。

 可愛らしいお嬢さん相手に、そんな怖い顔をするなよ」

「その“怖い顔”は、貴方に向けているんですよ」


 ギルと呼ばれた男――王子のお目付役であるローゼンヴァルト家次期当主のギルフェルドだろう。

 ギルフェルドは一度だけシスルを一瞥した。


 探るような視線。

 だが、その意味を測りかねているうちに、第二王子はするりと彼女の手を取る。


 間近に迫ったのは、黄褐色の瞳と、人懐こい笑みだった。


「さて、空色の妖精さん。名前を聞いてもいいかな?」


「シルヴェスター伯爵家が次女、シスルでございます」

 突然の出来事に、シスルはわずかに声を擦らせながら名乗る。

 

 その名を聞き、第二王子は小首を傾げた。


「あれ? もしかして、君がアーニャの妹?」

「姉を……ご存知なのですか?」


 姉を愛称で呼ばれたことに、思わず瞬きをする。


「学友だからね。……聞いてなかった?」

「いえ……。私は長く領地におりましたので」

「残念だな」


 第二王子は、どこか困ったように苦笑した。


「こんなに可愛い妹がいるなら、紹介してくれてもいいのにね」


 王子がぱちん、と冗談めかしてウィンクする。


「私が学園に通えなかったことを……気遣ってのことだと思います」

「ああ、身体が弱いんだっけ」


 どこから聞きつけたのか。

 皇子は気遣うように眉を下げた。


「父のおかげで、今はだいぶ良くなりました」

「それは何よりだ。

 じゃあ、これからたくさん楽しまないとね」


 そう言って、第二王子はシスルの手を引く。

 ためらう間も与えず、ホールの中央へと歩き出した。


「せっかくだ。私とも踊っておくれよ」


 ざわり、と空気が動く。

 人々は自然と道を開け、第二王子はそれを当然のように進んでいく。


 ――そして。


 王子にエスコートされ、戸惑いを隠しきれない可憐な少女。その構図は、周囲の目にはあまりにも絵になって見えただろう。


 だが、当の本人はというと。


(面倒なことになった……)


 内心で、静かにため息をついていた。


 目立たず、慎重に足場を固めるつもりだった。

 それが、蓋を開けてみればこの有様である。


 ――全くもって、真逆だ。


 どうすれば、ここから穏便に収められるのか。

 そう考えながら、シスルは曲が移り変わるのを待った。

 

 半ば強引に始まったダンスは、意外なほど軽やかだった。

 

 第二王子は、どうやらダンスの名手らしい。

 女性を自然に引き立てながら、自身の動きも華やかに映える。その手腕は、観る者の視線をさらっていくほど見事だった。


「さっきは、ずいぶん目立っていたね?」


 ステップを崩すことなく、第二王子が話しかけてくる。

 その声音からして、シスルに会話をする余裕があることなど、とうに承知しているようだ。


「私も、少し驚いてしまいました。

 あれほど見事な魔法を目にしたのは、初めてでしたので」

「ほう。

 あれが“見事”だと分かる程度には、魔法の知識があるらしい」


 第二王子の瞳が、真っ直ぐにシスルを射抜く。


「外に出られず、座学ばかりでしたから……」


 視線を伏せ、困ったように微笑む。


「本で読んだことがあるだけですわ」

「なるほど」


 皇子は、人懐こい笑みをいっそう深めた。


 

「とても有意義な時間だったよ。ありがとう」

 

 ダンスを終え、ようやく伯爵のもとへ戻される。

 シスルは密かに胸を撫で下ろし、その場を離れようとした――その瞬間。


 伸ばされた腕が、逃がすまいとするように腰を引き寄せた。


「伯爵も、なかなか隅に置けないな。

 アーニャの他に、これほど美しい娘がいたとは」


 シスルを捕まえたまま、王子は愉快そうに言葉を続ける。


「それを外にも出さず、大切にしまっておくなんて……

 ずいぶんと、溺愛が過ぎるのではないか?」


「いやはや、お恥ずかしい」


 伯爵は、完璧な“父親”の顔で笑った。


「なにぶん身体が弱いもので。

 ですが……これからは外に出し、学ばせるべきだと考え直したところです」


「なら、この際、学園に通わせてはどうだ?」


 伯爵は深く皺を寄せ、首を振る。

 だが、返答を口にするよりも早く、第二王子が畳みかけた。


「中等部から編入という形にすればいい」


 それで決まりだと言わんばかりに、皇子は言い切る。


 皇子の言う学園とは、王国が支援する国立魔法学園のことだ。魔法を行使できる者が上流階級に偏っているがゆえに、貴族の子弟しか通えない名門校である。


「私が、喜んで後押ししよう」


 なおも人懐こい笑みを浮かべたまま、

「詳しい話は、また後日に」とだけ残し、第二王子はその場を去った。その後ろに、小公爵も続く。


 伯爵は、立ち去る背を険しい表情で見つめていた。


 想定外の人物が現れはしたが、その後、シスルは家格の良い数名とだけ踊り、今宵の夜会は静かに幕を閉じた。


 帰りの馬車の中で、伯爵とシスルは終始無言だった。

 第二王子の口にした“編入”の話が、どう転ぶのかは分からない。だが、殿下直々の言葉である以上、断るという選択肢はない。


 もっとも――

 それがどう転ぼうと、シスルにとって大きな違いはなかった。


 演じる役が変わらない以上、舞台が社交界から学園へ移るだけ。ただ、それだけのことなのだから。

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