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森の誘い

「お前の社交界デビューが決まった」

父親の命令で女装令嬢として社交界デビューをはたし、魔法学園に通いはじめたシスル。

偽りの自分を演じながら、彼は何を思うのかーー

 久しぶりに彼女の夢を見た。

 彼女(ぼく)は、誰かと並んで歩いている。

 手を伸ばせば触れられそうなのに、その距離がどうにももどかしい。

 

 別れ際に差し出された贈り物。


 中身は、可愛らしいレースがあしらわれた真っ白なハンカチだった。

 それは、彼女に求められる人物像そのもののようだった。

 

 次の瞬間、夢はふっと途切れた。


 目を覚ましたシスルは、しばらく天井を見つめていた。

 胸の奥に、言葉にできないもどかしさだけが残っている。

 

 ゆっくりと起き上がり、ひとつ息をついた。


「さて……支度するか」


 いつものように化粧をし、髪を整える。

 鏡の前に立つと、映り込む少女に微笑みかけ、発声を確かめた。


「さぁ。今日も――演じましょう」

 鏡の中の少女は、完璧な淑女の微笑みを浮かべていた。



 今日は野外学習で、緑の森の近くまで散策することになっていた。

 屋敷を出たことのなかったシスルにとって、それは初めての外出と言ってもよかった。

 

「なんだか静かね。緊張してる?」

「街に出たのも、森に来たのも初めてで……」

 見上げると、木々が空を覆うように枝を広げていた。

 

「じゃあ良い機会ね。置いていかれるわよ?」

 集団から少し遅れ気味のシスルを、リュシエラが急かした。

 

「シスルって本当に箱入りよね」

「未熟ですみません……」

「そう言う意味じゃないわ」

 

 歩き慣れない森に、体力も精神も削られているらしい。

 シスルの様子はどこか弱々しかった。


 やがて目的地に着いたようで、一行はそこで一息つくことになった。

 

 そこは緑の森の目と鼻の先、"誓いの泉"と呼ばれる湖のほとりだった。


「緑の森へは立ち入らないように」

 引率していた教師、グレイシアが言った。


「懐かしい場所だ」

 エラルドは、泉を見下ろしながらどこか楽しそうに言った。

「泉って言うけど、普通の湖ね」

 リュシエラは湖のほとりにしゃがみ込み、水面を覗き込んでいる。


「"誓いの泉"は、建国神話で妖精王と人間の王が盟約を交わした場所とされています。

 今でも建国祭では、この湖の水を使った儀式が行われているのですよ」

 グレイシアが静かに説明した。

「伝説に準えて、この泉で交わされた約束は永遠に続くと言われています」

 

「永遠、ね……」

 エラルドの呟きは、風に掻き消された。

 

「だから恋人達に人気なのね!」

 リュシエラはこの手の話が好きだ。

「もう少しほとりを見て歩きましょうよ」

 そう言ってシスルを誘う。

 シスルも少し落ち着いたので、それについていくことにした。


「どうして妖精王は人間と盟約を交わしたのかしら?」

「森を侵略されないため……とか?」

「夢がないわね。もっとロマンチックな理由かもしれないじゃない」

「ロマンチック……ですか」

 そのとき、水面に小さな波紋が広がった。

 風は吹いていない。


 シスルは思わず足を止めた。


「どうしたの?」

 リュシエラが首を傾げる。


「いま、何か……。いえ、なんでもありません」

 

 ――誰かに呼ばれたような気がした。


「これ以上、森に近づいちゃだめだよ」


 いつの間にか、エラルドが木々の間から顔を出していた。エラルドの視線は、森の奥へ向けられている。


「げっ」

「その反応は傷つくよ」

「気付きませんでした。ありがとうございます」

「どういたしまして。先生に怒られる前に止めただけだよ」

 エラルドはそう言いながら、もう一度森の奥へ視線をやった。


「あまり森には近づかない方がいい」

「さっき先生も言っていたわね」


 エラルドは一瞬だけシスルを見た。


「たまに――"呼ばれる子"がいるからね」


 シスルの胸が、わずかにざわめいた。


「なによそれ、怖いこと言わないでよ」

 リュシエラが眉をひそめる。

「怖がらせるつもりはなかったんだけど」

 エラルドは肩をすくめた。

「でも、この森は多いからね」

 

「ほら、もう戻りましょうよ。置いていかれるわ」

 リュシエラが振り返って手を振る。

「今行きます」

 シスルはそう答え、歩き出そうとしたそのとき。

「待って」

 エラルドに引き止められた。


「聖夜祭のダンス、相手は決まってる?」

「え?」

 

 突然の話題に、シスルは目を瞬かせた。

 

「まだ決まってないなら、僕が立候補したいと思ってね」

 軽い口調だが、千種色の瞳は真剣だった。

 

「……ごめんなさい」

 シスルは小さく頭を下げた。

 

「お誘いはありがとうございます。でも私……」

「約束してる人がいるの?」

「……はい」


 ほんの一瞬だけ、エラルドはシスルを見つめた。

 それから、ふっと笑う。


「そっか。残念」


 あっさりと引き下がる。

 シスルは小さく会釈し、リュシエラの後を追った。


「ほら、早く行くわよ」

 リュシエラが手を振る。


 ――ふと、シスルは足を止めた。


 もう一度だけ泉を振り返る。


 そのとき、泉の水面に小さな波紋が広がった。

 だが、それに気づいた者はいなかった。

キリが良くて短くなってしまいました。

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