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余韻に呑まれて

「お前の社交界デビューが決まった」

父親の命令で女装令嬢として社交界デビューをはたし、魔法学園に通うシスル。

偽りの自分を演じながら、彼は何を思うのかーー

 張り出された試験結果を見て、シスルは胸を撫で下ろした。姉の叱責は免れないだろうが、長引くことはなさそうだ。出来れば、ほとぼりが冷めるまでは顔を合わせたくない。

「追試の減点がなければ、シスルが主席だったでしょうね」

 魔法実技の項目を見上げながらリュシエラが言う。

「そんなことありません。リュシエラの実力ですよ」

 シスルは謙遜でもなく答えたが、リュシエラはなおも不満そうだった。シスルの追試を見学してからと言うものずっとこの調子なのである。


「助けにも行けなかったし……」

「それはリュシエラにも試験がありましたから。仕方のないことです。私は気にしてませんって、何度も言っていますよ」


 それでもリュシエラは納得していない顔だ。


「馴れ合いではなくて、同盟なのでしょう?」

 シスルはいつかの言葉を繰り返した。


「でも、これはフェアじゃないわ。あんな試験見せられたら納得できないもの」

「それでも結果は結果です」

 リュシエラは不満げに口を尖らせる。


「シスルを閉じ込めた子達も、お咎めなしでしょ? 不公平よ」

「試験の結果は散々だったみたいですし、因果応報ではないですか?」

「いんがおう……なにそれ?」

「自業自得という意味です」

「ジゴウジトク?」

「熟語って難しいですね」

「ジュクゴってのが難しいことには賛同するわ」

 リュシエラは腕を組んで、深く頷いた。

 

「やぁ、試験結果を見ていたのかい?」

女子生徒数名に囲まれて現れたのはエラルドだ。

「エラルド様は総合3位なんて、さすがですね!」

「世界史と古エルフ語は主席なんでしょ!」

「国史と古文も次席と聞きましたよ」

 取り巻き達はきゃいきゃいと騒いでいる。


 そんな様子を気にすることもなく、エラルドはシスル達と会話を続けた。

「リュシエラ嬢は7位だっけ。お互いがんばったね」

「うっ出たわね。きらきら男」


 実はリュシエラ、先日の追試を一緒に見学してからというもの、エラルドに苦手意識を抱いているらしいのだ。


「私は先に教室に戻るわ」

 そう言うと、リュシエラはさっさとシスルを置いて帰ってしまう。

「またね。君達もまた後で」

 エラルドも、あからさまな態度を気にする様子はない。

 取り巻き達をやんわり遠ざけると、その場にはシスルだけが残った。


 なんだか居心地が悪くて、シスルはその場しのぎに、先日から気になっていたことを口にした。

 

「もしかして、あの後……彼女達に何かしたんですか?」

 

「直接は何もしていないよ。ただ、彼女達の周りの魔素を少し乱してほしいって、精霊にお願いしただけ」


 エラルドは、何でもないことのように微笑む。

 まるで天気の話でもするような口調だった。

 

「彼女達なら、それだけで魔法をうまく扱えなくなるだろうからね」

 

「それを知る人は?」

「いないんじゃないかな。あぁ、リュシエラ嬢は何か勘づいているかもしれないけれど……でも、証明は出来ないだろうね」

 なんとなく、リュシエラがエラルドに苦手意識を抱いた理由がわかった気がした。


 教室に戻ると、リュシエラが渋い顔をして席に座っていた。


「話は終わったの?」


「ええ、雑談ですよ」

「気をつけてね、シスル。警戒するに越したことないんだから」

「私達に害はないですよ」

「そりゃシスルにはね! 私は別!」

「リュシエラは私の友達だって知ってますし、今もこの調子なのに無碍にはされていません。大丈夫ですよ」

 渋い顔をしたままのリュシエラに、シスルは笑いかけた。

 彼女はなかなか警戒心を解けないようだ。

「てっきりダンスの誘いでもしてくると思ってたのに」

「ダンス? あぁ、聖夜祭のですか」

「まだ申し込まれてないんでしょ?」

「そうですけど……別に行かなくてもいいのでは」

「だめよ! 伝統なんだから! ちゃんとパートナーを捕まえるのよ」

「エラルド様のパートナーになるのはいいんですか?」

「良くないけど……いないよりはいいわ! 彼、顔は良いもの」

 会話は盛り上がったものの、午後の講義が始まる予鈴によって打ち切られた。


 

 午後の授業を終え、寮に帰ろうとしたシスルの前に、亜麻色の髪を高く結い上げた令嬢が一人、立ちはだかった。

 姉のアナスタシアである。

「ちょっとお時間よろしくて」

 シスルはそのまま、高等部の教練棟にあるティーサロンへ連れてこられた。


 そこには、にこにこと楽しそうなエルドリックと、渋い顔をしたギルフェルドも座っている。

 まるで取り調べのように一人ソファに座らされると、斜め向かいに腰掛けた姉から、さっそく叱責を受けた。


「聞きましてよ、この大馬鹿者!」


 シスルは、いろいろと内心諦めた。


「申し訳ございません、お姉様」

「なんの話かは、分かっているのでしょうね」

「もちろんです。追試の件ですよね」

「分かっているなら、きちんとなさい!」

「申し訳ありません」

 アナスタシアの叱責は、なおも続く。


「試験当日に問題を起こしたそうね」

「それは……」

「お前が隙を見せるからですよ!」

「お姉様のおっしゃる通りです」

「まぁまぁ、アーニャ。そこまで責めなくても」

 エルドリックが楽しそうに口を挟んだ。

()()だったと聞いているし、彼女に非はないよ」


「殿下は黙っていてくださいませ」

「おっと、失礼」


「怪我はなかったのか」

 ギルフェルドが、低く問うた。

 思いがけない言葉に、シスルは一瞬だけ目を瞬かせた。

「……問題ありません」

「そうか」

 短く頷く。


「アナスタシアは、お前が危なっかしいと心配なんだ」

「ちょっとギルフェルド様!?」

「あーあ。バラされちゃったね」


「心配……ですか?」

 シスルは思わずきょとんとした。


 姉がそこまで自分を気にかけているとは、思ってもいなかった。


「アーニャは君ほど素直じゃないからね」

「わたくしは姉として妹の教育を……!」


 エルドリックが肩をすくめた。

「はいはい」

「殿下!」


「さぁ。アーニャのことはいいから、君は寮へお戻り」

「私が送って行こう」

ギルフェルドが一歩前に出て言った。


 アナスタシアとエルドリックを残して部屋を出る。アナスタシアは不服そうだったが、エルドリックの手前、矛を収めたらしい。

 叱責が手短に済み、シスルはこの時ばかりはエルドリックに感謝した。


 日が暮れ、静まり返った廊下を二人で歩く。

 

 ふと、ギルフェルドが口を開いた。

「今度の聖夜祭は、その……誰か相手はいるのか?」

 

 どこか歯切れの悪い声音だった。

 

「いえ、おりません」

「そうか……」

 

 わずかな沈黙が落ちる。

 足音だけが、静かな廊下に響いた。

 

「……私と踊るか?」

「ギルフェルド様と?」

 思わず問い返すと、彼の眉がわずかに寄る。

 

「他に踊りたい男がいるなら――」

「嬉しいです。でも……」

「でも、なんだ」

 逃げ道を塞ぐような声音。

「私では、ギルフェルド様にふさわしくありません」

 視線を落としたまま、静かに告げた。


「勝手に決めるな」

「……え?」

「私が選んだ。ふさわしくないはずがない」

 ギルフェルドは低い声で言い切った。

「嫌なら、そう言ってくれればいい」

 シスルは顔を上げた。

 思っていたよりも、ギルフェルドはすぐ近くに立っていた。

「……嫌ではありません」

「では、当日の日暮に迎えに行く」

 ギルフェルドは優美な所作でシスルの右手を取り、手の甲にキスを落とした。


 シスルは何も言えなかった。


 気がつくと、寮の前まで来ていたらしい。

 ギルフェルドはそっと背を押し、送り出した。


「では、また聖夜祭で」

 その言葉だけを残し、ギルフェルドは踵を返した。

殿下とアナスタシアとギルフェルドの三人は、よく一緒にいますが、基本的にアナスタシアを面白がっている殿下がくっついて来てる感じです。

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