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期末試験

「お前の社交界デビューが決まった」

父親の命令で女装令嬢として社交界デビューをはたし、魔法学園に通うシスル。

偽りの自分を演じながら、彼は何を思うのかーー

 学園祭の喧騒が過ぎ去り、校内には普段の静けさが戻った。次に控えているのは、期末試験である。

 

 シスルは静かに参考書に視線を落とす。祭りの余韻がまだ心に残るものの、気持ちは既に期末試験に向いている。

 隣ではリュシエラがペンを走らせている。学年10位以内を目指す彼女は、表情も指先も真剣そのもので、静かな気迫が教室の空気を少しだけ引き締めていた。


 伯爵からは「学園では大人しくしていろ」と言われているだけで、勉学への関心は薄い。だが、もし手を抜けばアナスタシアに叱責されるのは間違いない。

 リュシエラによれば、アナスタシアも特待生に入っているらしい。優秀で、しかもファンも多いのだとか。同じレベルとまでは言わないが、ある程度の成績は求められそうだ――そのため、シスルも気を抜くことはできなかった。


「みんな張り切ってるんだね」


 少々他人事めいた口ぶりでそう言うのは、エラルドだった。彼は柔らかな表情で静かに参考書のページをめくる。その仕草だけで絵になるのだから流石だな、などと、シスルは感心していた。


 午前の授業が終わり、昼休みになった。

 リュシエラは肩が凝ったようで、大きく伸びをする。

「あぁ!これさえ乗り切れば、またお祭りなのに」

「お祭り?」

「知らないの? 聖夜祭よ」

 リュシエラに言われて首を傾げるシスル。

 ――クリスマスのようなものだろうか?


「秋の収穫を精霊に感謝して、冬の訪れを祝うの」

 ――少し違うらしい。

「学園では学生たちのために舞踏会も開かれるのよ!社交界の代わりみたいなものね」

「社交界……」

 シスルは少し言葉を反芻するように呟いた。

「そこまで格式高くないから大丈夫よ。それより!舞踏会のためにパートナーを決めなくちゃ!」

「パートナーが必要なの?」

「そうよ」

「リュシエラじゃダメなんですね」

「そう……よ! 男女のペアでなくちゃ。聖夜祭よ?」

 リュシエラは困ったように笑った。

「大丈夫よ、シスルなら引く手数多だから。」

 リュシエラは誰のことを言っているのか。シスルは苦笑した。


 ***


 期末試験が、ついに始まった。


 シスルが受けるのは、算術、国史、文芸、古文、魔法基礎、術式理論に、選択科目の古エルフ語と魔法実技も加わる。


 3日目、最終日の今日は、術式理論を終え、魔法実技の試験が残っていた。

「やっと終わるわ!」


 リュシエラも連日の試験で、さすがに疲弊しているらしい。

「リュシエラさん、ガーライル先生が呼んでますよ」

「あら、ちょっと行ってくるわね」


 リュシエラはガーライルの元へ駆けて行った。


 取り残されたシスルは、何となく周りを見渡す。

 最後の試験科目に浮き足立っているのか、皆落ち着かない。


「シスルさん、的を運ぶのを手伝ってくれない?」

 女子生徒が三人ほど近寄ってきた。

「……分かりました」

 断る理由もなく、シスルは同行することにした。

 訓練場から少し離れた倉庫へと、四人は向かう。


 倉庫に到着すると、実技用の的を順に出していく。

 埃の舞う倉庫の一番奥を、シスルが担当した。


 あらかた出し終え、もういいかと振り返った瞬間――バタン。

 目の前が真っ暗になった。倉庫の扉が閉じられたのだ。


「まだ中にいますよ……!」


 声をあげてみたが、扉はびくともしない。

 どうやら、あの三人に閉じ込められたらしい。


「油断した……」


 シスルは我に返った。最近は悪戯が少なかったせいで、なおさら警戒心が緩んでいたのだ。

 重たい扉には外からかんぬきがされており、内側からでは開けられない。小さな明かり取りから差し込む日光が、冷たい倉庫の空気をかすかに照らす。辺りは肌寒く、静寂が一層重く感じられた。


「……“灯せ”」


 ふわり――光の玉が、シスルの手から生まれた。


「誰かいませんかー!」


 一度声を張ってみたが、返事はない。

 ここから先生や生徒たちのいる訓練場までは、少し距離があるのだ。


「まいったな……」

 シスルは倉庫の暗がりを見回した。

「これじゃ、試験を受けられない……」

 胸の奥で小さな苛立ちがつのる。

 勉学に実害がなければどうでもいいと思っていたが、これは明らかな妨害行為だ。今までとは、違う――。

 

 だが、現状ではどうしようもない。人が近くを通るのを待つしかなさそうだ。


 肌寒さに、シスルは思わず身震いした。


「追試があればいいけど……」

 シスルは小さく息をつく。心の奥で、姉の叱責を思い浮かべると、ぞくりと身が引き締まる。

「お姉様に、叱られる……」

 倉庫の冷たい空気が、焦りをより重く感じさせた。

 


 倉庫の中で身を縮こめて、半刻ほどが過ぎた。

 そろそろ本気でどうにか出る方法を考えようと腰を上げたその時、扉の外で物音がした。


「そこに誰かいますか!」

 シスルは声を張る。

「シスル嬢……? そんな所で何をしているの?」

 倉庫の前を通りがかったのは、エラルドだった。


「閉じ込められてしまって……。開けてもらえませんか?」

「それは大変だ。ちょっと待っておくれよ」

 ようやく外に出られたシスルは、ほっと息をつきながらエラルドに改めて礼を述べた。


「本当に助かりました。でも……何しにここへ?」


「試験が早く終わったから、魔術実技の試験を見学しようと思ってね。そしたらシスル嬢がいないことに気づいて、魔力を辿って来たんだよ」


「それは……ありがとうございます」


 胸の奥で、安堵と少しの恥ずかしさが交錯する。


「リュシエラ嬢も心配していたよ。試験もまだ間に合うかもしれない。早くお戻り」


 エラルドに軽く背を押され、シスルは訓練場へと戻った。


 例の三人は何食わぬ顔で試験を受けていたが、シスルの帰還に少し動揺したのか、魔術の発動がうまくいかない。結果は散々で、試験官も苦笑いを浮かべていた。


 シスルは内心、やれやれと肩をすくめる。助けに来てくれたエラルドに感謝しつつも、少しだけ笑いをこらえた。


 シスルはその日のうちに、追試を受けることになった。会場にはリュシエラとエラルドが見学に来てくれていた。


「面白そうだからね」

 とエラルドは笑ったが、シスルには何が面白いのかよくわからなかった。


 机の上に紙製の的が並べられ、離れた場所から魔法で壊すという内容だ。


「使う魔術は自由じゃ。的を十個、狙い壊しなさい」

 ガーライルが杖で地面をトンと打つ。


「始めよ」


「“風よ、射貫け”」

 ばしゅん――三つ同時に的が壊れる。


「おぉ」

 観客席から感嘆の声が漏れた。


「“風よ、射貫け”」

 ばしゅん――また三つ同時に的が壊れた。残るは四つ。


「“土よ、穿て”」

 ドッドカカッ――四つの的は石の礫によって粉々に砕けた。


「そこまで。打ち損じは無し。的が十個に対して三手。見事じゃ」

 ガーライルの声に、シスルは思わず息を吐いた。自分でも驚くほど、手応えはあった。


 リュシエラは拍手をして笑顔を見せ、エラルドは静かに微笑んでいた。その目には、確かな称賛が浮かんでいる。


「さすがだね、シスル嬢」

 エラルドのその言葉に、シスルは少しだけ頬を赤らめた。


「やっぱり魔力制御じゃシスルに勝てないわね」

 リュシエラは自分の試験を思い返している様子だ。

 ちなみに、リュシエラは豪快に的を吹き飛ばし、二手で制したらしい。


 シスルは内心で小さく笑った。得意不得意はあるものの、互いに競い合う楽しさは、試験の緊張を和らげるようだった。


 試験結果はおおむね良好だった。


 シスルは魔法実技で次席を獲得したこともあり、総合23位とまずまずの成績を収めた。

 リュシエラは魔法実技主席、総合7位で、特待生枠を見事に維持。

 エラルドは世界史と古エルフ語で満点を取り、総合3位に名を連ねる。

 算術、術式理論、魔法基礎で満点を取ったコンラッドは総合1位を獲得していた。


 リュシエラは「ガリ勉だけが取り柄だもの、あいつ」と軽口を叩いていたが、ここでは割愛しておく。


 

 シャーリーズは算術と文芸が得意で、総合19位。


 高等部2年の三人は以下の通りである。

 エルドリックは古文・古エルフ語・国史・世界史で満点を取り、総合1位を獲得。

 アナスタシアは算術・文芸・術式理論で満点を取り、総合2位。

 ギルフェルドは魔法実技で主席、その他の科目で次席をとり総合3位となった。

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