9 優良株
「うぐ……」
ユウトは猛烈な胃もたれに襲われていた。
サラの宿にお世話になって、すでに数日が経っている。
「どうしたんだ? 食べないのか? ユウト兄」
テーブルを挟んで座っているエリオがきょとんとしている。
「ちょっと、腹の調子が悪くて……」
「そうなのか? 残念だな、サラ姉のこんな美味しいシチューが食べられないなんて。今日も美味しい。サラ姉の料理最高!」
ユウトの腹具合も知らず、エリオはがつがつと朝からチーズがたっぷり入ったシチューを食べていた。
(もう、無理。今日も、シチュー……)
確かに、エリオの言うとおりサラの料理は美味しい。だが、限度というものがある。サラの料理は毎回ふんだんに乳製品が使われているのだ。ミルク、チーズ、バター。それらがどの料理にもたっぷりと使われている。朝も昼も夜も、だ。
「王都に来て故郷の料理が食べられるのって最高だよな」
エリオにしてみればそういうことらしい。
乳製品がユウトにとっては大豆みたいなものだと考えればいいのかもしれない。醤油、納豆、豆腐。日本の食卓には大豆製品がすごく多かった、とここに来てからユウトは改めて思った。
(エリオが日本に来たらやっぱり食事に困るんだろうか?)
もしかしたら、日本の料理では物足りないのかもしれない。
「うう……」
「残すなら、おいらもらうよ」
「そうしてくれ……」
やはり、エリオにとっては食べ慣れた味なのか胃もたれしている様子もなくガツガツと食べている。むしろ、
「エリオは食べっぷりがよくて可愛いわね」
なんてサラに言われてエリオは嬉しそうだ。
「ユウトさんには私の料理はお口に合わなかったでしょうか?」
「い、いえ。ちょっと、お腹の調子が悪いだけです。王都に来たばかりで色々慣れていないことが多いからですかね。あはは」
サラに心配そうに声を掛けられて、ユウトは苦笑いしながら答えた。どうやらサラにとってもこの料理は普通らしく、そのせいでユウトが胃もたれを起こしているとは全く思ってもいないようだ。サラに申し訳なさそうにされると、逆に心配を掛けてしまってこっちが申し訳なくなってくるくらいだ。
(お世話になっておいて、料理に文句なんか付けられないしな……。そもそも、他のところに食べに行く資金もないし、他の店だって似たようなものかもしれないし……。けど、故郷の料理だってエリオは言ったよな? だったら、他の店は違うのかもしれない)
そうは思うものの、この前お礼としてエリオにもらった2万セレンも、もしものために取ってある。異世界ではなにがあるかわからないからだ。もちろん、現実世界でもお金は大事だった。
「なあ、ユウト兄。おいらまた株やりたいんだけど」
「わかってるよ。また今日も会社を一緒に調べような」
「まだ調べるの?」
「当たり前だろ」
すぐにユウトが株を買うと言わないことに、エリオは不満そうだ。
「また損してもいいのか?」
「それは嫌だ」
一瞬むすっと口を尖らせたエリオだったが、納得してくれたようだった。
「朝ご飯が終わったら、今日もよろしくお願いね」
「はーい!」
「はい」
ユウトとエリオはサラの宿を手伝っている。
「二人がいてくれて助かるわ。ちょうど、働いてくれてた人が辞めちゃって人が足りないところだったの」
サラにそう言われればユウトだって悪い気はしない。
人と接する仕事が苦手なユウトは掃除や皿洗いなど裏方を、明るくて元気なエリオは接客を担当していた。その辺、適材適所にしてくれているのでユウトとしては助かっていた。
ユウトは元々引きこもりだが、居心地が悪くならないように自分の部屋は綺麗にしていた。それに、親に文句を言われないようにというか、出来るだけ邪魔者扱いされないように、家事もちょこちょこやっていたのだ。
そのお陰で、
「あまり沢山は出せなくて申し訳ないけれど、お小遣い程度に包むわね」
そう言って、毎日サラはユウトに2000セレンを渡してくれている。毎日もらっているとちょこちょこ貯まってくるのでありがたい。小さな宿なので手伝っているとはいえ居候させてくれた上に、お金までくれるなんて本当に助かっていた。
(エリオからお礼にもらった2万セレンと、サラさんからもらった分を仕手株に突っ込めば……)
エリオにダメだと言っておきながら、実はユウト自身も株のことが頭から離れていない。
(ダメだダメだ。メテオラのことを忘れたのか?)
現実世界でメテオラの株価がナイアガラのように派手に下がったことをユウトは思い出す。エリオを助けたときは、たまたま上手くいった。だが、次が同じように上手くいく保証は、異世界だろうが以前にユウトがいた世界だろうが、株の世界には無い。
地味に労働。それが出来ないから、引きこもりで投資家をやっていたユウトだったが、ここはそれなりに居心地がよかった。
「ユウトさん。少し休んだらでいいですから、玄関のお掃除お願いしますね」
物腰柔らかく、サラがユウトに声を掛けてくる。
正式に雇われているわけではなく、仕事を手伝ってお小遣いをもらっている居候の扱いなのだが、優しい雇い主というのはいいものだった。しかも、無理に接客させようともしない。その待遇は最高だ。
「うぐっ」
それも、強烈な胃もたれさえ無ければの話だが。
◇ ◇ ◇
宿の手伝いが一段落すると、いつものようにユウトはエリオと2人でクリスタルタブレットをのぞき込んだ。朝食を食べながら話していたように、優良株を見つけるためだ。
「うーん。ユウト兄が言う優良株ってみんな高いよな。しかも、上がるのがゆっくりに見えるよ。こんなの買って本当に儲かるの?」
エリオが納得いかないような顔でユウトを見る。
「確かに、もう安定している大きな会社の株は高いもんなんだよ。それだけ信頼も業績もあるってことだからな。できれば、まだ知られていないような会社でいいところを見つけられればいいんだけど……」
エリオに説明しながら、ユウトは考える。
(俺は異世界転移したばかりだから、この世界のことがまだよくわかってないんだよな。この世界のことがわかっていなければ、掲示板だけ見ていても仕方ないか……。現実世界でも引きこもりだった俺が言うことじゃないけど、世界を知るのも大事だよな)
そこでユウトはふと疑問に思った。
「そういえば、どうしてクリスタルタブレットで株が売買できるのにエリオは取引所にいたんだ?」
「ん? それはまだ株のこと、よくわかってなかったからだよ。あの場所にいればなにかわからないことがあったらすぐに聞けるから安心でしょ? それに株に手を出したのはあの日が初めてだったし。取引の始め方を聞いてそのままあの場所にいたんだよ。クリスタルタブレットでも取引できるから宿に帰ってやってもよかったんだけどさ。もしそうしてたらユウト兄とも出会えなかったし、帰らなくてよかったよ」
にかっとエリオが笑う。
「ま、そう言われるとエリオがあそこにいてくれたお陰で俺も助けられたってことか。エリオに会わなかったら、ここでこうしてお世話になることもなかったしな。……よし」
ユウトは立ち上がった。ここ数日はこの宿の中でやることに精一杯でまだ外のことに目を向ける余裕がなかった。だが、いつまでもそうしていても何も進まない。
現実世界で引きこもりだったユウトだったが、思い切って言った。せっかく異世界転移したのだ。現実世界と同じように引きこもっているのも、もったいないとようやく思った。
「ちょっと外に行こう」
「どうしたの?」
エリオもつられたように立ち上がる。
「俺、まだ王都のことよくしらないからちょっと見て回ろうと思うんだ。エリオも付き合ってくれないか?」
「うん、いいけど。サラ姉にも言ってくるね」
足取り軽く、エリオは部屋を出て行った。




