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8 株は自己責任

「よかったね、ユウト兄!」


 宿屋の二人部屋でしばらく過ごすことになったエリオが、ベッドに腰掛けてくつろぎながらユウトに言った。ユウトも同じく自分のベッドに腰掛けている。

 相部屋として使わせてもらう部屋は現実世界で引きこもっていた部屋よりは狭いし、二人分のベッドと簡素な机くらいしかないが、贅沢は言っていられない。ただ、ファンタジー世界らしく木で作られた部屋はなんだか居心地がいい。もちろん食事も付けてくれるらしい。異世界に来て路頭に迷いそうになっていたユウトにとってはこれ以上ない待遇だ。


(ずっと引きこもりだったから、働けるかは不安だけど……。あと、ずっと一人部屋だったから部屋に他の人がいるのが落ち着かない……)


 不安は隠せないユウトだったが、今はここでやっていくしかない。

 ユウトのあまりの疲れっぷりが顔にも出ていたのか、サラから今日は宿の手伝いはいいからゆっくり休んで欲しいと言われた。


「本当に助かったよ。エリオこそ俺の恩人だな」

「へへ。だって、おいらも助けてもらったんだから当たり前だよ」


 エリオがいつもの人なつっこい笑みを浮かべる。


「それにさ」


 エリオがそこで一度言葉を切る。それから言った。


「ユウト兄についてたら、また株で儲けられるだろ!?」

「え」


 無邪気に言われて、ユウトは思わず声を漏らした。


「いや、それは……」

「だって、今日のユウト兄、本当にすごかったよ! あんなに負けてたのに大逆転したんだからさ! それなら、今度は最初からユウト兄が選んだ負けない株を買えば絶対に勝てるってことだろ?」

「だから、それは……」


 全く曇りのない、期待を込めた目で見つめられてユウトはたじろいでしまう。


「おいら、絶対にこの王都で成功したいんだよ。それってお金持ちになるってことだろ? おいらさ、先に王都に出てきて成功してるサラ姉に憧れてここに来たんだ。スゲーだろ、この宿屋。サラ姉が一人で始めたんだよ? それでちゃんと繁盛して王都でやっていけてるんだ。本当にスゲーよ」


 ほう、とエリオが息を吐く。

 どうやらエリオはサラを追いかけて王都にやってきたということらしい。


(それはいい。エリオが成功してサラにすごいと思われたいのもわかる。だけど……)


 ユウトにそこまで期待されても、困る。


「あのな、エリオ。さっきも言ったけど、俺はそんなにすごい投資家じゃない。今日のは、たまたま上手くいっただけなんだ。タイミングを一歩間違えていれば、周りにいた人たちみたいに、エリオだって大損していたかもしれないんだよ」

「え、でも、ちゃんと上手くいったじゃないか」

「それは運がよかったんだよ。あの時はどうにかしないといけないと思って、必死だったから。なんとかなって本当によかった」


 思い出すと少し怖くなってくる。しかも、あれはエリオが必死で貯めたお金でユウトのものではなかった。あの時は負けたらなんとかするとは思ったが、我に返った今となっては一体どうするつもりだったのかと自問自答してしまう。


「ちゃんと説明しておくな」


 ユウトはこほん、と咳払いする。株のことを何も知らないで誤解している今のエリオは危なっかしい。


「説明? 株のこと?」

「俺はここの株の仕組みを知らないから一般的な話な」

「うん、よろしく頼むよ。おいら全然わかってないからさ」


 エリオが姿勢を正して聞く体勢に入っている。エリオのこういう素直なところにはとても好感が持てる。けれど、この無知さで株に手を出して大損していたのはかなり危ない。本気で説明が必要だ。


「まずこれは基本。株は自己責任なんだ。俺が最初に声を掛けたとき、エリオは大負けしてただろ? あのときエリオは掲示板のことやその株を教えてくれた人の話をしていた。まあ、買い煽りってやつだ。でも、結局その株をかったのはエリオだろ?」

「うん。でも、本当に何もわからなくて……」

「わかっていても、わからなくても同じなんだ。株を買う時点で、投資家の立場はみんな同じ。どの株を買うかは誰かに勧められたとしても最終的に判断するのは自分自身なんだよ。買い煽りをしたやつはエリオが損をしても責任なんか取ってくれない。そういうことだ」

「そっか……、確かに。で、でも、ユウト兄はちゃんとおいらのこと考えて買う株を教えてくれたよね?」

「それはそうだけど、俺だって万が一あの株が下がったら責任なんか取れなかったんだぞ。その点は、リスクを先に説明できなかったのを悪かったと思ってる」

「でも、おいらはユウト兄のお陰で助かったから……」

「けど、俺が悪いやつだったらエリオはまた今頃困ってただろ?」

「そうだね。でも、ユウト兄はいい人じゃないか!」

「……いや、あのな。そんなに素直だから最初に騙されたんだろ」

「あ、そっか」


 ハッと気付いたように言うエリオに、ユウトは頭を抱えた。


「とにかく、騙されて買った株が下がってもそれは自己責任ってことだ。それはわかったか?」

「わかった! でも、やっぱりユウト兄のことは信じてよかったって思ってるよ。損もちゃんと取り返せて利益も出たし!」

「それは、本当に幸運だったんだよな……。決算の時期も重なったみたいだし株の値動きが激しかったのがよかったというか悪かったというか」

「うんうん」


 わかっているのかわかっていないのか、エリオはこくこくと頭を上下振って頷いている。


「それと、俺のアドバイスを聞けば勝てるっていうのも間違いだと思った方がいい」

「えー」

「えー、じゃない。連戦連勝できる投資家なんていないんだって!」


 子どものように口を尖らせるエリオに、思わずユウトは大きな声を出してしまう。


(って、本当にまだ子どもか……)


 目の前のエリオを見てユウトは思う。


「そういえば聞いてなかったけど、エリオは何歳なんだ?」

「おいら? おいらは16だよ?」

「16歳、か」


 ユウトが前にいた世界なら高校生くらいということだ。それくらいの年齢から株をやっている人もいるにはいる。しかし、村からお金を貯めて出てきたというのはそれなりに決意がありそうだ。


「ユウト兄は?」

「俺は20歳だけど」

「やっぱり兄だ! でも、サラ姉よりは年下だね」

「ちなみにサラさんは?」

「23。それでこんな宿屋やってるの本当にすごいよな……」


 やっぱりエリオはサラのことになると、ぼんやりとした顔になって心なしか顔が赤くなる。


「いい人だもんな、サラさん」

「うん! 美人で料理もうまくて優しくて、おいらサラ姉が大好きなんだ!」


 言ってしまってから、


「あ」


 エリオは更に顔を赤くしている。


「い、今のはサラ姉には内緒だからね。おいら、年が離れすぎてて弟みたいに思われてるかもしれないけどっ。けど、ここで成功してサラ姉にもすごい男だって思われたいんだ。だから、その……」


 真っ赤になっているエリオに、ユウトは思わず温かい目を向けてしまった。


(最近ずっと引きこもって二次元しか見ていなかった俺には眩しすぎる……)


 思わず、株の説明のことをするのも忘れてユウトは甘酸っぱい気持ちになってしまった。

 だが、それなら、


「成功してサラさんにすごいって思われたいなら、きちんとしないとダメだ。今日みたいに煽られて買うのはよくない。株で成功したいと思うなら、今日みたいな賭けをするんじゃなくて優良株を狙うんだ」

「優良株?」

「そう、優良株。噂なんかに惑わされて、機関のおもちゃになってるような株じゃダメなんだ。いつやられるかわからない。自分で調べて、上がると思う根拠がある。そして信じられる会社の株を買わないとダメなんだよ」

「サラ姉にすごいって思われるため……、うん」


 サラの話を出すと、エリオは途端に納得したように頷いた。

 そして、


「あ、そうだった。これ」


 エリオは財布を取り出して、その中から二枚のお札をユウトに向かって差し出した。


「少ないけどユウト兄に」

「これは?」

「2万セレン。本当においら一人だったら大損してたところだったからさ。感謝の気持ちだと思って受け取ってくれると嬉しいな」

「そんなつもりじゃ……。それに、この宿にまでお世話になってるし」

「いいから! そうじゃないとおいらの気がおさらまらないよ」


 エリオはぐいぐいとユウトの手にお札を押しつけてくる。


「それなら、ありがたく。確かに俺、本当に一文無しだしな……」


 食べるものと住むところは確保できているが、お金がなくては何も始められない。ユウトはありがたくエリオの好意を受け取っておくことにした。


「ありがとう」

「おいらの方こそ!」


 受け取ったお札は、一万セレン札二枚だった。


(これは……、ものすごく一万円札っぽい! まさか、お金の単位まで円と同じなのか? それなら、めちゃくちゃわかりやすいけど)

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