7 サラの宿
「あれ? どっちだっけ? こっち、かな?」
取引所を出て、ユウトはエリオと二人で王都を歩いていた。どうやら、エリオは道に迷っているようだった。ユウトはそもそも道に迷うどころか、目的地がどこにあるかすらわからない。
「エリオもあまり王都は慣れてないのか?」
きょろきょろとまるで田舎から出てきたばかりのような動きをするエリオに、優斗は尋ねる。エリオは少し恥ずかしそうにはにかんだような笑みを浮かべながら答えた。
「実はそうなんだ。おいらも昨日、王都に出てきたばっかりだよ。しかも、王都に来たのなんて初めてだから」
それでエリオが田舎者丸出しの動きをしているのは納得できた。だが、それはユウトも同じだ。
「せっかく案内しようとしたのにごめんね」
「俺の方こそ、王都のこと全く知らないからエリオが案内してくれて助かるよ。本当に泊まる場所にも困ってたから」
「ならよかった!」
エリオはパッと顔を輝かせる。ものすごく眩しい笑顔だ。
「えっと、こっちかな。うん」
軽そうな足取りで、エリオは迷いながらもユウトを先導していく。そうこうするうちに、街の様子は少しずつ変わっている気がした。段々と裏通りの方へ入っていっている感じがする。賑わい自体はある。ただ、街並みが変わっていく。
取引所があった場所は身なりもそれなりに綺麗な人たちが多かった。それに、建物の中も電気でもついているように明るかった。だが、今向かっている先はそうではない。スラムだとか治安が悪そうなわけではないが、下町というかそういう方向に向かっている気がするのだ。すれ違う人も、さっきよりも身なりがなんというか平民という感じの格好になっている。
「あ! あった! あれだよ! ユウト兄!」
エリオが指を差す。その先にあったのはこぢんまりとした二階建ての建物だった。木造の可愛らしい感じの宿だ。
「サラ姉! ただいまー!」
宿屋のドアを開けて、エリオが叫ぶ。宿屋の一階はエリオの言ったとおり、食堂になっていた。夕方だからか、もうパラパラとお客さんらしき人がいる。
食堂のカウンターの中の女性がこちらを向いた。あの人がサラだろうか。
「もう、エリオったら。お客さんがいるときは、裏口から入るように言ったでしょう?」
「ご、ごめんなさい」
サラらしき女性にたしなめられて、エリオはしゅんとしていた。それから、うつむき気味にもじもじしている。顔も心なしか赤い。それでユウトにはピンときた。
(エリオはサラに憧れてるのか……)
サラはユウトよりも少し年上に見える。エリオとサラは少し年の離れたお姉ちゃんと弟、という感じに見えてしまう。だが、ユウトにも兄をつけて呼んでいて、更にこの態度だ。本当の姉弟ではなさそうだ。
「今度からは、ちゃんとしてね。まったく、エリオは慌てん坊なんだから」
「はーい」
どうやら、本当にそういう感じらしい。
「あら? 後ろの方は?」
「あ、そうだ」
どうやらエリオはサラに気を取られていて、ユウトのことを忘れていたようだ。
「この人はユウト兄。あのね、さっきおいらが困ってところを助けてくれたんだ」
「あらあら、それはありがとうございます」
「いえ、そんな」
サラに深々と頭を下げられて、ユウトもぺこりと頭を下げる。サラは、物腰がすごく柔らかいふわっとした美人だ。
エリオがサラに駆け寄る。ユウトもそれに続いて店の中に足を踏み入れた。広くはないが、清潔にしてあってとても居心地のいい店だ。電気ではなくてランプが吊り下げてあるのも、雰囲気がいい。
「でね、ユウト兄は王都に出てきたばかりでお金持ってないんだって。なにか食べさせてあげられないかな。もし、ダメならおいらちゃんと払うからさ」
エリオが懐から財布を取り出す。だが、
「大丈夫よ。エリオの恩人なら、今日はご馳走するわ。ユウトさん。どうぞ、そちらの席にお掛けください」
サラはにっこりと笑ってユウトを席に着くように促してくれた。
「ありがとう! サラ姉」
「いいんですか? ありがとうございます。助かります」
ユウトはサラの言葉に甘えることにした。こんなところで日本人らしく遠慮なんかしている場合ではない。このままだと空腹で、のたれ死んでしまう。
木で作られた素朴な椅子に腰掛けると、ユウトはほっと一息ついた。この世界に来てから座ったのも初めてだ。ずっとうろついていて、取引所に入って突然エリオと一緒に株取引をして、今ようやく落ち着いた。
「少し待っていてくださいね。すぐに用意しますから。もちろんエリオの分もね」
「やったあ!」
エリオもいそいそとユウトと同じテーブルの席に着く。
もはやユウトは空腹とどっと出た疲れで口を開くことすら出来なかった。
「おいらも急にお腹空いてきたな。サラ姉のご飯楽しみだなー」
エリオはユウトとは違って元気いっぱいな様子で、足をパタパタと動かしながらキッチンで働いているサラを見ている。料理が楽しみなのか、サラを見ているだけで幸せなのかエリオの顔はとても嬉しそうだ。ユウトも空腹のあまり、ちらちらとキッチンの方を見てしまう。
しばらく待っていると、
「はい、お待たせ」
サラがほかほかと湯気を立てた料理をユウトの前に置いてくれた。どうやらシチューとパンのようだ。
「ありがとうございます。いただきます!」
空腹だったユウトは夢中で目の前の料理を食べ始めた。チーズがたっぷり入っているシチューはどっしりと重い。だが、今の空腹状態にはありがたかった。
エリオも美味しそうにシチューをスプーンですくったり、パンに付けたりしながらすごい勢いで食べている。エリオは年齢的にも食べ盛りというやつだ。
「はあ、ごちそうさまでした」
食べ終わってユウトは手を合わせる。
「ありがとうございました。すごく美味しかったです」
「よかったわ」
すぐにサラに伝えると、サラは微笑みながら頷いた。
「おいらもおいらも! サラ姉のシチューめちゃくちゃ美味しかった!」
「ありがとう、エリオ」
エリオの言葉にもサラはにこにこと微笑んでいる。
空腹が満たされて、ユウトはようやく人心地つくことが出来た。エリオも満足そうに腹をさすっている。少し眠そうだ。そんなエリオがユウトの方を向いて頭を下げた。
「ユウト兄、今日は本当にありがとう。おいら、あのままじゃここに帰ってくる決心もつかなかったから」
「俺の方こそ。エリオに会わなかったら、まだ腹を空かせてさまよっていたかもしれない。助かったよ」
「よかった」
ユウトが素直に礼を言うと、エリオがへへっと笑った。
「って、ユウト兄は泊まるところもないって言ってたよな」
ユウトが頷くと、エリオは立ち上がる。そして、ちゃんと自分の使った食器をキッチンへと運んでいく。そして、なにかサラと話し始めた。ユウトもエリオを見習って、食器をキッチンへと運んだ。
「あら、すみません。お客様にそんなことをしていただいて」
ふふっとサラが笑う。ふんわりとした笑みだ。エリオが惚れるのもわかる、優しそうなお姉さんといった雰囲気だ。
「でも……」
じっとサラがユウトのことを見つめる。そんなサラをエリオが見つめている。
「えっと?」
思わず後ずさると、サラが口を開いた。
「ユウトさん、王都に出てきたばかりでお金も泊まるところもないんですって?」
「あ、はい」
隠す必要も無いくらい当たり前のことなので、ユウトは即座に頷いた。
「エリオから聞きました。もしよかったら、ここに泊まりますか?」
どうやらエリオは今、ユウトの今の状況を話してくれていたらしい。それは、ユウトにとってありがたい。だが、
「いいんですか? でも、俺、本当に1セレンすら持ってないんですけど」
「いいですよ。ただし……」
恐る恐る言ったユウトの言葉に、サラがにっこり笑う。
「エリオも昨日ここに着いたばかりで、宿をお手伝いしてもらう約束でしばらく居候することになっているんです。ユウトさんも、お手伝いしてもらえますか?」
「はい!」
ユウトには断る理由なんか無かった。他に行くあてなど無い。
「やった! ありがとう、サラ姉! 恩人を路頭に迷わすなんておいら嫌だったんだ」
エリオはまるで自分のことのように喜んでくれている。
ユウトもこの世界で落ち着く場所ができてほっとしていた。




