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6 エリオ

「まだ、下がってく……」


 少年は自分が売り抜けた株が下がっていくのを、目を丸くして見ている。


「よかった……。本当に売った方がよかったんだ。おいら一人だったら、また損してるところだったかも。というか、絶対してたと思う」


 少年が顔を上げた。

 その瞬間、


「なんで下がるんだよ! さっきまで上がってただろ!?」

「すぐに売りだ! 売り!」


 取引所の窓口で叫んでいる人や、株価の掲示を見て肩を落としている人たちの声が耳に入る。優斗も少年も自分たちのことに集中しすぎていて気がつかなかったのか、同じ株で損をして今まさに叫んでいるのかはわからない。

 少年が損をしたらしき人たちの様子を自分もああなるはずだったのかと思ったのか身震いした。それから、優斗の方へと向き直った。


「ありがとう! えっと……、こんなに親身になってくれたのにまだ名前も聞いてないや。教えてくれる?」


 少年がにかっと笑った。


「ああ、そうだった」


 こんなにも二人で熱中していたのに、優斗もまだ少年の名前すら知らなかったことに気付く。


「おいらエリオ! まだこの王都に出てきたばかりなんだ」

「俺は……、優斗」


 現実世界ならフルネームで自己紹介するところだが、どうやらここは異世界だ。名前だけの方がわかりやすいかと思った。そもそも普通の村人や町の人には名字がない可能性もある。


「ユウト……。ユウト(にぃ)って呼んでいい?」

「え……、あ、ああ」


 エリオからキラキラと尊敬を込めたような、信頼しきっているような、人なつっこい目を向けられて、優斗は思わず頷いた。

 そしてなんとなく、エリオに呼ばれると漢字ではなくカタカナというかファンタジー世界の中の呼び名というか、優斗ではなくユウトと呼ばれているような感じがする。この世界ではそちらの方がしっくりくる気がする。


「やった! 本当に助かったよ。ユウト兄! 結局、最初の資金より増えてる! 1万セレンだけだけど、これってすごいよね!? さっきまでは損してたんだからさ。合計で元手と合わせたら11万セレン! やった! 王都に来て初めて稼いだお金だよ!」

「よかったな」


 儲けとしてはそれほど多くないのかもしれない。それでも、さっきまで大損しそうになって泣きそうだったエリオを見るのは嬉しかった。それに、元手が10万だったなら、一日で10%儲けが出たなら利益としては大きいとも言える。


「本当によかった」


 ユウトは呟く。


「ユウト兄は投資家なの? さっきの本当にすごかったな」


 エリオはユウトを見上げて目を輝かせている。ユウトを兄と呼ぶことや、改めて顔を見ても、どう見たって、エリオはユウトよりも年下に見える。兄などと呼ばれると、可愛い弟分に見えてくる。


「一応な。けど、ここでは初めてなんだ」

「ここでは? ユウト兄は別の国から来たのか? それで、クリスタルタブレットのことを知らなかったのか? でも、操作方法は知ってたみたいだよね?」

「似たようなタブレットを触ったことがあったんだ」

「へえ。シュテルン王国にはいろんな国から人が来るっていうからな。ユウト兄もそうなんのか? そういえば、なんとなくあまり見たことない顔してる? やっぱり王都ってスゲー」


 納得してくれたのか、エリオはうんうんと頷いている。

 どうやら、ここはシュテルン王国という国の王都らしい。

 異世界転移などと言ったところで、エリオが理解できるとは思えない。知らない国から来たと誤解してくれたなら、その方が説明を省くことが出来そうだ。

 言葉も当たり前のようにありがたい。さっきまではエリオの株をなんとかすることに必死すぎて全く気付いていなかったが、クリスタルタブレットに表示されている文字もなぜか読むことができる。でなければ、掲示板を読むことすら無理だった。ご都合主義な異世界あるあるだが、言葉が通じなかったり文字が読めなかったりするのはさすがに不便だ。その辺に不自由しないのはユウトには都合がいい。


「とにかく! 本当に助かったよ! ユウト兄はスゲー投資家なんだね」

「いや、そんなことはないけどな」


 エリオに言われて、ユウトは苦笑する。すごい投資家どころか、現実世界では含み益をほとんど溶かした投資家と言ってもいい。


「俺がアドバイスしたとはいえ、即座に損切りできたエリオはすごいよ」


 自己嫌悪も入ってしまったからか、うっかり本音が出てしまった。


「そうかな」


 えへへ、とエリオが笑う。


「それにしても、さっきみたいなすごい取引ができるなら、ユウト兄はお金持ちなんでしょ? すっげえなあ。今日は自分の取引はしなくてよかったのか? おいらにつきっきりになってくれて大丈夫だった?」


 曇りなき目でエリオに言われて、ユウトは言葉に詰まる。


「いや、それが……」


 本当のことを言うべきかどうか、迷う。が、


「ごめん! 偉そうに色々言ったけど、俺も株でやらかして今は一文無しなんだ!」


 あまりにも素直な目のエリオを見ていると、黙っていることに耐えられずユウトは本当のことを言った。


(本当は現実世界での話だけど、この世界でも一文無しだから本当だよな。嘘は言ってない)


 エリオはぽかんと口を開けている。そんな男にアドバイスされたと知って、後悔しているのかもしれない。あるいは呆れているのかもしれない。

 けれど、


「……ユウト兄も大変だったんだな」


 エリオはユウトを見て、自分のことのように泣きそうな顔になっていた。


「もしかして、ユウト兄もなんとかしようと思ってこのセレスティアに出てきたの?」

「セレスティア?」

「ああ、王都の名前だよ。王都セレスティア。ユウト兄だって知ってるよな? ここには、おいらみたいに辺境の村から一旗揚げようって出てくる人たちが多いからさ。ユウト兄もそうなのかなと思ったんだ。違うの?」

「あ、ああ、そう。そうなんだ」

「一文無しってことは、今日泊まる宿にも困ってる?」

「そうなんだよ!」


 エリオに聞かれて、ユウトは思わず身を乗り出してしまった。ここに転移してくる前は、無職でただの引きこもり投資家で、肩身が狭い思いはしていても住む家はあった。今は、全く知らない場所に放り出されてさまよっていただけだ。本当に全くお金を持っていない状態だから最悪、路上で寝ることになるかもしれないと思っていたくらいだ。


「じゃあさ、おいらがお世話になってる宿屋に来なよ。サラ(ねぇ)ならきっと泊めてくれるから。あ、サラ姉はおいらと同じ村の出身で、今はセレスティアの外れで宿をやっててさ。おいらはそこにいさせてもらってるんだ」

「マジで!? めちゃくちゃ助かる!」


 それはまさに渡りに船というやつだった。エリオに話しかけたときも、特にこんな展開を望んでいたわけではなかった。あまりにエリオの株で負けて辛そうな姿がユウト自身と重なって、どうしても助けたいと思っただけだ。

 が、いいことをすれば自分に返って来るというのは本当だったらしい。

 安心したらユウトのお腹が鳴った。


「ユウト兄、もしかしてお腹も減ってる?」


 エリオに心配そうに言われて、ユウトは急にへたり込んでしまった。そして、力なく頷く。今の今まで株に夢中で忘れていた。この世界に来てから全く何も食べていなかった。


「じゃあ、すぐに宿に行こうよ。サラ姉の料理はうまいんだ! 食堂もやってるんだよ。あ、そうだ! 少しだけ換金してくるからちょっと待ってて!」


 エリオはそう言って、窓口の方へ走って行く。

 急に空腹を感じたユウトだったが、今日の食べものと泊まるところはなんとかなりそうでほっとした。

 そういうわけで、ユウトはエリオが泊まっているというサラ姉の宿についていくことになったのだった。


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